アンジェラ
ジェリコの長壁は東西に長く伸びた壁だが、三つの大きな要塞が存在する。
それは百キロ近い巨大な壁に三つしかない門を守るための要である防衛拠点であり、魔族の動きで小砦へ援軍を派遣させるための駐屯基地の役割を兼ねている。
その中央拠点。
観光名所の壁とは違い、こちらは一般公開はされていない。
広大な訓練施設、武器保管庫、物質保管庫、書庫、娯楽施設もあり、小規模な街くらいはある。
戦時なら三万人を越えて収容できる施設で、三つで十万以上の大群を集められる。
昔の偉人達の血と汗の成果だ。
そして、この中央砦は他のどの軍事拠点よりも強固と言われている。
と言うのも、この法国には一人の勇者がいた。
神器――槍に選ばれた勇者が。
アンジェラ・ヴァン・シュタイン。
金髪紫眼の美人で、腰まである長髪に槍の名人とは思えないほど肉惑的な身体つきをした女勇者。
女と侮るなかれ。
神器を使わず法国で開かれた武術大会で優勝。五年前に起きたヴォルガ火山の活性化による火竜の異常活動を単身で鎮圧。疫病による突然変異で生まれた巨人アンデットの撃破。亀裂から出てきた超大型滅獣の討伐などの功績を打ち立てている。
そんな彼女が守る中央砦が落ちるはずがない。
それは国民全てが口を揃えて言い張るだろう。
長さの揃えられた人工芝の闘技場で1人の女性が槍を振るっていた。
「はっ!」
月夜の下で汗が流れる様すら絵になる女性こそ、この国最強の勇者――アンジェラだ。
アンジェラはいつものように夜のトレーニングをしていた。
ただ、無心となって槍を突きだす。
高速での素振りは素人どころか、熟練の兵士でも目では追えないほど速い。
何千回と素振りを繰り出していく。
ヒュン、ヒュン、ヒュン……。
「今日はここまで……とはいかなさそうだな」
素振りを止めたアンジェラは茂みへ視線を向け、
「誰だ? 私の部下ではないな?」
気配の消し方が上手すぎる。
隠密系の武技でも使っているはずだ。
常時展開している探知の武技を使わなければ気づけないレベルだろう。
「おやおや、ばれていましたか」
茂みから姿を現したのは異様な風体の男――アビス――だった。
髑髏の仮面と漆黒のローブを纏ったその姿は死神を連想させるだろう。
「こんな夜にまさか死神とは言わないよな?」
「死神ほど大層ではありませんよ。まぁ、あなたに死をもたらす点では変わりませんがね」
アビスの黒衣が内側で不気味に蠢く。




