その後
鼻腔をくすぐるのは干したてのシーツの匂いと、花のような甘い香り。
温かく柔らかいベットに俺は寝ていた。
意識が戻るが、とにかく怠い。
倦怠感と脱力感が凄く眠気があれば間違いなく二度寝しただろう。
ただ、眠気はない。
「っ…………」
目を開けると見知らぬ天井だった。
と言うか、天蓋付きのベットは初めてリアルに見たわ。
てか、どこだここ??
HPは満タンだが、SPとMPはほぼほぼない。
気だるさはこのせいか?
起き上がろうとしてのしかかる重みに目をやるとティアが座りながら俺のベットに突っ伏していた。
クークー、とあどけない寝顔は子供にしか見えない。
「ん…………」
ティアがぼんやりと起きて俺の方を見た。
「ん……起きたか……」
「おう。あれからどうなったんだよ?」
「ユグドラシルは進の権能で滅んだぞ。その後、進は意識が戻らずしばらく寝ておったわ。今日で5日じゃぞ。皇帝が褒美と祝勝会を開くとのことで騎士達が迎えに来ての。ここは治療院の最上級の部屋じゃ。生命枯渇で死にかけと言われた時は肝が冷えたぞ!倒れるならせめて言わぬか!」
ティアは少しむくれている。
教えとけと言われても、俺もあんなのは初めてだったからな。
5日か――。
かなりやばい状況だったみたいだ。
何度か権能使用後に意識を失ったことはあるが、せいぜい一日で回復してたんだが、それほど長いのは初めてだな。
「その……心配かけてすまん」
「意識が戻ったならよい。たてるか?」
「あぁ……。そう言えばマーリンは?」
「知り合いに会いに行ったぞ。あと、亡命の件も伝えておいてくれるそうじゃ」
「そりゃ、助かるな」
事前に話しておいてくれるのは助かる。
これで王国とはおさらばだな。
これでやっと落ち着ける。
「失礼する」
ティアと話していると白い鎧とマントを着た大男とメイドが訊ねてきた。
真っ白いサーコートに磨き抜かれた鎧は身分の高い騎士と一目でわかった。
冒険者の纏う荒事に慣れた感じがしないのだ。
ただ、それで彼を弱いとは思えなかった。
鋭い眼光と彫像のような堀深い顔立ちに筋骨隆々の褐色の身体は鍛え抜かれた人間にしかありえない。
それに歩き方も隙がなかった。
いつ奇襲されても反応できると言った感じか。
メイドのほうは見るからにメイド服なのでわかる。
ただ秋葉にいるようなフリフリゴスロリの服ではなく丈の長いゆったりした服にエプロンをつけた実用性重視の服装だ。
色気はないな。まぁ、メイドに色気は求めないのかもしれんが。
「容態はどうだね?」
「騎士団長アクター殿の自ら様子見とは恐れ入るのぅ。見ての通り、今起きたばかりじゃよ」
僅かに俺と騎士団長との間に割るように動いたティアだが、アクターは気を悪くした様子もなかった。
たぶん、あの常時何が起きても動けるように気をはってるのに反応したんだろう。
ただ、悪意もさっきもないし、あれがデフォなんだろう。騎士団長ともなれば暗殺とかもあるかもしれないし、常住戦陣の心積りなのかも。
「我が国の英雄でもあり、この世界の勇者様でもある彼に対して当然ですよ。それに龍魔人であるティア様の仲間であれば尚更です。皇帝陛下としても日々容態を心配されておられるので、お喜びになられます」
ティアが龍なのも、俺が勇者なのも伝わってるのか。
これで王国みたいに犯罪者扱いする罠があったら、もう笑うしかないが、寝てる間に寝首をかかれてもないから大丈夫と信じたい。
「えーと、ご心配をおかけしました。俺が勇者なのはどちらから聞いたのですか?」
「ケーティア様とお仲間のマーリン様です。エムリス様と知己と聞いて驚きました。勇者様のパーティーはお三方とも伝説の方々ばかりで、耳を疑いましたな!」
ハッハッハッ!と豪快に笑うアクトは気さくそうな雰囲気を出している。
カリスマとは違うのだが、原始的な人を集める雰囲気があるな。
親分肌って言うのかな?
「マーリンから亡命の件とかも聞いてますか?」
「えぇ、陛下は喜んで受け入れるそうです。最大限の援助も行いますよ。この国では滅龍教会は排斥されておりますのでご安心を」
「滅龍教会が排斥されてるのか?」
「えぇ、エムリス様の教えに太古の龍は世界の護り手だとありますし、帝国では龍信仰が強いので、滅龍教会は邪教とされてますね」
なんかティアが得意気な顔になってる。
共和国も王国とは仲が悪いらしいし、帝国も国教面では真っ向から対峙してんのか。
帝国とは仲がいいほうって聞いたが、あれは共和国と比較してってレベルっぽいぞ。
にしても敵ばっかだな、あの国は。
俺の冤罪を晴らすって言ってくれたレティシアが心配になってきた。
無事だといいが……。
滅竜教会が罠にかけて異端者とかにしてなければいいのんだけど。
「勇者様の容態が回復したならば祝勝会を開催する予定ですが、いかがでしょうか?」
「勿論かまいません。ありがとうございます」
意識不明のままの俺を待ってくれていたのは悪いし、素直に好意は受け取らせてもらおう。
「では、すぐにお伝えしますので、失礼する!」
アクトはノッシノッシと巨体を揺らしながら部屋から出ていった。
メイドさんも影のようにそれに習って部屋から出ていく。
◆
祝勝会は王国に負けず劣らず豪華だった。
皇帝はかなりのお祖父さんでもうすぐお迎えが来そうなくらいだったので、謁見時間は短かった。
用件もマーリンが伝えてくれたし、必要なことはアクトに言うよう言われた。
にしても、マーリンはどこいったんだ?
祝勝会にもいないし、治療院にもあたなかった。
知己――弟子とやらと意気投合してんのか?
ティア曰く、一度も治療院にはこなかったらしい。
あの程度で死ぬ勇者じゃないって言ってたそうだ。
全然心配されなかったのかと思うと少し悲しいな。それともそんなタフとでも思って信頼してるのか?
祝勝会で着飾ったティアはまじで可愛かった。
ロリコンではないと自負したいが、それでも抗いがたい魅力があってダンスなんか誘われたが記憶が曖昧だ――。
ケーティアも貴族の令嬢みたいで、茶化したら本物の貴族だったらしくて驚いた。
彼女にもダンスを誘われたが、俺と同じでぎこちなかった。冒険者としては凜としてたが、こっちはまだまだっぽい。
なんだかんだと、他の冒険者にも話しかけられたな。
お礼を言われたり、権能について聞かれたり色々話した。
こうして平和を取り戻した帝国の夜は過ぎ去っていく。




