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ユグドラシル


 卵のように割れた種から身体を這い出したユグドラシルは悠然とこちらを見下ろしている。

 

 恐ろしく長い身体は100メートルを越える巨体だ。

 

 俺達なんて小人に見えているのだろう。

 

 焦げ茶色に苔色が混じった体表は深林を思わせ、恐ろしく太い首が天へと向かって伸びている。

 

 種の残骸から見えるあるはずの尻尾は大地にがっしりと根を下ろしていた。

 

 半龍半樹の滅獣。

 

「これが予言の獣か……。確かに世界を滅ぼしかねんな」

 

 見上げながらティアがポツリと呟く。

 

「ステータスは不明。レベルも不明。正体不明ときましたか。こんなことは初めてですね」

 

 バイオプラントナイトの障害がなくなったので、マーリンも側に来て呟いた。

 

「実際に滅ぼされかけたからな」

 

 理由はわからないが、もしあのままユグドラシルが姿を消さなければ、ノルウェー周辺は全滅してたと資料には書かれていた。

 

「数で押しきれる相手ですか?」

 

「無理だろ」

 

 マーリンの問いかけに即答する。

 

 ユグドラシルが俺の知る魔王種ならバイオプラントナイトやプラントバードなど足元にも及ばない。

 

 それに苦戦してる時点で倒せる気がしなかったし、あれは権能でようやく倒せるかどうかと思う。

 

「あれがボスだ! 倒せば英雄だぞ!」「仲間の仇だ!」「ありったけの魔法をぶちこめぇ!!」

 

 全方向から怒号をあげて冒険者達が突っ込んできた。

 

 色とりどりの魔法が飛び、ユグドラシルの身体に直撃――。

 

 至るところで火の手があがるが、ユグドラシルはダメージを受けた様子がまるでない。

 

 異能でも最強クラスでやっと通じるレベルなのだ。生半可な魔法など効果がないだろう。

 

「魔法耐性が高いんだ!」「剣で応戦しろ!」「戦技持ちに身体強化をかけてくれ!」「物理攻撃で攻めてみるんだ!」

 

 さすが達人領域にいる冒険者達。通じないと見るや動揺することなく、即座に作戦を切り替えたか――。

 

 突進してくる冒険者達にユグドラシルが反応した。

 

「ぬ! いかん!」

 

「なっ!?」

 

 ティアが叫ぶと同時に俺達の頭上に影が落ちる。

 

 ユグドラシルの掌が俺達めがけて落ちてきたのだ。

 

 大地に羽虫を叩き潰すような勢いで――。

 

 ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!

 

 余りの威力に大地が水面のように波打った。

 

 咄嗟に下がった俺達だが、衝撃の余波で大きく吹き飛ばされる。

 

 土砂と暴風に煽られて30メートルは飛ばされた。

 

「下がれっ!」

 

 ティアが叫ぶと同時に俺の襟元を掴むと、小さな体躯とは思えないほどの力で跳躍した。

 

 浮遊感とともにユグドラシルから急速に距離が離れる。

 

 中空でユグドラシルから離れる俺達にたいして、冒険者たちは逆に突っ込んでいくのが見えた。

 

 それぞれが魔法付与で能力をあげているのか、馬よりも速い。

 

 だが、それだけでユグドラシルの攻撃は留まらなかった。

 

 大地に突き立てた五本の指から地割れが走り、突っ込んできた冒険者を飲み込んだのだ。

 

 さらに全方位に木の杭を津波のように発生。地割れを免れた冒険者を串刺しにする。

 

 幾重にも重なって放たれた杭はまるで壁だ。

 

 それらは迫ってきた冒険者達を容赦なく貫く。

 

 あるものは頭を、あるものは脇腹を、あるものは心臓を――。

 

 強さなど関係なく全てをただの肉片へと変えた。

 

 全方位に放たれた杭はフルプレートの鎧を紙のように貫き、そのまま宙吊りにした。

 

 血の泡を吐きながらビクビクと痙攣する冒険者達の目からは光が急速に失われていく。

 

 ムワッとする血の臭いと飛び散る鮮血と肉片が土煙と混じり、赤黒い霧のように、ユグドラシルの周囲を覆って地獄絵図が描き出された。

 

 たったの一撃で達人とされた冒険者チームが半壊してしまった。

 

