episode->2
「く、あいつら、逃げやがったか。」と、リオが窓の下を眺めながらつぶやく。
「何言ってるのよ。こんな高いところから飛び降りて、助かるはず・・・・これは、鉤?」
「おい、どけ!」
リオがワイヤーを断ち切る。
人のようなものが堀に落ちていくのが見えた。
「おそらく、これで・・・・」
「ったく、面倒なことしてくれるわよね。足が速いだけの兵士のくせに」
「リオ様、レイア様!!」
兵士たちが広間に入ってくる。
「じょ、状況は!」
「当然、もう終わったわよ。きっちり殺し切ったわ」
「や、やった。我々の勝利だ」
兵士たちが雄たけびを上げる。
雄たけびは伝染し、外で待機していた兵士たちまで届いた。
数千の兵士の雄たけびが魔王の城が人間のものになったことを物語っていた。
「・・・やかましいな。もう少し、静かにしてほしいものだが」
俺は、魔王城の一室で、顔をしかめた。
「仕方ないと思うが・・・、とにかく、礼を言う。助けてくれたこと」
長髪の赤髪に、魔族特融の紅い魔眼。人間とは異なる生物であることを再確認する。
こんな近くで、魔族をじっくりと見るのは初めてだ。
「な、なんだよ。それより、こんなところにいたら」
「ああ、問題ない。というより、この時間は絶対に必要だ。もうすぐ・・なのだがな」
魔王が怪訝な顔をする。
「なにを・・・っ!!?」
魔王の体を紅い魔力が包む。
「これは・・・、眷属の」
「魔王城に存在する魔物は、すべて魔王の眷属となる・・・だったな」
魔王が驚いた顔をする。実は、魔王城に人間がたどり着いたことが一度あるのだ。その時の情報は、ちゃんと保存してある。閲覧できるのは、帝国上層部だけだが。
「帝国の城に何度も忍び込んで、情報を集めた。その中に、得た情報で空気中の魔力から魔物が生まれるという研究資料があった。俺は、それを研究し、実現可能にしたのが、この魔石だ」
俺は、魔王にいくつかの魔石を見せる。
「見たことのない魔法陣だ。どういう理論なんだ?」
「空気中の魔力を魔物として生成するために魔力を高圧でためて魔石として保存、それを高濃度の魔力であふれた場所で砕くという発想は悪くなかった。しかし、ただ砕くだけでは、魔物化しない。ただ霧散するだけだ。はじかれた魔力に指向性を持たせるために、変数に魔物の一定の魔力波を設定し、砕かれたときに適切な・・・・いや、時間がない。説明は後にさせてくれ」
「いや、いい。多分、聞いてもわからない」
若干引き気味に魔王が言った。
「ところで、宝物庫に続く部屋に来たのは偶然じゃないんだろ?」
「ああ、もちろんだ。事前に魔王城に侵入したときに」
「お、おい。ちょっと待て」
「当然だろう。一流の暗殺者なら、常にできうる限りの情報を手に入れておくものだ」
「・・・まぁ、こんな状況だ。聞かなかったことにしておく」
「それでだ。しかし、宝物庫には侵入できなかった。ここには特殊な魔力を魔法陣に流し込まなければいけないようだな」
「ああ。俺と、数人の魔族のみの魔力で動作する。こんな風にな」
魔法陣に反応して、部屋の扉にかけられた結界が解除される。
「で、この鍵を使って」
「ん?」
ドアの鍵は、すでにピッキングしてしまっている。
「・・・もう何も言わないでおく」
どんどんと、魔王の信用がなくなっている気がするが、まぁ、いいだろう。
部屋に入ると、かなりの量のアーティファクトが保存されていた。
アーティファクトとは、この世界に存在する特殊な道具のことで、大抵、現在の技術では再現できないものが多い。例えばリオとレイアの持っていた武器、リオの王剣や、レイアの杖、黄金旋律などがそうだ。
リオの王剣の所持者は、魔法陣から鎧と、大剣を召喚することができ、王と名の付く鎧と大剣の力はまさに他を圧倒する。まぁ、やつがその力を引き出す器を持っているからだが。
レイアの黄金旋律は常に所持者の魔力をため込み、さらに魔力波を常に最高の状態に保つ。
魔力波とは、すべての生物が出している魔力の波形で、魔法を使うときは、自らの魔力を特殊な魔力波に変換する。
しかし、焦ったときなど、魔力波が乱れることはよくあり、威力が低下し、さらに魔力を無駄にすることから、黄金旋律の効果は魔術師からすれば垂涎のものと言っていいだろう。
「奴らとは、いずれ戦うことになるだろう。そうなると、アーティファクトなしで勝つことは不可能だ。と、するならば、魔力量の乏しい俺に使えるのは、どれだろうな」
「魔力量の乏しい?よく兵士に参加できたな」
魔法が使えることが兵士の大前提のこの世界において、魔力量が常人の10分の一程度しかなかったことを知ったときは、絶望したものだ。
この世界を守り、平凡に暮らすために兵士になりたかった俺は、試行錯誤の上、乏しい魔力を物体としてため込む魔石の技術を開発し、魔力量の乏しさをカバーしてきた。
元々ハッキング技術などのアサシン必須の技術は持っていた。魔法陣を組むことがプログラミングに近いことを理解してからは、魔法をかなり自在に操れるようになっていた。魔力量が少ないために、数は打てなかったが。
宝物庫には、大小さまざまな剣や、弓、鎧やローブがしまわれていた。
「ありがたい。できる限りいただいていこう。空間拡張の魔法が使われているバックもあるだろう。帝国の宝物庫にはあったぞ」
「帝国のに入ったのか?さすがだな。あるぞ、これだろう」
「めぼしいアーティファクトはこれに放り込め」
しばらくすると、部屋の外が騒がしくなった。
「気づかれたのか?」
「かもな。だが、窓が割れているだけでその疑いをかけるのは早計だし、宝物庫の結界は扉を閉めたときにかけなおされている。開かれるのには時間がかかるだろう。その間に逃げるぞ」
「逃げるって、どうやって逃げるんだ?」
「魔王の城の隠し通路を探っていた時だが、宝物庫のちょうど下に、扉があった。そこに刻まれた魔法陣が宝物庫前のものと全く同じだったんだ。おそらく、開けられるだろう」
「隠し通路って、私も知らないのだが・・・・」
若干、、いや、かなり引いている魔王に部屋の中心に先ほどと同じように魔力を流し込んでもらう。
すると、白く光る魔法陣が現れた。
「これは・・・・」
魔法陣を解読すると、転送用の陣だとわかった。
「おそらく、下の隠し通路への転送手段だろう。行くぞ、魔王」
「お、お前は一体・・・」
驚愕している魔王とともに魔法陣の上に立つと通路のような場所に転送された。
「GGGGGGGOOOOOOOOOOOOO」と、上からうなり声が聞こえる。
「これは、なんの声だ?」
「魔物を生み出す魔石を、転送直前に砕いておいた。魔物が誕生しているということは、やはり、隠し通路らしい。それに、これで宝物庫はぐちゃぐちゃになり、開かずの間にでもなるんじゃないか?」
「あそこには、貴重なものが・・・・、まぁ、仕方あるまい。人間に奪われるくらいなら、破棄したほうがいいだろう」
「その中でもえりすぐりのものは、回収したしな。先を急ぐぞ。この隠し通路が見つかることはないだろうが、残った魔族、吸血鬼たちの領土もいずれ陥落するだろう。その前に合流する必要がある」
「わかった。行くぞ」