迷宮
半年程前に突如出現した『新月の迷宮』と呼ばれるダンジョンはエバンスから半日ほど竜車を走らした場所に位置する巨大な洞窟だ。
「そう言えば、まともにダンジョンに潜るのって初めてだな」
半ゲームみたいな異世界なのに、思い返せば実に残念だ。
「マーリンのダンジョンに潜ったではないか」
「あれは仕方なしだろうが。しかも、逃亡中に隠れるためにな!」
思い出させんなよ!
あんなのは違うよ!
ちゃんと冒険者としてだっての!
「私は魔大陸で何個か攻略しましたね。モンスター化したのも攻略しましたけど、人工のものとは別物ですよ?」
経験者の美海曰く、人工物は遺跡に近いのだが、モンスターの方は異空間っぽいものもあるらしい。
ただ、落とし穴や毒矢などの罠などはあまりないらしいので、戦闘力が問われるのは後者で頭脳の問われるのが前者って感じ。
「さて、勇者のお手並み拝見といこうかのう!」
景気よく笑うティアはワクワクした足取りで俺と美海より先にダンジョンへ入ってしまう。
アデル?
非戦闘員はお留守番です。
◆
「さっき俺達って洞窟に居たよな?」
「ええ、いましたね」
「目を開けたらここは森の中です、ってなってんだが?」
そう……俺達三人は何故か洞窟にいたはずなのに、森の中にいた。
ダンジョンに入るとまず階段があり、警戒しつつ降りていくと巨大な扉があったのだ。
この階のボスでもいるのか、と開いてみたのだが、何故か藻抜けの殻だった。
「先客でもおったのかの?」
「でも、戦闘の形跡もないぞ?」
血の一つも床に傷跡もない。
戦闘したなら多少の跡はあると思うのだが――。
「進君! 足元!」
鋭く叫ぶ美海の言葉に足元を見ると、足元の紋様が淡く輝きだしたのだ。
「うぉ!?」
「転移か!」
瞬時に紋様の意味を理解したティアだが、間に合わない。
瞬きの間に俺達の視界が歪み、目を開けたら何故か三人とも森の中にいたってわけだ。
「初っぱなが転移の罠かよ」
「罠でもないかもしれませんよ?」
「なんでだ?」
「だってマッピングされてる地図のスタート地点に書かれたキャンプスペースの目印が合ってますもん」
冒険者ギルドで特に言われなかったのは、この迷宮でのスタートが森になるのは常識だったのか?
ちゃんと調べとくべきだったかも。
「ちゃんと出口の転移の魔方陣も近くにあるみたいなので大丈夫ですよ!」
美海の案内でキャンプエリア近くにあった魔方陣を使ったら、ちゃんと最初の部屋の入り口に転移できた。
よかった。
最下層から上がっていくみたいな仕様じゃなくて。
「転移先がモンスターハウスならゾッとしたな」
「発想が物騒じゃのう」
普通にありえたわ!
今回が運がよかっただけだろう。
転移罠って必殺のイメージがあるしな。
「何はともあれ、お宝探しに出発じゃ!」
龍の本能が疼くのかノリノリのティアに引っ張られて俺達は迷宮攻略へ乗り出すことになった。
●
「ふむ……他愛ないのぅ」
「そりゃ、レベル差考えればなぁ」
「虐殺か蹂躙ですよね」
迷宮攻略に乗り出して三十分――。
地図を頼り進んでいた俺達を歓迎するように大量の魔物が襲ってきた。
子供ほどの毒蜘蛛、毒蛇、毒ガエルから馬並みの狼、木々から強襲する猿などバリエーションも豊富だったのだが、一撃で倒れていったのだ。
まぁ、レベル25くらいの魔物だとそうなるよな。
魔物も力差を感じたのか、怯えるように隠れて姿を見せない。
なので、俺達は階層の支配者の様に悠然と森を歩いていた。
「薬草とかは普通に生えてますね」
「第一層で?」
「そんな貴重じゃないですけどね。グリーンウルフの毛皮の方が高いですよ」
さっきの狼型の魔物ね。
美海は魔大陸で国の後ろ楯とかなして過ごしてきたので、俺たちより市場や常識に詳しい。
犯罪者扱いされた俺とは別の意味で苦労してんだな。
などとしみじみ感じながら美海と薬草やら鉱石っぽいものを回収しつつ下層へと進んでいく。
◆
そのまま苦戦することもなく三、四、五階層を攻略した俺達。
森から平野、岩山、荒れ地と階層が変わる度に景色が変わるので飽きがこない。
「第六層からはマッピングされてないですね」
迷宮を思わせる石畳の閉鎖的な通路が続いている。
「となると、ここからは未踏査領域ってことか?」
「じゃが、人の匂いが複数するぞ? 先客かの?」
ティアは鼻をひくつかせて通路の奥を睨みつけている。
「冒険者が先に潜ってたのか?」
俺達はピクニックみたいに気楽だったが、普通ならかなり手こずるレベルだぞ?
