ジャバウォック
生気を取り戻したジャバウォックの背後で不気味なワインレッド色に空の亀裂が輝いている。
亀裂からは魔物が出てくる気配はないが、ジャバウォックがそれである以上は倒さなければない。
世界を崩壊させる滅獣であり、そして、ユーリを操っていたのがジャバウォックならば、この戦争で倒すべき真の敵なのだ。
「ゼハハハハハハハハ! たかだか人間が我へと挑むつもりか? 驕るな若造が!!」
「てめぇが滅獣である以上は見逃せねぇなぁ!」
「矮小な人が……貴様ごときに我がわざわざ戦うと思うか? 」
六つの双眸が俺を見下ろし、嗜虐的な笑みを浮かべたジャバウォックが指を鳴らした瞬間、地面に落ちていた影が広がったと思うと、そこからどす黒い瘴気が大地に満ちていく。
「さぁ、蘇れ。死など貴様らには幻想。生ける屍となりて敵を滅ぼせ。死と生の境界など儚き幻なり!」
干からび、絶命していたはずのヘーミッシュや信者達の目にぼんやりと赤い火のような光が灯り始めた。
それだけではない。
至るところから白い白骨化した骸骨の腕が飛び出してくる。
肉がこそげおちたスケルトンがそこかしこから沸きだしてきたのだ。
同時に吐き気がしそうな腐臭が吹き出していく。
「アンデットの群れかよ!!」
「数多のこの地で散りし、屍どもと我が信者のグールどもよ、生者を食い荒らせ!」
バァァァァァァァァァ!
カタカタカタカタカタカタ!!
耳障りな鳴き声と音が響き渡る。
まるで戦く俺たちを嘲笑うかのような音に吐き気が出てくる。
にしても、推定一万を超えるだろう不死の軍団が即座に召喚されたのだ。
しかも、骨魔術師に骨戦士、骨騎士などの上位のアンデットも混じっている。
これだけでも城を落とせそうな軍勢だ。
それが一つの魔法で瞬く間に作られたのだ。
反則もいいところだぞ!
「んなのありかよ!?」
ここまでの戦いの全てを無視した流れに思わず叫んでしまった。
奇襲も、天使化により多大な被害を受けつつも奮闘した獣人部隊の戦いも何もかも全てが無に帰す力。
これがかつて世界の覇者である龍の魔法なのか?
なんとも、おぞましい魔法だ。
「これも滅龍魔法なのかよ?」
「こんなおぞましい魔法が滅龍魔法なわけがなかろう! こんな魔法、妾も知らぬわ!」
得体の知れない魔法にティアも狼狽している。
さもありなん。
こんなの異能力ですら超えた領域――まさに権能だぞ。
「これこそが、主より授かりし古の魔法よ。信者を、そして我が殺害した弱者を僕として使役する魔法。矮小な人間なら数人が限度でも龍たる我ならこの通りよ」
「まるで権能だな。一万のゾンビを一瞬で作るなんざ、チートすぎだろう」
「ゼハハハハハハハハ! 我の僕は命も死も我のもの!奴等に安息などないわ!」
「なんつーブラック体質だ」
外道発言にドン引きの俺だが、主と言った言葉が気にかかった。
使徒と名乗る以上は何かに仕えているのは間違えないのだが、それが古の魔法を与えたのか。
アビスの魔法もそいつが与えたのか?
「さぁ、蹂躙するがいい! 生ける屍どもよ」
ジャバウォックはそれだけ告げるとグルリと向きを変えた。
三つの首が見据える方角は王国だ。
「てめぇ! 逃げるつもりか?」
「ゼハハハハハハハハ! 逃げるだと? 笑わせるな。我にはすべきことが山積しているのだ。羽虫を潰す暇も惜しいのだ」
それだけ告げるとジャバウォックは影で形成した翼をはためかせて飛び去る。
翼が動いただけで叩かれた大気はまるで巨大な見えない手で俺たちを押さえるような重圧を叩きつける。
「っ!!」
ジェット機かと思えるほどの速度を出したジャバウォックは瞬く間に姿を消したのだった。
「ド畜生がっ!!」
追いかけようとしたが、俺たちの前に広がるのは万を超えたアンデットの軍団。
これを片付けなければ追うことすらできない。
アンデットの軍勢は生者を憎む本能に従って俺たちを襲うべく武器を握りしめていた。
「これはまずそうですね」
「ここで一万のアンデットは厳しすぎるぜ」
鬼徹もシャールスも疲労の色が濃い。
他の亜人の戦士も同じだ。
目の前の理不尽にただ呆然とするしかない。
ここで一万の敵は厳しすぎる。
こうなった以上、権能で倒すしかない。
だが、ここで権能を使えば――。
だが、退いてる時間もない!
地響きをあげ、土埃とともに津波のようにアンデット達が迫ってきたからだ。
もう出たとこ勝負だ!!
「アナザーコスモロジー解放! 我が下に来たれ勝利のために! 神光よ、天よりの降り注ぐ裁きの槍となりて罪人に裁きを与えよ!」
噴き上がった神気により、超常を超えた神の力たる権能が発動する。
中空に現れるのは第二の太陽。
再び、朝日が闇を払うように周囲を明るく照らし出していく。
太陽から伸びる白焔の槍は大地を埋めつくしたアンデットの軍団めがけて降り注いだ。
空白地帯の大半を焼き尽くすほどの業火は瞬く間に蘇ったグールもスケルトンも跡形もなく消し去ったのだった。
空白地帯の森の大半を巻き込んで――。