 もはや、半数にも満たない数しか残っていない。

 

 しかも、残ってる冒険者もバイオプラントナイトやプラントバードとの戦いで無傷ではない。ユグドラシル相手ではもはや闘いにもなるまい。

 

「これが本当の滅獣……。規格外ですね。広域殲滅魔法並みの一撃をあっさり放つとは……」

 

 マーリンの顔が青い。

 

 魔法の詳しさなら俺やティアよりも上のマーリンがこんな顔をするとは、厄獣王の力はこの世界でも規格外なのか。

 

 あれがもしこの世界でも同じ猛威を振るうならばこの世の終わりだ。

 

 そして、俺はそれを防がなければならない。

 

 それが契約だから――。

 

 厄獣の全てを倒すこと――。

 

 それが時恵との契約だ。

 

「――権能を使う」

 

「異世界の力か?」

 

「それで倒せるのですか?」

 

 ティアもマーリンも不安げな表情を浮かべていた。

 

 この二人にはまともに権能を見せたことはない。

 

 超能力はせいぜいこの世界とは体系の違う魔法程度に見えただろうからな。

 

「その為の力なんだよ。まぁ、チートだがな」

 

「チート?」

 

 俺の言葉に二人は首を傾げていた。

 

 チートだと伝わらなかった。

 

 神――に抗えるのは神殺しの異能者だけだ。

 

 それ以外に神を殺せるのはそれこそ、神話並の奇跡がいるのだ。

 

 だが、そんなものは待って掴めるものではない。

 

 だからこそ、俺がいる。

 

「アナザーコスモロジー解放」

 

「「!?」」

 

 俺の権能解放時に沸き上がる力に二人が驚愕の表情を浮かべてたじろいだ。

 

 ゼクトの時はほとんど一瞬だったからな。

 

 本気の神殺しのモードは見せたことがない。

 

 SPから見て使えて二発。

 

 だから、様子見だの小細工だのはいらない。

 

 最大火力の一撃で焼き払う。

 

 神殺しの第六感は嫌な予感がすると告げているが、俺はそれを無視して権能を使った。

 

「我が下に来たれ勝利のために! 神光よ、天よりの降り注ぐ裁きの槍となりて罪人に裁きを与えよ!」


 俺の言霊に呼応し、空に第二の太陽が現れる。

 

 ユグドラシルがその巨体を蠢かして空に現れた太陽を見上げて警戒の色を浮かべたが、もう遅い。

 

「太陽神の槍よ! 罪深き罪人に殲滅の焔を!」

 

 直後、白熱のフレアが光線の如くユグドラシルへと降り注いだ。

 

 ガァァァァァァァァァァ!

 

 咆哮とともにユグドラシルの口から無数の木の矢――いや、もはや大きさは槍のに近い――が放たれるが、それらは全て迫るフレアに焼き消される。

 

 迎撃を諦めた、ユグドラシルは自らの身体をかき抱くように丸まり、巨大な球体へと形を変える。

 

「太陽神の槍をそんなもんで防げると思うなよ……」

 

 降り注ぐ白い焔は広がる木の杭もろとも100メートルを越えるユグドラシルの巨体を呑み込んでいく。

 

 視界をも焼き付くさんばかりの焔は

離れた俺達すらも痛みを感じる熱を放ち、ユグドラシルを焼き尽くそうとする。

 

 やがて、目も眩む閃光と熱は次第に勢いを失い消えていった。

 

 異能の焔なのか、消えた後は火の残りもない。

 

 ただし、地面はオレンジ色に融解し、草原だった大地はまるで火山地帯のように変化してしまったが……。

 

 その大地に一本だけ残る大木だったもの。

 

 球状に固まった部分は綺麗さっぱり焼き払らわれ、幹も失い、辛うじて根から芯みたいな部分が黒こげで残っていた。

 

 太さも半分も残っていない。

 

 竜の部分は勿論、枝葉もまったく残らず燃えていた。

 

「これが異世界の勇者の力か――。長年生きておるが、これほどとはのぅ」

 

「世界を救えるのもあながち――ですね」

 

 地獄絵図のようになった大地を眺めながらティアとマーリンは呆然としている。

 

 あれを倒すにはこれくらいの力が必要だったのだから仕方あるまい――。

 

 

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