キャスパ諸島でレベル上げしてた冒険者でも容易ではあるまい。
五層と六層の間にいたボスはレベル70の大ムカデだった。
三つに分かれた首と無数の触手めいた足は悪夢で出てきそうな気持ち悪さだったぞ。
あれが倒されてないならまだここは人が来てないと普通は考えるが、魔物のダンジョン内に住まうモンスターは再生――リポップする。
原理は不明だが、そう言うものらしい。
「そうなると相当の実力者でしょうね」
「神器勇者候補並だな。恐らくAランクの冒険者だろう」
エレノアとベルベットの二人ならあのムカデで限界だったはずだ。
その上のケーティア達のパーティーなら余裕でここまではこれる。
さらに石畳の迷宮を進んでいくと、わずかに金属がぶつかり合う音が響いてきた。
「誰かおるな」
「戦ってる?」
「でも、魔物との戦いでこんな甲高い音がしますか?」
「硬い鱗の魔物とか金属製のゴーレムとかならありえるぞ?」
「ま、いけばわかるじゃろ」
美海は狭い空間に合わせて双剣に得物を切り替え、ティアと俺は風の魔力を帯びていく。
雷だと光って場所がばれてしまうからだ。
角を曲がった瞬間に待ち伏せされてブレスとか嫌だからな。
●
「くそっ! 何なんだ! こいつは!!」
「アカリ! 補助をかけるわ!」
「援護かけるから負けないで!」
「あぁ! 俺達はこんなところで負けるわけにはいかないんだ! いくぞ、みんな!!」
何処ぞのサーガで出てきそうな台詞が聞こえてきたので覗いてみると、第六層のボス部屋と思われる広間でギルド前で戦っていたアカリと取り巻きの女が誰かと戦っていた。
真っ黒いコートにブーツ、腰にはサーベルと軍人らしき出で立ちの少女だ。
「ふむ。貴殿が噂の冒険者だったか。怪しい経歴だったから警戒させていたが、奴等と同族とはな。悪いが排除させてもらうぞ」
「ふざけるな! 俺は……俺は……この世界でハーレム王になるんだよ!」
なんだその某海賊王を目指すみたいな台詞は。
しかも真面目に言ってる分、痛々しい。
「スタンガンクロー!」
アカリの袖から鎖が伸びる。
名前の通り、電気を帯びてるのだが――。
「低級だな……。この程度の異能など脅威にもならん」
軍服の方は鎖を危なげなく避けて笑う。
「スタンガンクローって……。スタンガンなんてこの世界にはないですよね?」
「あぁ、ないだろ。少なくとも、帝国や王国では売ってなかったし。あんな技名ってことは、あいつ……まさか……」
それに軍服は今の技を異能と言った。
まさかな……。
「くそっ! こんなポッと出に俺が負けるはずがないんだ! 俺は最強になるんだ!」
鎖が磁力で操られてるように複雑に蠢くが精度が甘い。
あれなら俺の能力の方が強いくらいだ。
……なんだろう。
こいつとユーリが重なってしまう。
「あいつ……転生者なのか?」
「転生者ですか?」
「あぁ、敵に俺達の世界から転生して来た奴がいてな」
「召喚された私達の敵としてですか。あの言動と言い、確かにそれっぽいですね」
美海もアカリの言動にうんうん、と頷いた。
「児戯だな。異能とは――こう扱うのだ!」
車のタイヤが膨らみ様にミシミシと軍服の筋肉が軋み、サーベルの一撃は大気を巻き込みながら鎖をバラバラに切り裂いた。
だが、身体能力よりも驚かされたことがあった。
筋力強化の――異能だと!?
俺は軍服の見せた能力に驚愕した。
視界の端に現れたアイコンが俺の異能『覚える』が発動したのを知らせてきたからだ。
あいつも転生なのか?
