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邂逅


「…………」

 

 俺はあっちの世界で言う馬小屋にいた。

 

 足の確保のためだったのだが、そこにいるのはどう見ても馬じゃない。

 

「勇者様、どうされましたか?」

 

 少年兵士が首を傾げてるのを見るとこの世界ではこれが馬の代わりなのか。

 

 俺の目の前にいたのはダチョウ型のトカゲに似た生き物だった。

 

 トカゲが二足歩行してると言ってもいい。

 

 燃えるような赤い鱗と長いしっぽ。

 

 前足は退化したのか小さく、二足歩行で発達した後ろ足は太い。首もダチョウみたいに長いし、全長五メートルは越えそうだぞ。

 

 これに乗るのか?

 

 馬ですら乗ったことがないんだが……。

 

 まさか異世界早々、馬より遥かに難易度の高そうな魔物で乗馬? するとは思わなかった。

 

 だが、こんな西洋ファンタジーの世界にバイクや車があるはずもない。

 

「これは地竜と呼ばれる騎乗魔獣ですよ。見た目は怖そうですが、とても大人しいので大丈夫です」

 

 もう1人兵士は驚くことに少女だった。その少女兵士が鱗を撫でると、気持ち良さそうに目を細めている。

 

「勇者様はこちらのダイアナをお使い下さい。一番気性が大人しいので、訓練でも活躍してるんです」

 

 見た目に反して……大丈夫なのか。

 

 俺はダイアナと呼ばれた地竜の手綱を握り、見よう見まねで撫でてみる。

 

 鱗はひんやりツルツルで爬虫類っぽいな。

 

 ただ、さわり心地は悪くない。

 

「クルルルルル」

 

 ダイアナは気持ちよさげに鳴いているが、変わった鳴き声だ。

 

 警戒心が薄いのか本能なのか、俺の高さに合わせて地面に座ってくれた。

 

 初対面なのにいい子だなぁ。

 

 あの王よりもずっと好印象だぞ。

 

「それではいきましょう!」

 

 少年兵士はすでに地竜に乗って準備万端のようだ。

 

 俺にダイアナを斡旋してくれた少女兵士もすでに他の地竜に乗っている。

 

「ルルー」

 

 ダイアナの眼差しが早く、って言ってる気がする。

 

 まぁ、他の二人も乗ってるし大丈夫だよな?

 

 俺は慣れない手つきで鞍に股がり、手綱を握りしめると――。

 

「ルゥゥゥ」

 

「お、おお!」

 

 いきなり地面が遠退いた。

 

 いや、実際はダイアナが立っただけなのだが。

 

 自分の倍くらいの視点の高さになるのか。

 

 それだけでも世界が少し変わったように感じるな。

 

 自分で跳躍するのとは違う感覚で新鮮だ。

 

「では、いきますよ!」

 

「勇者様もしっかり捕まっていてくださいね!」

 

「ま、まかせろ」

 

 と気軽に言ったことを俺は後悔した。

 

 ◆

 

「うっぐっ……」

 

 ダイアナから降りた俺は口元を抑えてダイアナの身体に寄りかかっていた。

 

 道中の記憶はない。

 

 なんせ、揺れること揺れること。

 

 腰は痛いし、景色なんて見てる余裕はない。

 

 とにかく振り下ろされないようにするのに必死だ。

 

 ダイアナの首に捕まってなんとか運んでもらったような――あれは騎乗してたとは言えないレベルだ。

 

「大丈夫ですか、勇者様」

 

「あん……まり……」

 

 まじで気持ち悪い。

 

 とはいえ、醜態は見せまいと気力で吐き気をねじ伏せた。

 

「ルルル?」

 

「あぁ、お前は悪くなから。俺が慣れてないだけ」

 

 馬どころか魔獣の騎乗は早すぎたな。

 

 心配そうなダイアナの頭を撫でながら慰めてやる。

 

「やはり亀裂は相変わらずですね。戦線はなんとか維持してますが、かなり士気は下がってます。ただ、勇者様が加勢にきたことを伝えて士気は上がりましたよ。でも……」

 

