鬼人の里
巨大な門は馬車どころか巨人でも通れそうなサイズで、大木を束ねて作られた壁には魔物避けに返しと槍がついている。
聳える程の高さの壁は人間よりも遥かに巨大な魔物の侵攻を防ぐためだろう。
木に染み付いた赤黒い汚れは幾度もなく侵攻を防いだ証か……。
「帝国の者か……?」
見張りに立っているのが鬼人か。
三メートルくらいの大男二人は分厚い鎧を着ているかのような筋骨隆々の身体つきで、浅黒く日焼けした肌と黒い髪。
額にはそれぞれ角が生えており、俺たちをじっと見ている。
巨漢にあった槍は帝国の兵士が持つものの太さは三倍はあり、もはや棍棒に近い。
鎧は鉄ではなく魔物の革をなめした物を着込んでいた。
俺は少し警戒しつつ竜車を降りて話をする。
「ベヘモスが目覚めた件の調査に来たのですが、里に入れてもらえますか?」
「ベヘモス覚醒時の帝国の対応は決まっている。許可しよう」
だみ声の鬼人が門を三度叩くと内側から扉が押し上げられて開いていく。
ギギギギギ、と重厚感溢れる扉は何キロあるのだろうか?
馬車に戻った俺とティアは鬼人の里へと足を踏み入れたのだった。
地竜は門を潜った側にある竜舎に預けたので、ここならは徒歩での移動になる。
鬼人の里に入った俺は初めて異世界感を得なかった。
むしろ逆だ。
日本に帰ったみたいな景色なのだ。
和風とも言える。
理由は今までの西洋の建物とは真逆で、全てが木造建築で日本建築っぽい建物が建っていたからだ。
サイズは全部屋敷並で屋根は煉瓦や藁。ただ、現代とは違い、時代劇とかで見るような江戸時代感溢れる街並みだったが。
里から一際巨大な屋敷が鬼人の長の屋敷っぽい。
和菓子に似たものやら、干し肉とか売っているが、どれも鬼人サイズなので、でかい。
魚類は――ない。
内陸部なので仕方ないか……。
と思ったら川魚の塩焼きが売っていた。
見た目はアユっぽいのだが、サイズが鯉くらいある大物だ。
異世界だと川魚のサイズも巨大らしい。
酒などはビンではなく甕で売っていて驚いた。
どんだけ呑むんだよ。
売ってる服も絹糸っぽいし、日本文化を強く受けてる。
「タイムスリップしたみたいだな」
「ん? 鬼人の文化と異世界の文化は似ておるのか?」
俺の独り言にティアが興味深そうに訊ねてきた。
「あぁ……っても何百年も前のだけどな。今はこんな屋敷みたいなのは田舎にいかなきゃ見れないが」
「人間は寿命が短い故に、急速に物を変えてしまうからのぅ。主らの世界でも同じか?」
「まぁ、確かに環境問題なんてのも歴史的には最近の問題になるのか……」
年齢は不詳だが、間違いなく長寿のティアの言葉には重みがある。
確かに長い目で見ると人間の文明の発展は劇的な早さだろう。
それがいいか悪いかはわからない。
どちらの面ももってるからな。
「まぁ、鬼人の里の発展はのんびりしてそうだが――」
「鬼人の寿命も長いのじゃ。エルフほどではないが、人の倍はある」
「そりゃファンタジーなことだ」
エルフとかゲームだと千年以上に生きてたりするが、そこのところはどうなのだろう?
などと話ながら俺とティアは大通りを歩いていく。
なんとなく懐かしい感を感じながら俺たちはまずは長の屋敷へと向かった。
◆
案内された屋敷もやはり和風で、床は木ではなく畳だ。
畳特有の匂いが日本を思い出させる。
扉も障子だし、異世界文化を伝えた勇者でもいたのか?
「よくぞ参られた。帝国の使者殿」
用意された座布団に座って待っていると、白髪姿の鬼人と門番と同じく大柄な鬼人が姿を見せた。
「儂はこの鬼人の里の八代目当主で八代目鬼徹と申します。こちらは近衛の鬼巌ですじゃ」
この里長は代々、鬼徹の名前を襲名し、●代目鬼徹と名乗るらしい。
某忍の里の●影みたいな感じだろうか。
「俺は神条進です。一応は――勇者です」
「妾はティア――唯一の龍魔人である」
俺とティアの自己紹介に鬼徹は目を丸くした。
「勇者殿に龍魔人様でしたか。これほどの大物に出会えるとは長生きはするものですな。今日はどのようなご用で?」
「ここに来たのはベヘモスが目覚めたと報告を聞いて、その調査に来たんです」
「ベヘモスは今回、こちらではなく王国方向へ進んでいるので、それほどの問題にはなっておりませんよ? 帝国のギルドには報告を行ったはずですが――」
鬼徹の代わりに鬼巌が教えてくれた。
まじかよ!?
聞いてないぞ。
そうなるとここまで来たのは無駄足になってしまうぞ。
ただ、この里に来てやっぱりか、と思うところはあった――。
里に着いて不思議に思ったのだ。
あまりにも普通だと。
災害が目覚めたというのな悲壮な空気が感じられなかった。
どうやら、ベヘモスは逆方向にいっているらしい。
ギルドに報告がないのは、行き違いになったせいか?
無駄足になってしまったらしい。
そんな感情が顔に出てしまってたのか、鬼徹は和ますようにポン、と手を叩き、
「せっかくここまでこられたのですから、歓迎の宴を致しましょう。ぜひ、どうですかな?」
俺とティアは顔を見合わせ、同時に頭を下げる。
「「よろしくお願いします」」




