灰色の世界で
死んだ――。
ここは死後の世界ってやつか?
にしても、最悪な死に方だったな。
喰われて死ぬって……前に死にかけた時よりも無惨だ。
俺の身体って今頃ジャバウォックの腹の中か?
……あんまり想像したくない。
ティアだけでも逃げてくれてればいいが――。
「………………」
俺が目を開けると地平の先まで灰色の世界が広がっていた。
空と大地の境のないこの世界に来たのは二度目だな。
「は~い」
後ろにハートマークか音符マークでもつきそうなノリで挨拶してくる女性がいた。
現代人のセンスとはまったく違う異国風の長衣は古代ギリシャの服を思わせる。
蠱惑的な色香で女性と少女の間の絶妙な時期の見た目の彼女。
もう一度会うのは――。
「俺が死んだ時って言ってましたよね。てことは、死んだわけか」
「いや~、私もそう思ってたのよね~。だって進ちゃんの身体はグチャグチャに食べられて普通の権能でも蘇生できない位だからさ~」
「そんな軽いノリで酷いこと言わないでくれますかね!? 本人の前で!」
いくら死んでるとは言え、知りたくない情報をそんな挨拶みたいな軽い調子で言わないで欲しい。
「それにしても、異世界で死んでもこの世界に来るんですね」
ここに来たのは初めて神殺しとなって権能を簒奪した時だ。
太陽神との戦い後に権能を得るために魂を弄るためだとか言われこの世界に呼び出されたんだよな。
「これでも三千世界全てを見通す女神よ。名前こそ名乗れないけど、最上位の女神なんだから」
それしては威厳はない。
ティアもそうだが、神に近い連中は威厳とか気にしないものなのだろうか?
「あぁ、あとまだあなたは死んでないわよ?」
「あ? え?」
また何気なく言われた女神の台詞に俺は首を傾げた。
身体がグチャグチャになって食べられて生きてるわけないのだが――。
「ごめん、間違えたわ。あなたは今は死んでるけど、権能でまた甦るわよ?」
「俺の暴食の風も太陽神の槍も蘇生能力はないはずですけど?」
どちらも超攻撃型の権能であり、回復やら蘇生系統ではないのだ。
「あなた、ユグドラシル倒して新しい権能を簒奪してたでしょ? それが自動で発動したのよ」
自動発動形の権能か……。
死と同時に発動して蘇生するって便利すぎるぞ。
「じゃ、俺は不死身ってことですか?」
ますます人間辞めてきてるんだが。
「まさか……。六つの世界は文字通り、六度の死を越える権能よ。どれだけ肉体が粉々になろうとも、精神が破壊されようとも復活できるわ」
「そりゃすげぇ……」
蘇生系は効果が高いほど、制限があるし、肉体の損傷が激しすぎると使えないものもある。
六回とは言え、無条件の蘇生は破格の力だろう。
仮面悪魔――ゲヘナはこれを予測してたのか?
あいつが新しく得た権能が役立つって言ったのは俺が殺されるのも予測してたのかよ。
あの時点でそこまで読めるなら未来予知レベルだろ。
「暴食の風も太陽神の槍も打ち止めだ。これで勝てる方法ってあると?女神様」
神様らしい助言でもしてくれないかと訊ねると女神様は顎に手を当ててわざとらしく首を捻ると――。
「手はあると思うわよ? 今のあなたの能力ならワンチャンあるわ。蘇生時に能力値もあがるし」
隕石の衝突で生物が滅ぼうと、氷の世界に閉ざされようと、絶望的な疫病で人類の三分の一が死に絶えようと、核によって数百年大地が汚染されようとも星――世界は壊れない。
何度でも復活する。
植物はさらに強く成長する。
その力による恩恵だそうだが――。
「どうやって?」
いくら強くなるって限度があるぞ。
何回も死ねと言われるのもゴメンだ。
にしても、レベル350って化け物にも程がある。
普通にラスボス並みだろうし。
「ん~、あんまり的確に助言するのも女神のルールに抵触しちゃうからね~。……言えるとしたらステータス魔法をうまく使いなさい」
ステータス魔法?
あれはただ能力を見る魔法だろ?
すでにジャバウォックの能力は見てる。
そんなの今さらだろう。
レベル350の化け物を能力値見ただけで倒せれば苦労はない。
俺が言いたいことが顔に出てたのか女神様は悪戯っぽく笑い、
「ステータス魔法は何も敵の能力値を見るだけじゃないわよ? あなたはこの世界に来てまず何を見たの?」
「そりゃ……」
何を見たっけ?
異世界で初めて見たステータスは確か……。
「言えるのはここまでね。じゃ、後はがんばってね~」
ちょっ!!
俺が何か言う前に見えない手に引っ張りあげられるように足が浮いた。
おいおい!?
まさか……。
冷や汗を噴き出す間も無く、俺は見えざる手によって思い切り灰色の世界の外へとぶん投げられた。
なんつー乱暴なっ!
「出来れば会えないことを願ってるわ! じゃあね~!」
相変わらず軽いノリの女神様が手を振る姿がグングン遠ざかっている。
そのまま空へと伸びていき、離れる灰色の世界とは別に視界は霧に呑まれ――。