 先に向こうの指揮官と話をしてきた少女兵士が帰って来た。

 

 とりあえず、なんとか戦線は維持しているらしい。

 

 でも、俺が来て士気があがるのか……。

 

 う、ここまで来てプレッシャーが……。

 

 これで異能が通じなくてやられたじゃ、冗談でも済まないぞ。

 

 ついでに言うとリバース寸前で青い顔であっちに言ったら逆に士気が下がりそうだし。

 

 兵士二人もそこを懸念して砦手前で降ろしたのだろう。

 

 まぁ、だいぶ治ってきたがな。

 

「まぁ、歩ける距離だ。ダイアナ達にはここで待ってもらって――」

 

 カンカンカンカン!!

 

 少年兵士の台詞を遮って悲鳴のような鐘の音が砦から鳴り響いてきた。

 

「また魔物が来ます!」

 

 襲来の合図かよ!

 

 俺は吸い寄せられるように亀裂を見上げた。

 

 亀裂の近くだけ、まるで世界から切り取られたように空の色が違う。

 

 真っ赤な亀裂から石油が漏れた時の不自然な色彩が混じったような刻一刻と微妙に色が変化した空が広がっていたのだ。

 

 ワラワラと黒い影のような魔物が地面に向かって降りてきている。

 

 黒い骸骨の兵士やら岩で身体ができたゴーレム?みたいなのに蜂やらイナゴっぽい虫型のまでいるぞ。

 

「あれが予言の魔物なのか?」

 

「違います。滅びをもたらす魔物は――亀裂とともに来る魔物を率いているボスは――あれです!」

 

 少年兵士が指差した先からは一線を画す巨大な魔物が姿を見せる。

 

 悠々と空を泳ぎながら狭い亀裂を無理やり通って姿を見せる。

 

 まるで岩山ひとつが浮いているような巨体は夕暮れのような暗さの空に一層影を落とした。

 

 純白の巨体は雪山を削り出したようでそのシルエットは半月を水平にしたような――魚に近い。

 

 巨大な尾ひれを揺らめかせて宙に浮かぶそれはまさに鯨――。

 

 その姿を見た瞬間、俺は目見開いて立ち尽くした――。

 

 それは巨大さでも魔物の威圧感でもない。

 

 俺の記憶にあったからこそ、驚愕した。

 

 なぜなら、あの魔物の姿は――。

 

「なんで……厄獣がここにいる!?」

 

「厄獣? 勇者様は滅獣についてご存じなのですか?」

 

 少女兵士が驚いている。

 

「滅獣? この世界だとそう呼ぶのか?」

 

 滅びをもたらすから滅獣か。

 

 厄災をもたらすから厄獣だから似たようなもんだな。

 

「あぁ……俺達の世界にもいた魔物だからな」

 

 しかし、あれが現れるなら隔界が発動するはずだ。

 

 だが、ここであれが発動する気配はない。

 

 異世界だから法則が違うのか?

 

 亀裂の近くは確かに他の場所とは空気と言うか違う世界みたいな違和感はあったが、それが隔界に近い現象なのか?

 

 考えても答えはでない。

 

 だが、あれが厄獣なのは間違いない。

 

 俺の身体が魂が倒せと言っている。

 

 同時に不倶戴天の敵を倒すべく、身体から力が沸き上がってきたのだ――。

 

 権能は――使える!

 

「これなら――やれる」

 

「え? 勇者様?」

 

 少年兵士の問いに答えずに俺は大地を蹴った。

 

 重力操作、肉体活性、権能解放時の神力による蹴りに砂が爆発したかのように舞い上がる。

 

 地面なら砂柱をあげながら走り、そのまま砦を足場にさらに跳躍した。

 

 重力を感じさせないそれはまさに翼が生えたような身軽さを与えてくれる。

 

 ボォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!

