動き出す者達
魔大陸――。
かつて魔王を名乗り、世界征服を乗り出した魔族――。
しかし、彼らは戦争で敗北してこの過酷な大陸へと封じ込められた。
土地は枯れ、魔物も強力なこの大陸に住まう種族は強靭で逞しい。
そして、王国に神条進が召喚されたのと同時期、この大陸にも三筋の光が落ちていた。
その内の二つは現魔王を名乗る獣王グランドレオンの居城へ――。
もう一つは魔大陸最大の湖である
アスラ湖。その中心にある鬼人が住まうとされる孤島――鬼ヶ島へ。
鬼ヶ島――。
その名の通り、鬼人が多く住まうのだが、ここに住まう鬼人は空白地帯の鬼人の祖先であり、ほとんど見た目は変わらない。
最も魔大陸自体が過酷な環境故に強さは遥かに上であるが。
ただ、それも昔の話。
今は鬼人自体がこの島ではほとんどおらず、現在は魔物の巣窟になっている。
◆
獣王グランドレオン。
千年前の人間と魔王との大戦後に魔王は滅ぼされ、トップを失った魔族は群雄割拠の戦国時代へと移ることになった。
四天王などと呼ばれた幹部の内、海王と病王が倒れ、残ったのが当時四天王だったグランドレオンとガーヴ。
互いに次期魔王を名乗り、その座を競って戦ったのはもう七百年になるか。
玉座についてから不敗を誇り、歯向かう数多の魔族を滅ぼしてきたグランドレオンの強さは神話や英雄譚で出てくる勇者や英雄ですら容易く倒せるほどだろう。
百獣の王である獅子の顔をもち、剣のような鋭い爪は魔鋼すらバターのように断ち、獣人本来の身体能力は他の種族を圧倒してきた――。
圧倒的な強者、獣人の王、無敗の魔王。
それがグランドレオンが築いてきた立場だ――。
しかし、今、グランドレオンは玉座の間で倒れていた。
普段は荘厳な玉座の間だが、そこら中に絶命した獣人の死体が転がっている。
ある者は身体を引き裂かれ、またある者は黒焦げの炭となり、またある者は恐怖にひきつった顔のまま死に絶えていた。
死屍累々の間にはたった二人しか生者はいない。
「クソがぁ!」
ガリガリと石床に爪を立てて立とうとするグランドレオンを見下ろすのは赤い狂気を秘めた瞳の真っ赤なスーツの男だった。
白髪混じりの髪をオールバックに撫で付け、優雅に脚を組んで玉座に腰掛けていた。
人の見ならざるおぞましい気配。
空から現れた男は異世界からの召喚者――魔皇・煉獄を名乗った男だった。
その男は共に堕ちてきた男を即座に殺害し、さらにグランドレオンと敵対したのだ。
「さて……グランドレオン。主の帰還に異を唱えるとは……誰が主か忘れてしまったようだね」
「人間の風情がっ!俺を見下すんじゃねぇ!」
ビリビリと五臓六腑を揺らす咆哮とともにグランドレオンは四つん這いのまま玉座に座る煉獄めがけて床を蹴った。
石床を蹴り砕くほどの勢いで走り出すグランドレオンはまさに砲弾。
像が流れるほどの速度で煉獄へ飛びかかり、その頭を噛み砕かんとしたが――。
「ソウルブレイク」
パントマイムをするかのように手を伸ばした煉獄は見えない何かを握りつぶす。
「がふっ!!」
直後にグランドレオンの口から血が流れ、手足がグニャリと折れた。
目から光が失われたグランドレオンの身体は勢いのまま床を転がり柱へとぶつかると、そのまま動かなくなってしまう。
「まったく……身の程知らずが」
煉獄の用いたのは即死魔法の一つでかけた相手の心臓を破壊するものだ。
煉獄は冷めた眼差しで床に転がったグランドレオンを見下していると――。
「フハハハハ! 配下にも容赦ないとは腐っても魔王! 残虐非道である!」
「千年経っても不愉快なテンションですね」
「その悪感情ご馳走様である!」
煉獄が舌打ちしながらグランドレオンの倒れている先――いつの間には開かれている玉座の間の扉の先に立つ男に視線を向けている。
真っ黒いタキシードと仮面。
出会い早々に相手を不愉快にさせそうなテンションの男――ゲヘナがいた。
「異世界転生の感想はどうであったか? 」
「言葉通り地獄でしたよ。魔法もなければ、肉体も脆い。超常社会にまで人類が進歩して異世界への境界線へ近づける力を得るまでどれほど転生を繰り返したか――」
人間の寿命は長くて百年程度。
魔族にとってあっという間な上に事故や病気で死ぬ可能性もあったので、転生回数も一桁ではなかったのだ。
まったく思い出したくない悪夢だ。
「フハハハハ! だが、貴様は戻ってきた! よもや異世界から転生してまでも戻ってくるとは当時の勇者も夢にも思わなかったであろうな!」
「キヒヒヒ……。転生を繰り返してようやく生前の肉体に匹敵する器を手に入れました。これであの方との契約を果たせそうです」
煉獄は自らの身体を見た後にステータスを確認し、
「それは律儀なことである。応援しよう」
「魔王の力が戻った今、あなたにも働いて頂きますよ」
「我輩、契約者とは反りが合わぬのだが、魔王殿の命では仕方あるまい。せいぜいキリキリ働くとしよう」
優雅に腰を曲げ、片手を手の前にもってきてお辞儀をしたゲヘナは足元の影に吸い込まれるように姿を消した。
「さて、使徒たる私も、偉大なる御方との契約を果たさせて貰うとしましょうか。まずは手足となる兵士を造らねば」
何しろ魔王といっても当時の部下はおらず、忠誠心もない。
大陸の魔族を束ねるなどどれほどの時間がかかるか――。
ならばせっかくだ、あちらの世界で手にいれたアレを使って駒を増やせばいい。
邪悪な笑みを浮かべながら、独りごちた。




