VS滅竜教会
半日近く響いた爆音と轟音は徐々に小さくなっていく。
「鳥人族の斥候隊である! 族長たちはいるか!」
「戦いは決した。滅竜教会の勝利だ!」
「奴等の数は三万ほど、こちらに進軍してくるぞ!」
やがて、斥候に出ていた何人かの鳥人が舞い降りて叫んでいた。
ベヘモスとの戦いで二万の信者が倒された。
ベヘモスの実物を見なかったかは何とも言えないが、多いのか少ないのか。
だが、数の差はかなり減った。
だが、ピリピリとした空気は間違いなく戦いが始まるのを否応なしに感じさせる。
他の戦士たちも感じ取ったのか、顔つきが鋭いものに変わっていた。
だが、同時に言い知れぬ不安が広がっている。
あのベヘモスが討伐された。
ベヘモスという魔物の存在を知っているベテランの戦士達からは隠せない動揺の色が走っているのだ。
なまじ本物を知っているからこそだろう。
だが、それはまずい。
頼れるはずのベテランの彼らが動揺してしまったからこそ、経験の浅い戦士達にも不安が広がってしまう。
実際、若い戦士は得体の知れない不安に怯えの色を出している者もいる。
(これは――まずいな)
ただでさえ、まだ数では圧倒されているのだ。
一つ一つの戦闘での要素が重要になってくるのに、士気の低下は致命的な危険を招きかねないぞ。
俺がどうすべきか悩んでいると――。
「うろたえるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
咆哮にも近い大声が辺りを静まらせる。
鼓膜を痺れさせるほどの大声を発したのは、蜥蜴人の族長であるシャールスだった。
砦を見下ろすように四族長が勢揃いしている。
各々が鎧や得物を握り、戦装束に身を包んでいた。
「わかっていたことだ! 敵がベヘモスを降し、ここに来ることは! 今さら狼狽えてどうする!? 貴様らは偉大なる祖霊に恥をさらすつもりか!! 神たる龍魔人様や勇者殿が参戦してくださるこの戦に怯えを見せて背を向けるつもりか!? 戦士としての誇りを思い出せ!!」
祖霊――。
亜人戦士達は名誉の戦いで逝くと霊となって崇められる。
それに笑われることはこの上ない恥であり、不名誉なことだと教えられている彼らは一様に不安を押し潰し、頬を自ら叩いて気を引き締めて直す。
(たいした統率力だな)
伊達に種族を率いていない。
グスターボも鬼徹にも怯えの色は出ていない。
威風堂々。
どっしりと構えた様に不安の色は薄まり、安堵した空気に変わっていく。
トップがあれなら大丈夫だろう。
士気の低下での瓦解はあるまい。
「滅竜教会は俺達を化け物としか見ていない。分かりあえない連中である以上は敗北は俺たちの滅亡と思え!」
オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!
棍棒や槍を空に突き上げながら戦士達が吠える。
昂った熱気が砦に満ちていくなか、滅竜教会の進軍を迎え撃たんと亜人連合も動き出した。
鳥人偵察帯によると滅竜教会は蟻の軍勢のように固まって迫ってきているらしい。
「てっきり森に火でも放って火攻めにすると思ったがな」
これだけの森林が火の海になれば戦うまでもなく俺達の敗けになる。
何せ、こちらは森の中にいるわけだしな。
この世界には風の魔法もあるから風向きも変えられるだろうし、大火力を生み出せそうだ。
「巨樹の森の木々は巨木故に簡単には燃え広がぬよ。湿気も多分に含んでおるからのう。でなければ、せぬ理由もない」
ティアも同じ考えらしい。
「地の利を生かして、こっちから奇襲はかけられそうか?」
「それを話そうとしておりました」
俺の呟きを拾ったのはティアではなかった。ギョッ、と振り向くと、背後から鬼徹と戦国時代に出てくるような甲冑を着た武者がぞろぞろと並んでいた。
音も気配もなくいつの間にでた。
全員が鎧の色を森で目立たない深緑色に染めていて迷彩効果がありそうな色をしている。
「彼らは?」
「ほほ、勇者殿の仰った奇襲部隊ですな。百名で奇襲をかけるつもりです」
百名で三万に奇襲か――。
「決死隊とかじゃないですよね?」
「まさか。敵に接近時に霧の魔法で視界を奪い、朝靄に紛れて襲う手はずです。その後は混乱と同時に撤退しますな。ポータルもあるので」
「それでも被害はでるのでは?」
「これは戦です。無血での勝利はありえませぬ」
鬼徹の鋭い眼差しと声音に思わず黙ってしまった。
彼らはそれも理解した上でそれに参加するつもりなんだ。
俺は――まだ甘いのかもしれない。
ユグドラシルとの戦いでも死人は出てた。
だが、短い時間でも顔見知りになった人間が死ぬのは辛いものがある。
できれば死なないでほしい。
「死なないでくださいね」
「勿論です」
鬼徹は相好を崩して笑った。
「それで、なんで俺に話を?」
「ポータルのあまりがあるので、勇者殿も奇襲に参加していただければ、と。ユーリとやらの強さも分かるかもしれませんぞ」
まぁ、確かに人づてよりは確実だが、敵陣に単騎で乗り込むようなものではないのだろうか?
「いや、俺は……」
「ご安心ください。危険となれば強制転移するように式を組んであるので。勇者殿ならそんな事態にもなりますまいが」
………………。
後ろの鎧武者の視線が重い。
決死隊としか見えない部隊が戦いにいくのに勇者の俺が遠慮しますって言いにくいんですけど……。
勇者の肩書きがうぜぇ!
なんか断ったら実は偽物ではとか言われそうだし。
この世界の連中は平然と言いそうだからなぁ。
仕方ない……。
「そうですね、偵察と思っていってみます」
「おぉ! さすが勇者様だ」「ご参戦下さるとは!」「祖霊のご加護を!」
運命の女神は相変わらず、面倒事に俺を巻き込みにくるらしい。