 

 汽笛のような鳴き声も悠然と空から人間を見下す四つ目も白き巨大も全てがあの忌々しい厄獣の王と呼ばれた――モビーディック――の記憶と合致する。

 

 もし成体なら国が滅んでいたかもしれん。幼体だったのはせめてもの救いだろう。

 

 単独で倒せる。

 

 俺は空を裂くように飛び上がり中空に浮かぶ滅獣に肉薄し、さらに上へと飛ぶ。

 

 ギョロリと目玉がこちらを捕らえるが遅くすらある。

 

「よぉ……暴食王・モビーディック。いや、その子供か……。よく生きてたなぁ!」

 

 ズドォォォォォン!

 

 迫撃砲にも近い轟音が炸裂しモビーディックの身体がUの字に曲がった。

 

 手加減なしの一撃だが、足りない。

 

 この程度で墜ちる程度の相手ではない。

 

「重拳! 連打!!」

 

 ドゴン! ドゴン! ドゴン!

 

 一撃で衝撃が大気を揺らす。

 

 一撃で止めない。

 

 大気を軋ますほどの一撃の連打でモビーディックを山脈へと叩きつけた。

 

 バキバキと木々をへし折り、山の斜面を削りながら巨体を地面にめり込ませる。

 

 ボォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!

 

 怒りに目を真っ赤にさせたモビーディックは反撃とばかりに能力を解放。

 

 白いゴツゴツした肌から不気味な口が無数に蠢く。

 

「ボォォォォ!」

 

 直後、全方位に無数の氷柱が生み出されこっちへと殺到。

 

「はんっ! 小賢しい!」

 

 俺は重力でそれらの軌道を逸らし、

モビーディック本人へと返してやった。

 

 バチバチバチバチ!

 

 だが、分厚く硬い皮膚と生えた体毛がそれらを散らし、ダメージを無効にしている。

 

 打ち付ける雨音のような音ともに氷柱が砕け散っていった。

   

「本来の暴食の霧も凍結の波動も分裂もなしか。異世界だが、厄獣の芽は摘ましてもらうぞ」

 

 俺は掌に漆黒の球体を生み出す。

 

 超重力のそれは漆黒の球体は光すら歪ます小型のブラックホール。

 

 範囲の限定や威力の制御の演算が複雑なために確実に当てる時しか使わない。

 

 というか、使えない。

 

 演算の負担が大きいから乱用はしないからいいが。

 

 人間相手なら即死だし。

 

 俺はモビーディックの身体めがけて重力球を射つ。

 

 ボキヘキとモビーディックの身体が軋み、重力場に引き込まれていくが――。

 

 バチィィィィィィィィ!

 

 モビーディックの押し潰す最中、電流が走るような音がして重力球がかき消えた。

 

 並みの厄獣ならばこのまま重力場に引きずり込まれて消滅するのだが、やはり、厄獣の王――腐ってもその幼体だ。

 

 どうやってかは知らないが、それをかき消したのだ。

 

 それでも相殺しきれず肉がごっそり抉られて脈動する心臓がむき出しになっていた。

 

 溢れる鮮血が山肌を赤黒く染めていた。

 

 ボォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!

 

 怒り狂った咆哮をあげながら、めり込んだ大地からゆらりと巨体が浮き上がらんとする。

 

 このまま上空をとられるのはまずい。

 

 それにモビーディックの能力である暴食の霧を発動される前に倒さねばならない。

 

「やっぱ異能じゃ勝てないか……」

 

 さすがに魔王種と呼ばれる種だけはある。

 

 ならばと、俺は閉じて意識を集中する。

 

「アナザーコスモロジー解放!」

 

 全身から燃えるようなエネルギーが沸き上がってくる。

 

 心地よく、それでいて猛々しい力――。

 

 最強の異能を使うための力だ。

 

「我が下に来たれ勝利のために! 神光よ、天よりの降り注ぐ裁きの槍となりて罪人に裁きを与えよ!」

 

 俺が唱え終えるとともに空から白熱のフレアが生み出されモビーディックを貫く。

 

 ギィォボォォォォォォォォ!!

