宴
笛や琴、太鼓の音が響く中、俺とティアは鬼人の里で歓迎会を開かれていた。
鬼徹をはじめとした里の権力者が総出で迎えてくれる。
「ヤハハハ! 呑め呑め! 今宵は宴よ!」
すでに顔を真っ赤にして大きな杯を傾けているのが、祭事長。
「今年の酒はできがいい。帝国でも高値で売れそうだな」
吟味するようかな味わっているのが商会議長だったかな?
顔と肩書きを一斉に名乗られたので頭がこんがらがっている。
並べられた料理はどれも和食で、懐石料理を連想させた。
「勇者様もどうぞ」
しかも、和服の色っぽい女性の鬼人がお酌をしてくれてすごく気分がいいのだ。
接待される社長の気分だな。
愉快愉快。
まぁ、お酒の味はわからないのだが。
てか、初めて飲んだな。
ん?
未成年は違法では?
ここは異世界だから大丈夫です。
俺の歳は合法なので。
ただ、カッ、と胃が熱くなる感覚は強烈で他の鬼人のようにガブガブは飲めそうになかった。
ちなみにティアはお供えものみたいに献上された樽を飲みきっている。
頬が赤らんでるので、ほろ酔いかな?
龍も鬼も酒好きなのは伝説と同じか――。
ここでティアや鬼人が悪者ならそのまま勇者に成敗されてただろうな。
まぁ、俺はしないけどな――。
俺はふと気になっていたことを鬼徹
に訊ねた。
「それにしても、ここの里の文化って王国や帝国とは違って独特ですよね?」
「ええ、この里は先々代の六代目様の時までは森の仲間以外との交流はほとんどなかったですからな。特に初代の失踪の衝撃で二代目は排他的な政策に意固地でしたので」
鬼人の里独自の文化が発展していったのが、今の里らしい。
「初代が失踪したんですか?」
「ええ、ある日突然と姿を消したそうです。鬼人の中でも最強と謳われた方が――」
鬼徹はお酒を口に入れてから話を続ける。
「初代鬼徹――酒天童子様が魔物や人間に討たれたとは考えられんのですが」
その名前を聞いた時、俺は思考が止まった。
今、なんていった?
酒天童子??
酒天童子って言ったら安倍晴明の時代に源頼光と藤保昌に討伐軍を差し向けられて、最期は頼朝に討たれたって伝説の妖怪だよな?
いや、安倍晴明って言ったら大陰陽師。
式神やらあるし、もしかしたら東洋式の召喚魔術があってもおかしくない。
酒天童子はそこから呼ばれたとか?
俺がこの世界に呼ばれた逆みたいにあっちに呼び出されたのかもしれないぞ。
「………………」
だが、この里に酒天童子がその後帰って来た話もないし、行方不明のままらしいから、教えない方がいいか。
あっちの世界に敵意とか持たれたくないし。
なんにせよ、重要情報だ。
こちらからと召喚された者がいた可能性があるとは――。
俺は今の話を頭にしっかりとメモしておくのだった。
◆
「ちょっと涼んできます」
少し飲んだだけたが、度数が高いらしく酒の回りが早い。
俺は熱くなってきた身体を冷まそうと外にでで障子を閉めた。
薄い割には防音がしっかりとしていて、室内の姦しさがなくなって、静かな庭に切り替わる。
「大魔獣が目覚めたなんての嘘みたいな静けさだな」
月夜がよく栄える。
俺は静かな庭を眺めながら呟くと茂みから勢いよく誰かが飛び出てきた。
「フハハハハ! 魔物ではなく我輩参上!」
「おぉ!?」
危うく滅龍魔法をぶっ放すところだった。
いや、撃ってもよかったかも。
俺の前にいたのは和風な里の雰囲気をぶち壊すスーツに仮面をつけた男。
こんな容姿を仮装パーティーや仮面舞踏会以外でする奴を一人しか知らない。
「お前――ゲヘナかよ?」
こんな奇抜な格好の魔族を見間違まい。
俺と前に現れたのは仮面にスーツという出で立ちの高笑いをする魔族だった。
「フハハハハ! その嫌悪感実に美味である!」
「なんの用だ。帝国で怪盗でも続けとけよ」
こんな場所であうとか――こいつストーカーとかじゃないだろうな?
すっげー嫌なんだが。
「フハハハハ!それも楽しいのだが、今日は別の用でな。にしても、今回は前とは違う女を連れているのか。汝は女なら何でもよいのか?」
「どっちも俺のじゃねぇよ。ぶっ潰すぞ」
この悪魔は人をおちょくって楽しむ癖があったな。ペースに乗るな、落ち着け。
「まぁ、そう敵視するな。汝に朗報を告げに来たのだ」
「……朗報だと?」
悪魔がか?
怪しすぎるんだが?
「我輩、人間をおちょくるのは好きだが、我輩を縛る契約は非常に不服なので意趣返しに汝に今から起こることを告げに来たのだ」
「聞いてると俺とお前の契約者は敵対してるのか?」
「あれはこの世界の敵だな」
お前の契約者はラスボスかなんかかよ?
「それで……なにを教えてくれるんだ?」
「我輩を嫌ってる割には素直に話を聞くのだな」
「聞くだけならタダだからな。従う義理も義務もないし」
「なるほど……。では、心して聞くがいい。ベヘモス討伐のために王国――いや、滅竜教会がこの空白地帯へと動き出したぞ。しかも、神器勇者までも連れてな。そのままこの地の亜人をベヘモスともども駆逐するつもりのようだそ?」
「ベヘモス討伐だぁ?」
正気かよ。
調べただけでもベヘモス討伐は全て多大な被害を出すだけで失敗している。
それともユーリの力を当てにしてるのか?
神器がどれほど凄いかはわからない。
もし権能クラスならそれも可能かもしれないが――。
「フハハハハ! あの龍殺しの剣ならばベヘモスにも通じよう。あれは龍の血が濃いほど脅威だからな。貴様が連れている娘には唯一の天敵とも言える」
そう言えばティアもあの剣にやられたって言ってた。
それほどの武器なのか?
神器って呼ばれるほどだから伝説級の武器なのだろうけど。
いや、龍特化の武器だからかもしれないぞ。
実際にユーリの戦ってる姿を見たことないからわからないが。
「我輩の見立てでは汝らに不利と見える。だが、安心するがいい!汝の簒奪した新たな力ならば光明も見えよう!」
「ちょっと待て!?」
ゲヘナの言葉に俺は目を丸くした。
なぜこいつが簒奪の秘技について知っている!?
あれは誰にも話してないし、あちらの世界でも片手で数える人間しか知らないはずだ。
異世界のこいつが知ってるわけがない。
「以上が朗報である!さらばだ!」
「待ちやがれ!」
庭に飛び出てゲヘナを掴まえようと伸ばした手は虚しく空をきる。
紙一重でゲヘナの転移が発動したらしい。
あいつ――一体なんなんだ?
言い知れぬ不気味さを感じながら俺はゲヘナがさっきまでいた場所をじっと見つめていた。




