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通貨の起源を考えよう


 通貨の起源のとしては現在二つがある。


 物々交換から派生したってもの。

 いちいち交渉して交換するの面倒だから、共通の価値を持つ通貨を導入しちゃって奴。


 もう一つは債務を目に見える形にしたってもの。

 文字がない時代ならお前に貸しがあるからなってのを形にしようと思ったら石ころや貝殻使うしかないわな。


 

 まずは物々交換から考えてみよう。


 物々交換から派生したってことは通貨の価値を担保するのは、昔学校で習った金兌換紙幣と同じで通貨と兌換される物資だよな。


 ってことは村程度の共同体で俺が発行する毛皮兌換の貝殻通貨と、隣のおっさんが発行する木の実兌換の石ころ通貨が同時に流通するってことにならないか?


 しかもそれぞれ価値と交換レートが違うってなかなかに楽しいことになりそうだ。


 意味ないじゃん!


 通貨を噛ませたせいでかえって面倒になっている。

 素直に物々交換してた方がましだな。


 これはない。


 じゃあ次に債務から発生した信用通貨を考えよう。


 まず俺とおっさんがそれぞれ兌換通貨を発行していたとする。


 俺は信用がないので持ってる毛皮の分しか貝殻を通貨を発行できない。無理に毛皮以上の量の通貨を発行しても価値が下がるだけ。さらに猪の毛皮でもうり坊の毛皮でも毛皮1枚は1枚だろと言い張るアホタレなので通貨事態の価値も低い。


 しかしおっさんは、木の実が足りなければすぐ森に探しにいって十分な量の木の実を集めるまで戻ってこない男だと村の皆に思われている。


 なので、おっさんは持ってる木の実の量以上に石ころ通貨を発行しても通貨の価値は崩れない。

 兌換する木の実が足りないならすぐ集めにいくと信頼されているからだ。


 この場合おっさんが発行できる石ころ通貨の量は、村の皆からさすがにおっさんでも無理なんじゃね? と思われるまでだ。


 つまりおっさんが持ってる木の実の量と発行できる石ころ通貨の上限は関係ない。

 上限はおっさんの信用による。


 

 かくして俺が集めた貝殻は後世の人に発掘され、なんだこれは? 食べたあとの貝殻を捨てたゴミ捨て場かな? と貝塚と認定されるのであった。


 違う! それはフィレンチェに先駆けて世界初の貝殻銀行となるはずの場所だったんだ!

 決してゴミ捨て場ではないんだ!

 信用なくてあっけなく潰えたけど。


 一方おっさんは世界初の銀行を開くが通貨が石ころであったので、発掘されてもやけに石が多いなあで終わった誰もそこが銀行遺跡だとはわからないのであった。



 こう書くと早々と信用通貨が導入されそうだけど、実際には金貨銀貨が流通し、金兌換のドル紙幣なんてのもあった。



 それはやはり情報伝達と物流と教育だろうなあ。


 俺の村ではおっさんの信用は皆知ってるので石ころ通貨が価値あるものとして通用する。

 しかし、隣の村では誰もおっさんのことは知らないので、石ころはただの石ころでしかない。


 このことから通貨の本質はそれに乗る情報だとわかるが社会が発展してないと情報が伝達されないから、通貨にもおっさんの信用情報が乗らないんだ。

 

 となるとおっさんの信用情報を隣の村にも形に変換してやらない。


 通貨自体に価値を持たせ、それ自体が信用情報になるように加工してやるのだ。



 ああ、ビットコインとか仮想通貨はこういう発想で生まれたのか。

 通貨の本質は信用情報なんだから、マイニングできないようにがちがちで暗号で固めて新しい信用情報つくっちゃえって訳だな。


 話がそれた。



 かくして金貨、銀貨、あとの兌換紙幣の誕生だな。


 あとは教育だな。


 野で獣で狩り、川で魚を取りしてた人間に、この石を持っていくとおっさんが木の実と交換してくれる、これはおっさんの信用情報が乗ってるから価値があるんだ、だからお前のそのうさぎとこの石ころを交換しようと持ちかけてもなかなか理解できるものではない。

 人によってはそんな石ころと交換だと? ふざけんな詐欺師! と喧嘩になる。


 それよりは金を通貨にして、これ自体に価値があるんだとやった方がずっと早い。


 その金の価値も皆が価値があると思ってるおかげで生まれた信用情報だけどな。


 キャッシュレス決済関係の掲示板見ると今だにそこらを理解できずに現金至上と言ってる人いるからなあ。その現金の価値は通貨に乗ってる信用情報なんだから紙幣で使ってもデータで使っても同じだつうに。


 現代でこれだから、古代で通貨を普及させるためには金銀銅を通貨にするしかなかったんだろうなあ。


 それぐらい目に見える触れる持って重いという誰にできる理解のしやすさはでかい。


 

 しかし、これは問題ありあり。


 

 通貨を金の保有量以上に発行できない。


 おっさんの石ころ通貨が流通する俺の村では現物以上の通貨が通貨が流通するから、おっさんから金を借りて俺がその金で人を雇って俺は猪飼ってる間に魚取ってもらったりできる。

 借金して自己資本に対する利益率をあげるやり方は前に書いた通り。


 しかし、おっさんがいない隣の村ではそれができない。

 おっさんの信用石ころ通貨ではなく現物兌換通貨のみだから現物以上の通貨がない。

 借金して利益率をあげようとしても、貸せるほど金持ってる奴が誰もいない。

 ぷらぷら遊んでる奴がいても、それを雇う金がないから新しい事業が起こせない。

 