アカリの異能は電気系統だが、かなり弱いのだろう。俺の能力が発動しなかったのは、もう電気系は覚えてるからだな。
アカリはともかく、軍服は強いぞ。
明らかに手抜きだし、底を見せてない。
この三人なら負けることはないと思うが――。
驚愕してる間にアカリの攻撃を掻い潜った軍服のサーベルの峰が打ち付けられ、ぶっ飛んだアカリは地面を転がって倒れる。
細身の腕だが、巨人にでも殴られた様だ。
「きゃぁぁぁぁぁ! アカリ!」
「嘘よ! アカリが!」
取り巻き二人は真っ青になって動けずにいる。
「ち、畜生。まだ……だ……」
血を吐きながら敵意の眼差しで軍服を睨むが身体は起こせてない。
「まだ意識があったか。調度いい。貴様をこの世界に呼び出した存在について聞きたいことがあるからな」
軍服の言葉に地面に倒れていたアカリは目を見開き、
「なっ!? お前も転生者だったのか! ふざけんな――俺以外もまだ呼んだだと!? ――やろ――うっ!?」
呪詛を呟いたアカリの様子が急変した。
「うごぁぁぁがぅ!?」
身体をむちゃくちゃにかきむしり、泡を吹いて獣の様に絶叫している。
「むっ!?」
警戒して飛び退いた軍服の前でアカリは弾け散った。
比喩ではない。
本当に弾けたのだ。
高所から叩きつけられた水風船の様に。
赤黒い血を撒き散らし、床に広がった臓物。
鉄と酸っぱさの混じった不快な臭いが漂う。
凄惨な光景に俺と美海は口元を抑えた。
グロい……。スプラッタだ。
「口封じか――。やはり情報を話そうとするとああ、なるようだな。お前達はどうやら転生者ではない様だが、事情聴取は受けてもらうぞ。それと――」
軍服はブツブツと呟くと魔法で取り巻きの女二人を拘束した。
臓物と血をもろにな浴びた二人は放心状態で腰を抜かしてのもあって、抵抗せずに受け入れていた。
「その覗き見どももな!」
サーベルの切っ先を俺達の方へ向けて宣言した。
●
ふむ…………。
気づかれてしまった以上、ここでバックレるのは不可能だろう。
絶対追ってくるだろうからな。
それにこちらも気になることがある。
「バレてたか」
なので、俺はわざとらしく悠々と姿を見せた。
後ろめたいことはないから、と。
美海とティアも警戒は解いてないが姿を見せる。
「人間……。この国で活動するのは珍しいな――!?」
軍服は俺と美海を値踏みするように見て驚愕に目を見開いた。
「レベル185とレベル135だと!? 何者だ!!」
あぁ、ステータスを見てたのか。
能力値を見た軍服はさっきよりも遥かに警戒の色を濃くしている。
これは正直に話さないと襲ってきそうだな。
「俺は神条進、こっちは月島美海。見ての通りの人間だ。召喚された勇者だよ」
「勇者……。王国が勇者召喚の儀式を行ったのは聞いていたが、あなた達が――。強さは勇者と言えそうだが――」
本物か? と言いたげだな。
ユーリもレベルだけなら俺達くらいあったし、疑うのも無理はないか。
アカリもレベルの割には能力が低かったっぽいし。
「帝国か王国に問い合わせばわかるはずだ。それかこっちで証明してもいいぞ?」
俺は拳を合わせて戦闘の意思を示したが、軍服は首を振り――。
「いや、そこまで言うなら嘘ではないのだろう。こちらも勇者殿と戦うつもりはない。異世界からこの世界のために戦ってくれる方に敵意を向けるほど愚かではないからな」
随分殊勝だな。
あの滅んだ滅竜教信者どもに聞かせてやりたい台詞だ。
「名乗り遅れた。私はカーミラ親衛隊第一部隊隊長のヒルダだ」
軍服――ヒルダはビシッ、と慣れた動作で敬礼して見せた。
美人がやると格好いい。
ヒルダ――確かにこの国で最高権力者だよな。
親衛隊か。
まさか待たなくても会えたのは好都合だ。
「ちょうど俺達はあんたらに会いたくてこの都市に来てたんだ」
迷宮で会えたのは偶然だが。
「我々に?」
「あぁ、ちょっと聞きたいことがあってな」
「ふむ……。それは構わないが、ここでは難だろう。一度出てからでよいか? この二人も調べなければならないからな」
あぁ、そう言えば忘れてた。
アカリの連れを捕まえてたんだっけ?
俺も転生者には興味あるし、ぜひ情報は欲しいところだ。
「勿論だ。俺達も転生者の話を聞いてもいいか?」
「まぁ、構わないだろう。むしろ、勇者殿の話も聞けるならもっと情報が得られそうだ」
ヒルダにとっては異世界の情報になるし、俺達ならわかることもあるかもって感じか。
互いに利益があるし、よさそうだな。




