使徒
「お前は降参しないのかよ? 髑髏仮面? マングースか? それとも蛞蝓とかか?」
俺は唯一戦意喪失してない髑髏仮面に問いかけた。
戦いにも参加していないし、レベルは20。恐るるに足りない――はずだ。
なのに、俺はそいつから目を離せなかった。
なんというか不気味なのだ。格好ではなく存在そのものが……。
見た目と強さは比例しない。
あっちで対峙してきた凶悪な異能力者を彷彿とさせるのだ。
「ギヒヒ……断ります。降参しては使命を果たせませんから」
不気味な見た目通り、喋り方も不気味だ。
「使命だ……と?」
「それは話す必要はありませんので、お気になさらず。ただ、貴方の提案は聞けないと言うことです。まぁ、変な名前で呼ばれるのは不愉快なので名前だけは名乗りましょうか――アビスです。使徒の一人ですよ」
「アビス――か、覚えておく。神条進だ。それに使徒だと? 神にでも仕えてるのかよ」
「覚えておく必要はありませんよ。どうせ意味はありませんですのでね。えぇ、そうですよ。私は敬虔な神の僕です」
アビスはどこか小バカにしたよう調子で付け足した。
理解できないだろうと見下した雰囲気ははっきりとした隔たりがある。
これ以上は聞き出せそうにない。
アビスは武器を抜かず、コートを羽織っているだけだ。構えなどもしなかい。
「ほざけ」
俺は雷の魔力を纏ったままアビスへと突進した。
「ダークビースト……」
「なっ!!」
アビスのコートの一部が解れ、二対の獣の顔を描き出した。
獰猛な肉食獣――黒獣は不規則な軌道で俺へと襲いかかる。
まるで異能力だぞ!?
「っ! 雷龍の鉤爪!」
雷撃を指に纏わせ、五指を刃のようにする。さながら、龍の爪の様に――。
「ほぅ……滅龍魔法ですか……。失われた魔法――ロストマジックとは……あなたも同族でしたか? でも、使命を帯びていないなら、イレギュラーですかね? 」
「訳のわからんことを!」
ガキガキガキン!!
衣服を媒介にした獣は鉄を裂けるほどの熱の刃を口で受け止めた。
右と左の両方をだ。
この獣――衣服を媒介にしてるのに、強度が別物だぞ!
「お前も妙な魔法を使うな!」
「神より賜りし、偉大なる魔法。ロストマジックの一つですよ」
神――嫌な単語だ。
神殺しの異能がある俺にすればその単語には敵意が湧いてしまう。
こいつも何かと契約しのか?
それが使命とやらを与えたのか?
後で、ティアに聞いてみよう。
「それより、右手も左手も封じましたよ? 次はどうしますかな?」
アビスはからかう口調で今度は獣の尻尾のようなものを揺らしていた。
「テールランス」
尻尾の先端が高質化し、槍の穂先のように変化してつき放たれた。
狙いは頭。
首から上を消し飛ばす気かよ!
しかも、レベル差を考えると信じられないほど速い。
「舐めんな!」
大きく息を吸った――そこから放たれるのは息ではない。
閃光だ。
龍と言えばと最初に考えついた魔法。
龍の吐息。
「雷龍の咆哮!!」
俺の口から高濃度の雷が吐き出された。
もはや粒子砲とかビームに近い。
魔力を思い切りこめた一撃は両手を塞いでいた獣の頭と尻尾をまとめて消し飛ばす。
「なんと!」
驚愕しつつも、アビスはバネ仕掛けの人形のようにそれを避けたが、両手の拘束が解けた俺は咆哮と同時に距離を詰めていた。
避けられる――そんな気がしたから追撃の手を緩めなかったのだ。
「雷龍の鉄槌だ!」
「ぐぬぅぉぉぉ!」
全身に雷を纏った高速の拳。
もともとの身体能力とも合わさり、大地をも揺るがす一撃と化す。
アビスは服を交差させた両腕に巻き付けて防具とし、それを止めようとするが、受けとめきれずに、そのまま吹っ飛ばされた。
轟音とともに粉塵を巻き上げ、激突の余波で廃坑全体が揺れる。
「今のは……かなり痛かったですね」
壁に激突して粉塵を巻き上げた先でユラユラと揺れるアビスの両腕は折れてだらりと下がっていた。
「レベル30辺りなら本気でやる必要もないと思いましたが、油断しましたね」
「あん? レベルならお前の方が低いだろうが」
「目に見えるものだけ信じてると足元を掬われますよ」
粉塵の中で、コートが不自然に揺れ動いてる。
まだ戦うつもりか?
「今日のところは引かせていただきましょう。神条とやら……この礼はいつかまた」
捨て台詞とともに唐突にアビスの姿が消えた。
「また転移か!?」
俺はあわてて土煙の中へと走り、足を止めた。
先ほどまでアビスがいたところに大きな穴が空いていたのだ。
まだ下に隠し通路があったのか。
反響する足音は急速に遠退いてる。
深追いは――すべきじゃないか。
俺は地面に開けられた穴を見下ろしながら、取り逃がしたこととアビスの不可解な言葉を思い、ため息をついたのだった。