 そこに経済発展はなくひたすら昨日と同じ明日が続くだけ。


 縄文人が何千年と似たような生活してたり、特に発展もせず中世の暗黒時代が何百年も続いたのも納得だ。


 物々交換してたり兌換通貨使ったりする限り通貨発行量に上限できるから、それが発展に協力なブレーキかけるんだな。


 昔の人が戦争ばっかしてたりするのもこれだな。


 物資や金の保有量で通貨発行の上限決まるんだから、余計に通貨発行しようと思ったら、戦争して余所から奪ってくるか植民地から収奪するしかない。


 そうしないといつまでたっても余剰資産が発生せず、なにも新しいこと始められないもんな。



 もしかして古代ローマあたりできっちり教育して信用通貨を普及させてたら歴史から戦争なくなったんじゃなかろうか。


 戦争せずとも通貨増やせるし、そうなったら足りないものは戦争して奪うより買ってきた方が早いし。


 日本はここ何十年か戦争してないのもそれと同じだよな。


 戦前の日本は鉄やら石油から求めて外征したけど、完璧に買ってきた方が早い経済に移行したからな。



 歴史的にゆっくり発展してたのが、ここ100年程発展のスピードが上がったのも兌換通貨を完全に捨てて信用通貨に移行して通貨の供給量が増えたからだよな。


 兌換紙幣も通貨とは金であり銀であるという認識を通貨とは紙幣であると言う認識に変えるために必要だったんだろうけどさ。



 さて石ころ通貨のおっさんだけど、更に石ころ通貨を発行する方法がある。


 通貨の発行量はおっさんの信用によるのだから、さらに信用を増す方法を取ればいい。


 ということで高床式倉庫を作ろう!


 倉庫を持つことでおっさん信用は更に高まり、今まで以上に石ころ通貨を発行しても価値は崩れないだろう。


 極端な話信用が保たれればいいので、倉庫さえあれば倉庫の中身は空でいい。

 さすがに小さな村で倉庫が空ではすぐにばれるので、不安を抱かせないぐらいに木の実入れておかねばならんけど。


 中央銀行って要はおっさんの高床式倉庫だよな、倉庫があればいい。中身は関係ない。


 だから通貨の価値を決めるのは中央銀行の残高ではない。

 おっさんの通貨発行額が村のみんなの信用限度によるのと同じで財政関係なくマーケットがさすがにそれはヤバイじゃね? と思うまでは通貨も国債も発行していいんだ。


 条件付きMMTだな。


 MMTのは通貨発行券を持つ国家は無限に自国通貨を発行しても破綻しないってなもんだけど、無限ではないな、マーケットが容認する限りだ。


 こういう視点を得るとこの前FRBが100年物の国債の発行を検討しているって意味がわかるよな。

 国債の発行限度額は財政状況ではなくマーケットが容認するからだってわかってるから投げ石してマーケットの反応見てる訳だ。

 だから発行を検討しているという物言いになる。発行を予定しているとは絶対言わない。

 検討しているだけなら、検討の結果やめましたにできるからな。


 さすがアメリカよくわかっている。


 一方日本はねえ。


 財政赤字とかなんかばかなこといってるねえ。

 国民性だからある程度仕方ないんだろうけど、見るべきは自国に財政ではなくマーケットの反応だと言うのに。

 自国通貨や国債の発行額がマーケットに左右されるって考え方はなかなか受け入れにくいんだろうけどな。


 思うに金銀を仕方なしに通貨と使っていた時期が長かったせいで、信用通貨に移行して久しいのに今だに兌換通貨の価値観の人が多いんではなかろうか。


 お金は大事、だからお金は価値がある。なので紙幣も価値がある。


 そうではない。


 お金は大事、しかし大事なのは通貨に乗ってる信用情報が大事。紙幣そのものではない。 

 

 経済についても兌換紙幣時代の兌換経済と信用通貨での信用経済ではまるで考え方を変えなきゃならない。


 兌換経済では赤字はなんとしても解消しなければならない。

 通貨の総量が決まってるんだから、赤字を解消しないと次のアクションが取れない。


 俺で言うと保有する株式が全部含み損出してるけど、原資総額決まってるから損切りしないと次の買い付け資金がない状況だな。


 信用経済では信用が崩壊しなきゃいいんだから、利子さえ払っておけばいい。


 俺で言うと次の給料からまたいくらか買い付け資金に回せるから、無理に損切りしなくていいか。持ってればそのうち上がるだろってな感じだ。


 

 日本の経済政策見てると兌換時代の感覚をひきずってるよな。


 海外マーケットが容認する限り円と国債は発行できるんだから、赤字なんか無視していい。


 赤字気にするのはFRBみたいにマーケットに投げ石して疑念が返ってきたときでいいのにな。


 それと官僚主導だからどうしようもないんだろうけど、財政は国内で完結する問題だと勘違いしてるよな。


 国内の数字はおっさんの高床式倉庫の在庫量と同じで海外の信用を得るためのものなのに、わかってないよな。


 それはどうでいいんだってとこをひたすらいじってる。


 日本人の悪いとこがとても悪いパターンで出てるなあ。



 

 こうゆう視点と理解を得られるから投資は面白いよな。


 本読んでただけはでは無理。


 感覚としてこうゆう理解を得るには円が下がったドル上がったナスダックが日経がーっとやってないと無理だった。


 やはり新しい理解と視点を得ることは面白い。


 みんなも投資しようぜ。


 絶対面白いから。


 増えるかどうかはしらんけど。



 





 

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] >おっさんが発行できる石ころ通貨の量は、村の皆からさすがにおっさんでも無理なんじゃね? と思われるまで とてもいい表現だと思います (*´▽`*) [一言] そうかなあと思っていても、私…
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