白の百合
Aクラスの『白い百合』はリーダー――ケーティアと戦士職のラディアス、魔法職のテレス、盗賊職のハンナの四人からなるバランス型のパーティーだ。
彼女らは苦戦していた。
レベル60からなる国でも随一の冒険者である彼らは色違いのプラントバードを難なく倒して、種子の下まで来ていた。
だが、種子には届かなかった。
種子の前には守護者がいたからだ。
種に近づく者を排除せんとするモンスター――バイオプラントナイト。
それらが種を護るように等間隔に生えている。
蔦が絡まりあって造られて人型のモンスターで一見すると案山子っぽい。だが、その両腕は槍のように根が絡まりあって尖っている。
そいつは、じっとケーティア達の方へと表情の無い、顔を向けていた。
バイオプラントナイトのレベルは50――。
Bランクのパーティーなら複数いれば容易く突破できるレベルだろう。
Aランクのケーティア達なら一組で突破できると踏んでいた。
だが、突破できない。
一定範囲内にのみ反応するが、遠距離には無反応。
しかも、地面から生えているので、動かないのだ。普通ならばカモとも呼べる種類の魔物なのだが――。
バイオプラントナイトはそれほど厄介な特性を持っていたのだ。
「もう一度、あたしが行くから援護頼めるか?」
「わかってるわ! ズィーベンズフルブースト!」
テレスは苛立ちで叫びそうになりながらケーティア、ラディアス、ハンナに援護魔法を付与した。
「行くわよ!」
大検を構えたケーティアと大鎚を握るラディアス、小型を構えたハンナが一気に走った。
三方向からの同時攻撃。
しかし、バイオプラントナイトはそれらを見るとこなく対処する。
ベキベキと肩口から第三の腕が形成され、穂先を思わせる腕が三人めがけて恐るべき速度で放たれた。
一切躊躇なく放たれる突きは三人の顔めがけてだ。
だが、今の速度なら回避できる。
ケーティアはさらに踏み込みを強くし、身を低くした。
遅れて舞い上がった髪の毛を蔓槍がブチブチと引きちぎったが、ケーティアは気にしなかった。
さらに深く強く踏み込み、バイオプラントナイトへの距離を詰めようとした。
だが、それは誤りだった。
回避した槍が瞬時にほどけ、蛇のようにケーティアへと絡み付いてきたのだ。
咄嗟に身を捩ってかわすが、蔦はまるで生き物のようにケーティアの動きを追いかける。
見れば、蔦の先端が裂けて、蛇の口のように変化していた。
ただの蔦とバカにしてはいけない。
あの蔦は鋼鉄のフルプレートごしに人間を絞め殺し、穂先は易々と穴を空けるほどの威力もあるのだ。あの先端に秘められた威力も凶悪なものだろう。
メドゥーサの髪の毛のように無数の蔦蛇が迫ってきている。
(返し技をすべき? でも、数が多い。魔法を使う時間はない! 仕方ない!)
「戦技・三連閃!」
ケーティアの握った剣がぶれるほどの速度で振るわれ、迫っていた蔦がバラバラに裂けた。
高速の三連擊。飛ぶ剣擊であり、威力は落ちないと言う優れた技だが、ケーティアは顔を曇らせていた。
咄嗟とはいえ、バイオプラントナイトの蔦を斬るのは悪手だとわかっていたからだ。
紫色の体液を撒き散らし、蔦が首をはねられた様にメチャメチャに動き回った。
その体液が草原に飛び散ると、白い煙をあげている。
熔解性の体液。しかも、それだけではない。斬られた蔦の一部は体液ではなく、モクモクと煙を上げているのだ。
バイオプラントは焼いたり、斬ったりすると状態異常のある気化性の体液を撒く。
それは煙幕のように広がり、ケーティアを呑み込み、辺りを覆った。
状態異常の煙幕。
「ドライキュアオーラ!」
ケーティアは斬った瞬間に唱えていた状態異常耐性付与を施すが、愕然とした。
(手足が痺れ!?)
見ると、籠手から見える白いはずの指がアザが広がったように緑色に偏食している。
最悪だ。
ドライクラスの状態異常耐性は完璧ではない。全種類となると広く浅く耐性を施すしかない。防御アイテムでも全種への完璧な耐性は得られない。バイオプラントナイトの煙幕はその耐性が不十分な点を狙ってくるのだ。
呼吸器官などは異常がない。あくまでも手足の痺れ程度だ。
しかも、経皮毒では息を止めても意味がない。
ハンナとラディアスもバイオプラントナイトの蔦が変形し、遠ざけられている。
まずい!
ケーティアは顔がないはずのバイオプラントナイトと目線があったような気がした――。
直後、両腕を合わせたような極太の槍がバイオプラントナイトのケーティアめがけて腹部から放たれる。
万全なら簡単にはいなせるが、手足の痺れのせいで、回避までの動きが大きく遅れた。
死――――。
ケーティアの脳裏に走馬灯が過る――。
貴族でもあるケーティアは武家の生まれだった。
物心ついた時には剣の鍛練や魔法を教えられてきた。
才能はあった方だと思う。
だからこそ、英雄の領域――Aランクにまで到達することができたのだ。
でも、戦士として他の冒険者に尊敬される中、ケーティアは別の憧れもあった。
小さい頃、読み聞かされていた冒険譚――。
その中でいつもピンチに駆けつけてくれる勇者――そして、助けられる姫。
ケーティアにはお姫様願望が密かにあった。
だが、冒険者として名前が広がるにつれて、それはますます遠退いていく――。
だからこそ、よりその想いが強くなっていたかもしれない。
こんな時に自分を助けてくれる勇者を――。
「雷龍の鉤爪!」
閃光が槍を焼き払い、煙を散らす。
ケーティアは一瞬でときめいた――。
「無事か?」
閃光とともに颯爽と現れた勇者の姿に――。




