奇襲
夜明け――。
元々、この巨樹の森は霧が出やすいらしく、今日も朝靄がかかっている。
「絶好の奇襲日和です。魔法を使わなくても十分ですな」
「魔力の霧では察知される危険もあるからのう。運は妾達に向いておるな」
「それって奇襲失敗の可能性もあったのかよ?」
「もともとこの地は魔力濃度が濃いので察知はされにくかったのですが、まぁ、可能性はありましたな」
「まじか……」
上空を飛びながら俺たちは話していた。
俺は翼を生やして天使みたいな姿になったティアに肩を捕まれ、他の鬼人勢は鳥人に同じように肩を捕まれて運ばれている最中だった。
濃霧がドライアイスの出す冷気のように地面に広がっていて、巨大な木々の間間に染みのように展開しているのが滅竜教会だろう。
上から見るととんでもない数だな。
濃霧越しの影は現在は動いていない。
霧が晴れれば行軍してくるのだろう。
二日後には砦にいる連合軍と衝突するな。
ユーリがいそうなのはどこだろうか?
「あの群れの中心から忌まわしい気配を感じるの。おるぞ……」
頭上でティアが唸り声に似た声音で教えてくれた。
顔は見えないが怒気が伝わってくる。
魔力を目に集中。
確かに、ティアが睨むほうに高い魔力の塊が見える。
ユーリはそこにいるようだな。
「じゃ、計画通りいくか」
「各々、奇襲で混乱させると共に適宜撤退すること! 死ぬことは許さぬぞ!」
「「はっ!」」
鬼徹の部下は敬礼して一斉に刀を抜いた。
ここからは戦闘開始になる。
「行くぞ! 進!」
「おぅ!」
直後に浮遊感から一気に風を感じた。
ティアの急降下で、冷たく湿った風が頬をなぶり、急激に地面が近づいていく。
それに遅れて鳥人達も降下を始める。
霧をカーテンを引き裂き、俺とティアは大地に転がるように降り立った。
密集した陣営。
ローブや鎧をきた信者は一様にポカンとした顔をして俺とティアを見ていた。
「よう……クソ野郎共」
「忌々しき邪教共。神の怒りを知るがよいわ」
先手必勝――。
「てきしゅ――!!」
「「雷龍の咆哮!」」
叫び声をかき消し、俺とティアの高濃度の雷のブレスが敵を焼き焦がした。
それが開始の合図とばかりにそこかしこで慌ただしく信者が叫び、右往左往している。
「て、てきだ!」
「どこからきた!」
「防壁にひっかからなかったぞ!」
「魔法ではない!直接きやがった!」
「どこから沸いたんだよ!?」
「知るか!」
「数は! 迎え撃たんか!」
「視界が悪すぎます!魔法も下手に射てば味方を巻き込みます!」
「裏切りか!? くそ! わけがわからんぞ!?」
奇襲に混乱してやがる。
圧倒的な数とベヘモスの討伐での自信が驕りになってたな。
奇襲への対応がまったくできてない。
破れかぶれに向かってくるが、連携も何もない。
さらに鬼徹達の襲撃も始まり、混乱が野火のように広がり出している。
「邪魔じゃ! 風龍の翼擊! とにかく暴れるべきかの!?」
「いや、指揮官を狙うべきだ!」
暴風で信者を吹き飛ばして暴れるティアに信者も怯えて近づけずにいる。
だが、こいつらを減らしても戦いになるのは避けられない。
この戦いの首謀者――滅竜教会のトップや幹部、そしてユーリを倒さなくては!
俺は霧を見通そうと目を凝らして周囲を見回す。
魔力を込め、強い魔力が集まっている方向が見えた。
一際強い塊がある。
そこか!
「ユーリィィィィィ!」
俺は叫び声とともに収束したブレスを放つ。
荷電粒子砲のような柱に似た閃光が陣営を引き裂き、魔力の集まる場所を襲ったが――。
バチィィィィ!
展開された魔力障壁がそれを阻む。
「やっばぁぁん! 奇襲とか本当に汚らわしい獣のやることてねぇ!」
甘ったるい声の毒舌と鋼を打つような凛とした声が霧ごしに響いてきた。
「目障りな霧だ! フィーアエアボム!」
轟っ、と風が全方位に生まれ、霧を吹き飛ばしていく。
濁っていた視界が開け、俺の前に立ち塞がっていたのは二人の騎士だ。
一人は見覚えのある女騎士――ソーマ。
もう一人はフランスパンみたいな縦ロールのお嬢様っぽい女騎士で身の丈ほどの盾を持っている。
高慢な眼差しでこちらを見下ろしている。
「また会うとはな! 神条進! まさか亜人に味方してるとはな!」
「はっ!滅竜教会が来てるからいるとは思ったが、因果なものだな。あの時はよくも嵌めてくれたもんだ」
俺を指名手配するのに直接関わっていたソーマにまた会うとはな。
ユーリが出てこなかったのは残念だが、聖騎士なら倒せば大きな痛手になるだろう。
「あれが噂のぉ? 人族のくせに亜人なんかに味方するなんて所詮は偽物。ユーリ様の手を煩わせるまでもないわ。私たちで倒しちゃおうよ」
甘ったるい声の毒舌女は殺気を撒き散らして俺を睨んでいる。
「わかっている。いくぞ、レミーラ」
「オッケー! ユーリ様直属の四聖騎士の力見せてあげるぅ」
両手剣を抜いたソーマと盾と片手剣を抜いたレミーラに対し、俺は雷の魔力を纏う。
「はっ、かかってこい!」
中指を立てて挑発すると、青筋を立てて二人が動いた。




