ダンジョン
ティアと出会ってから数時間――。
城から村、さらに人気の少ない森の奥へと向かい、その先に聳えていた岩山の麓に俺たちはいた。
正直疲れた。
鍛えてる方だが、何時間も飲まず食わずで歩いてれば疲労もたまる。
それに日も暮れてきて、あたりも薄暗くなりつつある。
魔物避けになるかわからんが、追われてるから夜営で火を使えば目立つ。
追っ手が森の中で焚き火なんしてる奴を見たら嬉々として殺到してくるぞ。
ちなみに、火では魔物避けにはならないらしい。
獣ならともかく知能が高い魔物は平然と人間も襲うので種類によって居場所を知らせるようなものなので、逆効果だそうだ。
「騎士どももだが、休んでる間に夜行性の魔物に襲われそうだな」
「奴等も夜の森に長くはこないから前者は気にしなくてよいと思うぞ。さすがに夜の行軍は危険じゃろうからな」
騎士の一般的な戦闘力なら俺は敵にならないそうだ。
「俺達は?」
「妾は龍ぞ?低俗な魔物なんぞ瞬時に倒せるわ」
「そのわりには聖騎士相手にボロボロだったじゃねえか」
「傷さえなければ敵ではないといっおろう! ん?」
キッとこっちを睨んでいたティアだったが、急に視線を変えた。
「どうしたんだ?」
俺もティアにつられて視線の先を追ってみた。
特になんてない巨大な岩があるだけだ。
土砂崩れもあったのか、岩の周りにも小さな土砂が広がってる。
「ふむ。丁度よい場所があるな。あの奥にダンジョンでもあるのか」
「は?」
ティアの呟きに思わず目を丸くした。
ダンジョン……。んなもんまであるのかよ。
ますますゲーム世界だな。
いい加減にして欲しいのだが……。
「てか、今はダンジョン攻略してる余裕はないだろ」
「戯け、土砂で岩肌の一部が崩れてかろうじて出てきた入り口じゃ。恐らくは未発見じゃろう。奴等も気づくまい。それに入り口が狭いから魔物もこんわ」
「ま、ここで真っ暗な中野宿よりはましなの……か?」
「とりあえず入ってみるぞ。魔物がおれば倒せばよい。上手くすれば宝があったりするだろうしな」
若干ティアがワクワクして見えるのだが、気のせいなのだろうか?
やっぱドラゴンだけに宝とかが好きなのか?
どのみち立ち往生してるわけにもいかないので、俺もため息をついて同意し、ティアとともにダンジョンへと潜ることにした。
地下一階――。
入り口すぐから嫌な予感がしたのだが、未発見だけあった魔物が出るわ出るわ。
蟻、蜘蛛、蛾、ゴキブリ、ネズミ、ムカデやらが異形化した魔物は女性なら気絶する気持ち悪さで俺も倒してて気分が悪くなったのだが、ティアはまったく気にした様子もなく魔物を屠っていた。
逞しいな……。
さらに進んでいくと、今度はゴブリンっぽい魔物だ。
話が通じる様子もなく襲ってきたので返り討ち。
さらに蛇やトカゲを巨大化した魔物も襲ってきたが、特に敵ではなかった。
ダンジョンと来たら――と定番の骸骨兵――スケルトンもいたが殴った瞬間に乾いた音で崩れてたのは拍子抜けしたな。
ちなみにSPがさらに減ってしまって現在は六割を切りそうだ。
MPは相変わらず満タン。
二日でこの消費は不味いと思うが、魔物が出てくるので仕方ないか――。
………………。
…………。
……。
「ここなら見つからないし、とりあえず休まないか?」
「もう疲れたのか? レベルが上がったから疲れもたまっておらんじゃろう?」
ティアはポイズンスネークを焼き払いながら平然としていた。
傷も癒えて、魔力も回復してきたらしく、魔力で自分の服まで作っている。
確かに魔物は狩りまくってるので経験値の入りが物凄い。
一匹一匹は大したことはないが、数が多いので、微々たる経験値でも積もりが大きいのだ。
「身体はな! 精神は疲れんだよ! あと、SPが減り続けると困る!」
「SP? あぁ、勇者の特異な力の源か? しかし、進は途中から素手で能力は使っておらんじゃろうが」
まぁ、レベルが上がって素手で戦えるからな。
元々、時恵のおかげで身体能力は人間離れしてたので、異能力は節約してる。
「それにもう夜中だろう? 休めるときに休まないと何かあったら困るだろうが」
「まぁ、この階の魔物はもう寄ってこんし仕方あるまい。妾が見ててやるから休むといい。なんなら膝で寝るか?」
ティアもこちらが疲労してるのを心配してくれたのか休むのに賛成してくれるのはいいが、一言余計だ。
膝枕――。
まぁ、ギャルゲーなら歓迎展開だが、魔物に溢れたダンジョンの中でする展開じゃねぇ。
「いるか……。何かあったら起こしてくれよ」
俺は適当な石に学ランを巻いて枕がわりにして寝転んだ。
こうして俺の異世界生活二日めは豪華なベットから硬い石床で過ごすことになった――。
異世界三日め――。
ダンジョンで朝を迎えるとどこからかいい匂いがした。
焼き肉?
