決戦前夜
さて、休みはあと一日。
着々と決戦の準備が整っていそうなので、俺も明日どう動けばいいかの打ち合わせに鬼徹、シャールスと会っていた。
「いよいよ明日が決戦。血が滾るぜ」
獣人部隊は深夜の内に砦を出ていったらしく、ひしめき合っていた砦は急に寂しげに感じられた。
現在は砦の比率は蜥蜴人と鬼人がほとんどで、彼らは一様に嵐に備えるように静かに闘志を溜めている。
まるで爆発させるその瞬間を待っているようだ。
「滅竜教会――退かなかったな」
暗黒に染まっている巨樹の森に煌々と灯る光が幾つも見える。
奇襲や罠で数を減らしたとはいえ、その数は膨大。
篝火が夜景のようにすら見えるほどだ。
「決戦は夜明けとともにきそうですな」
「そう思わせて奇襲の可能性もあるぞ」
あいつらにはゼクト戦で見た『集団魔法』もある。
篝火は実はお取りで闇夜に紛れて射程まで近づいてきて砦もろとも吹っ飛ばすとかも考えられる。
「仮にも騎士や聖職者。正々堂々とくると思いたいですな」
「俺をはめたあいつらがそんな殊勝とは思えないが――」
鬼徹の言葉に俺は顔しかめて首をふった。
あいつらに騎士道精神なんてあると思うことが間違いだ。
「それに土竜人が地中に潜んでおりますし、もし集団魔法の気配があれば、即座に攻撃して妨害する予定です」
「なら、いいんだが――」
「それよりも勇者様も今はお休みください。明日こそが我らの命運を分けるのですから」
「わかってる……。ユーリは俺が引き受ける」
ここで待っててもかえって疲労がたまるし、万全の状態にするのも仕事だ。
俺は割りきってあてがわれている寝室へ向かった。
◆
部屋では一足先にいなくなっていたティアがくつろいでいる。
「遅かったのぅ……待ちくたびれたわ」
「なんか用でもあったのか?」
「まぁ、なんじゃ……。ちと話でもとな……」
夜中にトイレに行きたいけど、一人だと怖いから来てほしいみたいなモジモジした態度に俺は首を傾げた。
基本的に泰然自若で尊大なのがティアなのに、しおらしいと言うか大人しい。
どういう風の吹き回しだ?
「もしかしてトイレか?」
「違うわっ!」
「そうか……でも、話でもって、いきなりの言われてもな」
「とにかく、こっちゃこい!」
バンバンとベットを叩いたティアは今度はちょっと怒り気味だ。
急すぎるし、まったくわからん。
とりあえず、寝るつもりなので、俺はティアの横に座った。
二人分の重みでベットがわずかに深く沈む。
「明日の戦は奴も本気で来る。あの剣の力を決して侮るな」
ティアはいつになく真剣な眼差しで俺の顔を覗き込んできた。
幼い容姿に反して全てを見通すような眼差しは深海のような深さがあって、何を考えているのか分からなかった。
「奇襲時の時は手抜きだったってのか?」
こっちは『雷龍の羽衣』に『鳴神』の二重強化で互角だったのに?
だが、ティアは冗談を言っている雰囲気ではない。
「聞いた感じではアスカロンの力をほとんど使っておらなかったように思えた。妾に深手を負わした時の戦技――いや、神技も使用しておらなかったようじゃしのぅ」
「神技?」
「戦技を越えた奥義とも言える技じゃ。妾が見たのは二つだが、それだけで深手を負わされた。もし進がまともに受ければ――」
そのあとの言葉はなかったが、ティアの態度から容易に想像はつく。
死――――。
だが、何故こんなタイミングでティアは切り出したんだ。
決戦前夜――。
もし奇襲後に俺がユーリの事を話した時に教えてくれれば、対策が立てられたかもしれないのに……。
「進よ。ユーリが神器を完全に扱えば、いかな主でも今のままでは勝ち目がほとんどあるまい。あの権能とやらが万全に使えればまだしも」
「今のSPだと一発で打ち切りだろうな。二発目はどうやっても使えないだろうな」
そうなると異能力と滅龍魔法で押すしかないが、奇襲時に本気でなかったならかなり厳しい。
あの時ですら異能力を使ってやっとだったしな。
「てか、なんでこんなタイミングでそんな話をしたんだよ?」
「わ、妾も迷っておったのじゃ!」
俺が愚痴るように訊ねるとティアはキッとこちらを見上げて睨んできた。
「迷うって何を?」
「今の主では勝ち目が薄い。故に新たな滅龍魔法を授けるかどうかをじゃ」
「雷と風以外のか?」
「うむ。滅龍魔法の奥義。全てを破壊し、滅する滅龍奥義――神龍力――ドラゴンフォース」
何故かティアの言葉に俺の中の魔力がゾワリと震えた。
ただの言葉なのに、何か途方もなく強大な力に感じられたのだ。
それは俺が滅龍魔法を使えるようになったからだろうか?
滅龍奥義の凄まじさを無意識にかんじていた。
「そんな凄い奥義なんで教えてくれなかったんだよ?」
それがあればユグドラシルでもっと早く倒せたかもしれない。
あれほどの死人がでなかったのかもしれないのに。
「過去にドラゴンフォースを会得できたのはたった一人。それ以外の滅龍魔法の使い手の多くが途中で精神と肉体を壊したのじゃ」
「そ、そんなにやばいのか?」
奥義にリスクがあるのは、お約束っちゃお約束だが、過去の滅龍魔法の使い手で一人しか会得できなかったってだけでも難易度の高さがわかるのに、さらに失敗したら廃人になるのか……。
ぶっちゃけ、辞めときたい。
だが、ティアも悩んだのだろう。
だがら、ずっと話せなかったのだ。
だが、この寸前で話したのは、ユーリと本気で戦ったティアが今の俺では勝てないと判断したから。
だからこそ、リスクがあっても勝率をあげられる最後の手段を教えてくれたのだ。
ならばそれに答えるのも俺の役目だろう。
「……わかった。教えてくれ」
「進ならそう言うと思ったわ」
ティアのはにかんだような笑いに鼓動が大きくなった様な気がする。
「では、行くぞ」
ティアが俺の額に自らの額を押し当てると静かに魔法を唱える。
「幻想の世界よ。理から外れし世界に我らを導きたまえ」
直後、世界が暗転する。




