表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/196

目覚めし悪意


 底なしの沼は沈めば沈むほど泥が絡み付き、身体が重くなっていく。

 

 どれだけ鍛えても所詮は人間。

 

 息ができなければ、いずれは死ぬ。

 

 死――。

 

(嫌だ! なんでだ! なんでだよ!!)


 ユーリの脳裏に浮かぶのは忌まわしき過去の記憶。

 

 進が突いた通り、ユーリはかつて無能力者の烙印を押されていた。

 

 能力至上主義の社会、家庭において、ユーリは失敗作とされ、居場所もなく、引きこもりのニートへの道へ堕ちた。

 

 四十代での引きこもりで、ただの穀潰しと蔑まれ、兄弟にもごみ扱いされ、ただ無駄な日々を生きていく。

 

 そんなユーリを見かねた親からは最後は勘当。

 

 力付くで家から追い出されたユーリは当てもなくさ迷い――――。

 

(また能力者が俺を邪魔をする!! やっと得たんだ!これから俺は――! この世界で居場所を!! 殺す! 殺してやる!)


 だが、絡み付く泥は容赦なく全身の自由を奪い、得られぬ酸素はユーリの意識を徐々に奪っていく。

 

 このままでは――。

 

 ドクン……。

 

(欲しいか?)

 

 ドクン!!

 

(…………?)

 

 ユーリが立つのは真っ白い世界だった。

 

(……誰だ?) 

 

 耳からではない、直接脳裏に響いてくるのは、男の声。

 

(私は神器に封じられし力――。君の強い思いが私を呼び覚ましたのだ)

 

 何人もの人間が同時に話しているような重なった声で男は語り変えてくる。

 

 自分をこの世界に導いて下さった時の――様に出会った世界に似ている。

 

(アスカロンに封じられた力? 聞いたことがないぞ?)

 

(私のことを知るのは初代神器の所有者のみ。それよりも望むか? 力を?

 復讐を? 勝利を? 栄光を?)

 

(叶うのか?)

 

(ああ……叶うさ。君が望むなら……勿論、対価は貰うがな)

 

 胡散臭い話だが、もはやユーリには謎の声にすがるしかなかった。

 

 ユーリは誘導されるままに謎の男の言葉に乗る――。

 

(願う! あいつを――俺を虚仮にするやつらを倒せるならどんな代償でもかまわない!)

 

(ゲハ……。ならば念じたまえ、アスカロンの力を解放すると)

 

(あぁ!!)

 

 ユーリは心の底から願った。アスカロンに封じられた力の解放を――。

 

 何よりも、進への復讐を――。

 

 直後にアスカロンが膨張。

 

 黒い影が沼の中を満たしていく。

 

 それは泥と混じり合い、漆黒の沼はユーリを飲み込み、膨らみながら出口――地上へと昇っていった。

 

「…………」

 

 俺は油断なく泥沼を睨んでいた。

 

 異能力の複合技だが、ユーリの神技や魔力を爆発させた反動なら出てくる可能性も十分に考えられたからだ。

 

 なので、沼の内部での動きはある程度把握できるようにしてある。

 

 だが、一体なんだ?

 

 沼の内部に突如現れた巨大な何か……。

 

 それはユーリを飲み込み、さらに俺の泥の支配を侵食し、巨大化させながら地上へと向かってきているのだ。

 

(重力の圧も気にせずに上がってきやがる!)

 

 魔力を目に集め、それを見た瞬間、思わず後退ってしまう。

 

 恐ろしく巨大な魔力の塊――まるで幻想世界で見た完全なティアの様な、滅獣の魔王種にすら匹敵する程だぞ!?

 

 やばい!!

 

 慌てて地面を硬化しようとした、直後に地響きとともに、噴火のような勢いで黒い泥が噴き上がった。

 

 しなやかな黒い泥は重力に引かれて大地へと落ち、泥の奥に闇を凝縮したかのような黒い骨。

 

 禍々しい蜥蜴の骨が立ち上がったかのような姿は――龍――なのか?

 

 だが、今まで見てきたどんな魔物よりも禍々しく、おぞましい。

 

 骨にこびりつくのはわずかな肉や枯れた皮膚。まるで、屍肉鬼。そこに灯るのは三つの首とそれぞれがもつ溶岩を凝縮したかのような深紅の瞳。

 

 黒い影が翼の形になり、宙へと浮かんだ巨体は大地を睥睨して、声帯が無いにも関わらず、裂けた口を僅かに開いた。

 

 悪魔龍とも呼べそうなおぞましき龍は自らの目覚めを世界へ知らしめるように咆哮する。

 

 Gyaaaaaaaaaaaaaaaa!!

