ドラキュリアン
ドラキュリアン。
名前の由来は異世界の勇者がドラキュラと酷似した性質を持つことから呼ばれる様になった亜人と言われている。
獣人以上の身体能力、エルフ以上の魔力許容量、並の魔物よりも遥かに優れた再生能力を持つ――。
それだけではない。
ヒルダが勇者に勝負を挑んだのは、ただの腕試しではない。
勿論、それらを教えるつもりはヒルダにはないのだが――。
「なんでそんなことを?」
「私もこれでも英雄の領域に入った身――。世界を救う力を実感してみたくてな。なに、私が怪我しても罪に問われることはない。正式な手続きでの試合と思ってくれ」
軍人だから強さに興味があるのだろうか?
脳筋キャラには見えないが、彼女の協力を取り付けるためにも機嫌を損ねるのはよくないな。
それにちゃんとした手続きでの試合なら、あいつらみたいに罪になることもない。
挑んだのはヒルダだし。
「構わないが、試合なら権能は使わないぞ?」
権能まで使ったら街ごと被害がでる。
それにこんなことでSPを大量に使いたくない。
「権能? 勇者の切り札か? 構わないぞ。本当に殺し合うわけでもないからな。どちらかのHPが二割を切った時点で終了としよう」
なんかゲームの模擬戦闘みたいなルール付けだ。
だが、悪くない。
互いに再起不能になりたいわけでもないしな。
「じゃ、それで」
「では、付いてきてくれ」
俺達はヒルダに連れられ、親衛隊が使う演習場へと移動するのだった。
◆
演習場としてこの時期は親衛隊が借りている施設は、普段は興行としてダンジョンで捕獲した魔物同士を戦わせたりするコロシアムとして使われているらしい。
なので、人間同士が戦うには十分すぎるほどの広さが確保されていた。
外周400メートルくらいのグラウンドって感じだな。
まぁ、トラックや人工芝はない石のタイルを敷き詰めただけのものだが、この世界なら見事な製石技術だと思う。
美海、ティアとアデルは観客だ。
元々俺の能力を知ってる美海とこの世界で俺の全力を知ってるティアには権能を使わない戦闘は茶番劇かも知れないが、アデルは興味深々と言った表情で俺とヒルダを見ていた。
親衛隊隊長と勇者のカードか。
興行でも金を取れそうな試合だな。
ヒルダも俺も得物はもっていない。
サーベルを使うと思ったが、致死性の攻撃は避けるつもりか?
「んじゃ、始めるか」
「致死性の攻撃を避けると言っても手を抜くつもりはない。いくぞ!」
ヒルダの威圧感が増し、存在感が数倍増したように感じられた。
ミシミシとタイヤの空気が膨らむ様な音とともに青白い肌に血管が浮き上がっていく。
「最新鋭の英雄よ。その力――見せてもらおう!」
猛禽類の様に鋭い眼差しになり、ヒルダが先に動いた。
迷宮で見せた身体能力の増強で、速度が大幅に増していく。
シンプルな突撃からの掌底。
サーベルなら盾ごと貫くし、掌底でも頭蓋骨を砕きかねない。いや、首から上がすっ飛ぶかもしれない速度だ。
って、普通の人間なら死ぬわ!
ただ、この世界にはレベルの概念がある。
レベル差が広ければ子供が大人を倒せる理不尽がまかり通る世界だ。
ヒルダのレベルは115。
種族補正がどれほどかわからないが、勇者の補正には及ばないはず――。
滅龍魔法での強化はさすがに差がですぎるか?
(それでも、速い。異能での力は身体能力の増加――この場合はステータスの増加? 比率は? 倍? もっと上なのか?)
辛うじて目で捉えられるが、ギリギリの速度だ。
「ははっ! これは油断ならんな! 鳴神!」
俺は久々の異能戦に昂るのを感じられた。
急激にヒルダの速度が落ちていくのがわかる。
いや、こっちの反射神経が速まって遅く見えるのが正解か。
このまま突っ込んできたら、そのままカウンターで返り討ちになるが。
「なら、ゼクスフルブースト!」
ヒルダの魔力が蠢き、彼女を淡い光が包み込んでいく。
遅くなっていた速度がまた上がった。
魔法でさらに底上げかよ!
つーか、異能と魔法の両刀は勇者の特権と思ってたが、ドラキュリアンって何なんだ?
ずるい! 俺は魔法がまともに使えないのに!
ドラキュリアンって、勇者の末裔とかなのか?
スピードが急に上げられるならカウンターはやめよう。ミスしたら俺が大ダメージだからな。
堅実に行くか。
「黄泉沼!」
ズグン、と大地が脈動し、石畳の床がが柔らかい粘土を帯びた泥へと変わっていく。
このまま進めば底無し沼へ一直線だが。
「甘いぞ! フィーアストーンランスズ!」
泥を突き破って石槍が波と思えるほどの数で俺めがけて殺到する。
さらにヒルダは石槍の上にサーフィンする様に乗って迫ってきている。
まるで無数と棘の生えた壁だ。
こいつ、まじで殺すつもりないのか?
疑問に思えるほどの威力だが、まぁ、そんな余裕があるのは普通に対処できるからだ。
「はっ! しゃらくせぇ!」
力+硬化+重力で溜めた拳で石の壁を粉々に粉砕する。
砕けた槍の一部が頬を掠めて、わずかに血が滲んだ。
「なにっ!?」
俺が避けるために上に跳ぶとでも思っていたのか、ヒルダは思い切り反応が遅れていた。
「重壊拳!」
石壁を砕いた能力を乗せた拳をそのままヒルダに撃ち込んだ。