 

 悲鳴と思われるの声をあげ、全身を燃え上がらせた。

 

 異能を散らす力も神殺しの炎には耐えられまい。

 

 地響きとともに大地を揺らして苦しむモビーディックだったが、やがて動かなくなる。

 

 地面すら溶かす太陽の欠片はモビーディックを焼き滅ぼすまで消えないのだった。

 

 

「いやはや……勇者様には感謝のお言葉しかありません。我々では討伐しきれなかった滅獣をこうも容易く倒されてしまわれるとは」

 

 俺はモビーディックを倒した後、この砦の指揮官にぜひ挨拶とお礼と言うことで司令部に案内された。

 

 司令部と言ってもちょっと大きな天幕だ。

 

 他と見分けがつくようにそれなり豪華ではあるが……。

 

 そこで出迎えてくれたのは高そうに磨かれた鎧を身につけた筋骨隆々の大男達――この戦線の幹部達だ。

 

(やっぱ色々異世界だわ)

 

 あっちでも隔界に備えてテントで寝起きして備えたこともあったが、ゴワテックスの最新式だ。

 

 ここのはなんか布――もしくはなんかなめした皮っぽいし、俺の世界なら安物と言われてしまうだろうな。

 

 ただ内部を照らす明かりはランプではなく水晶玉のようで内部から光ってる。

 

 触れても暑さはなく電気とかでもない。

 

 一緒にきた少年兵士に聞くと魔法と言われた。

 

 魔法?

 

 ファンタジー代表の単語だな。ファンタジーと言えば魔法だし。

 

 ちなみに俺の異能力と権能も魔法に思われている。

 

 モビーディックを仕留めた後に冒険者、兵士に「すばらしい魔法ですね!」「あれほどの魔法とはどこ賢者様なのですか?」「まさに神代の魔法ですね」などと称賛された。

 

 てか、勢いで飛び出したのでこの世界についてまだ全然聞いてないんだった。

 

 モビーディックを倒した後、空に開いた亀裂は閉じて、今は青空が広がっている。

 

「伝令にモビーディック討伐を伝えたところ、祝勝会がお城のほうで開かれるようです。勇者様は必ず参加してほしいことことです」

 

 なんかお披露目とかも兼ねてそうだよな。

 

 滅獣から国を救った勇者とか言って……。

 

 ……ますます帰る方法とか聞けなさそうだ。しかも、称賛と尊敬の眼差しで見られるとこの世界について無知ですとも言いにくい。

 

「えぇ、まぁ、ありがたく参加します」

 

「おお! それはよかったです! 」

 

 指揮官も喜色を浮かべていた。

 

「山の方は申し訳ありません」

 

「いえいえ、今までの被害を考えれば……。それに勇者様の威光を見れたのです。まさにあのお力こそ世界を救うのにふさわしいお力です」

 

 あんなものを見せられたら警戒もしそうだが、恐怖とか全然ないな。

 

 俺の世界なら警戒ないし、恐怖の色が浮かぶのだが。

 

 予言とやらだと俺は滅獣――厄獣から世界を救う勇者らしいし。

 

 その力がこっちに向くことはないって思ってるからか?

 

 それにしても厄獣――。

 

 異世界でも現れるとはどういう存在なんだ。

 

 俺の世界でもほとんど謎の存在だし、この世界も似たようなもんだ。

 

 ……詳しい話は聞けそうにないな。

 

「勇者様、ライフォス指揮官――そろそろ出立されなければ祝勝会のお時間が――」

 

「ふむ。そうですな。勇者様を遅れさせては私の恥ですからな」

 

 少年兵士の言葉に頷き、指揮官は俺を馬車に案内してくれた。

 

 よかった……帰りもダイアナに乗るのはちょっと――。

 

 てか、この世界にも馬はいるのかよ!

 

「どうされました? 勇者様」

 

「いや、馬がこの世界にもいるんだなと思ってな」

 

「えぇ、ただ機動力は地竜とは比べ物にならないので……」

 

 急ぎなら地竜で――ってのがこの世界の常識なのか。

 

 そうだ常識について聞かないと……。

 

「なぁ、ちょっと相談があるんだが……」

 

「どうされましたか?」

 

 俺は聞き耳を立てている輩がいないのを見てから少年兵士に頼み事をしたのだった。

 


 


 

 

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