 

 声帯がないのにも関わらず、それは魔力だけで自らの覚醒を世界へと知らしめる。

 

 五臓六腑を揺さぶられたかのような衝撃に吐き気が込み上げてくる。

 

 ユグドラシルよりも強大な存在はまさに魔王種。

 

 こいつは――――!?

 

「ゼハハハハハ! 私――我が名はジャバウォック。悠久に封じられし楔は解かれた。世界は再び龍の時代を迎える!」

 

 Gyaaaaaaaaa!

 

 ジャバウォックの咆哮とともに、ビシリ、と空間に亀裂が走ったと思うと、割れた空の奥から無数に色を変える次元の裂け目が姿を見せた。

 

「これは滅獣――かっ!?」

 

 こんな時に!

 

 だが、亀裂からは魔物が沸きだす気配はない。

 

 もしかして――。

 

「滅獣――か。少し違う。我は偉大なる使徒にして、最古の一柱――ジャバウォックなり!」

 

 反射的にステータス魔法を使ったが、砂嵐が邪魔をして能力は見えない。

 

 レベルも???か!

 

 そして、こいつも使徒。

 

 しかも、亀裂が生まれたとなると滅獣と見てもいいのだろう。

 

「貴様! この禍々しい魔力は――まさか、ジャバウォックじゃと!? 何故生きておる!?」

 

 驚愕に彩られた声で叫ぶティアにジャバウォックはカタカタと骨をならし、

 

「ほう……その声はティア・ドラグニエル。貴様の血肉の味がアスカロンより流れたから生きておるのは知っていたが、人間なんぞに滅龍魔法を与えるとは……つくづく愚かだな。また歴史を繰り返すつもりか?」

 

 首の一つを真後ろに向け、ジャバウォックはクックッと嗤った。

 

 何人もの人間が同時に話しているような声は聞いているだけでゾッと身の毛がよだつ。

 

 そんなに激昂したのは俺でもティアでもなかった。

 

「龍のアンデットだと!? 貴様! 我らの勇者――ユーリはどうしたのだ!?」

 

 教皇ヘーミッシュだ。

 

 輝く弓を握りしめ、矢をジャバウォックへと向けている。

 

 しかし、ジャバウォックは羽虫でも見るように、つまらなさげな眼差しを向け、

 

「あの愚か者か? 虚栄心ばかり強い実力の供わない愚か者。心の闇につけいるのも容易だだったぞ?おかげで、我もこうして復活できたわ。今頃はアスカロンの封印解放の代償で肉体もろとも魂まで消滅しておるだろうよ」

 

「おのれぇぇぇぇ!」

 

 ヘーミッシュは叫びながらため続けた弓を放とうとしたが――。


「愚か者が」

 

「ぐっ!?」

 

 突如、苦しげな胸を握りしめて崩れ落ちた。

 

 ヘーミッシュだけではない。

 

 他の信者もどうように苦しげに膝をおり、さらに天使兵に至っては糸の切れた人形のように地面に倒れている。

 

「な、なにを……」

 

「貴様らが扱う教会の術は我が与えたもの。そして、信仰者はその魂に刻まれし術式により、信者の血肉は我へと還元される」

 

 ジャバウォックが邪悪とも呼べる笑みを浮かべたまま空で印を切った。

 

「還元せよ。虚偽なる信仰よ」

 

「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

 ヘーミッシュや信者から絶叫が立ち上る。

 

 急速に水分を失われたかのように肌は枯れ、ミイラのように干からびた信者達。

 

 一瞬で生命力を奪われたようなその姿はユグドラシルとプラントバードの姿を思い出させた。

 

 直後に信者から人魂のような青白い火の玉が出てくると、そのままジャバウォックへと吸い込まれていく。

 

 それは王国の方角からも大量に飛んできている。

 

「オォォォォォォォォォ!! 戻る戻るぞぉぉぉぉぉ!!」

 

 屍肉鬼とも呼べた骨と皮に命が吹き込まれるように、朽ちる過程を逆再生するかのようにジャバウォックの身体に筋肉が血管が、鱗が付き、生気漲る巨龍へと姿を変えた。

 

 唯一、むき出しの肋骨の檻の中には心臓がなく、真っ赤に輝く宝玉が光を放っている。

 

 そこだけは鱗ではなく後から溶接したかのような傷跡になっていた。

 

「ゼハハハハハハハハ! 戻った! 戻ったぞぉぉ! 我は夢幻龍ジャバウォック。今再び、我は地上に君臨する!」

 

 かつて、世界征服を目論んだ龍の一角が再び世界へ牙を剥いた。

 

 

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