「起きたか? 調子はどうじゃ」
「最悪だ」
硬い床で身体が痛いし、睡眠も浅かったので、まだ頭が思い。
まだ意識が重いが早く覚醒させるために、眠いと訴えるのを無視して無理やり身体を起こした。
「なんか焼いてる匂いがするな」
「昨日のポイズンスネークの肉じゃ。焼いてみたが食うか?」
……食えるのか?
ポイズンってどう考えても毒だよな?
ティアは見た目は美少女だが、ドラゴンだ。
毒耐性とかあるかもしれんが、俺の胃袋にそんなものはない。
ステータスにも状態異常耐性は――ある!?
なんでだ?
あぁ、そういえば権能にあらゆる呪いの無効化があったな。
あれがこの世界では状態異常無効に置換されてるのか――。
まったく使わないから忘れてた。
てか、常時発動型は気づかないんだよな。
呪いとか受けたとしても勝手に無効化されるから、発動しててもわからないし――。
「大丈夫じゃ、何かあれば治癒くらいできるからな。当たっても気にするな」
気にするわ!
ティアが当たる前提で言ったので余計に不安になったが、こんな場所で食料は貴重かもしれん。
意外と美味しいかもしれないしな……。
なので、俺は腹を括って焼かれた肉を食べる。まぁ、状態異常にならないから味を気にしたのだが――。
うん。調味料がないと味がやばい。
ゴムみたいな弾力だし、スジや筋繊維が硬いし、多くて食えたもんじゃない。
なので、二口めは遠慮した。
まだ腹は大丈夫なので。
「さて、今日は時間もたっぷりある。本格的にダンジョンを攻略してくれよう」
ティアはヤル気満々で不敵に笑ってるが、目的が違ってるぞ。
などと突っ込んでみたが、本能か欲望かティアはズンズンとダンジョンの奥へと進んでいく。
まぁ、経験値が入るのでこれはこれで悪くはないか……。
朝から元気に湧いてくる魔物を屠ってるティアは水や風の刃を出したり、バンバン魔法を使ってる。
しかし、魔法……便利だな。
早く覚えたいところだ。
地下三階――。
Mooooooooo!
ミノタウロスが出てきた!
ダンジョンだとボスキャラのはずだが、ティアが瞬殺した。
一体何レベなんだ?
試しに訊ねたが、教えてくれなかった。
聞いたらショックを受けると冗談めかしてはぐらかしてた。
やっぱり相当高いのか??
ちなみにダンジョン攻略に乗り出して、今や30レベルまであがったぞ。
RPGならストーリー中盤のレベルだろう。
三日で中盤なら一週間でストーリー完結か?
などとバカな考えをしながらも魔物を倒していく。
ここの魔物の平均は15くらいか?
入り口にいた小型の魔物たちは5くらいだったからな。
ミノタウロスは――25。
やっぱこの階のボスか……。
地下四階――。
これまでとは違った冷たい空気が支配しており、魔物も数で押すわけではなく、ほとんどいない。
ここだけ空気が違うのは、最下層だからか?
ダンジョンにしては浅い方で、ティアは人為的なダンジョンだと言っていた。
ダンジョンに人為的以外な物があるのか?と訊ねると、あると答えられた。
人間、魔物が作った以外に、洞窟で朽ちた魔物の魔力により変異してしまったある種の魔物化したものだそうだ。
魔物化したダンジョン攻略は魔物討伐そのものだが、最下層の核を破壊しなければならず、しかも、そこまでには体内に住み着いた免疫機能の役割をもった魔物を倒していかねばならないらしい。
物によっては退路も断たれてそこでダンジョン化した魔物の食料にされるケースもあるそうだ。
夢が壊れそうです。
話は戻るが、ここは空気が違う。魔物が別格だからだろうか。
一本道を抜けると巨大なドーム状の天井をもった広場に出た。
壁に埋め込んである円柱の柱が天井へと吸い込まれるように延びており、奥には分厚い扉が見える。
そして、それを守るようにいるのは――。
「ふむ。リッチーとはここの支配者はあやつか?」
俺とティアの前に佇んでいるのは、骨に薄っぺらい皮膚が張り付いたアンデットだった。
欠けた歯に失った髪、片眼は失われ、対の瞳は生者であり、このダンジョンの侵入者でもある俺たちへの憎悪で赤く光っている。
生前は財を築いていたのか紫のローブには金糸で幾何学な紋様が刻まれ、付与魔法もふんだんに使われているらしい。
右手に握っている杖は純金なのか黄金に輝き、先端には四つの宝石が輝いてる。
レベルは――50!?
「ミノタウロスとは別格かよ!」
「ふむ……。まぁ、それでも勝てぬ相手ではないぞ?」
ティアは涼しい顔でしれっと言い放った。
これだけ言えるティアをボロボロにしたユーリのレベルも気になるな。いや、神器のお陰かもしれないが、あれは名前からしても竜耐性の武器みたいだし。
だが、今は目の前の敵か。
リッチーは俺達を逃がすつもりはないらしく、憎悪を滾らせている。
これは一戦あるな……。
俺とティアも臨戦態勢に入ろうとすると――。
「そこにいるのは誰だね?」
どこからともなく深い声が響いてきた。




