とんでもない大悪党
チャックは、とんでもない大悪党です。
他人の物を盗み、奪い、さらには傷つけ……悪の限りを尽くしていました。
しかし、神様は悪党を野放しにはしていません。ある日、チャックは泥棒をしているところを衛兵に捕まり、牢屋に入れられてしまいました。町の人はみな「よかった、よかった」と、たいそう喜んだそうです。
それから十年が経ち、チャックは牢屋から出されることになりました。看守は、牢屋を出ていくチャックに言いました。
「おいチャック、これからは真面目に生きるんだ。悪いことをしていたら、神様の罰が下るぞ」
看守の言葉に、チャックは神妙な顔つきで頭を下げました。
「分かりました。もう二度と、悪いことはしません。これからは、真っ当に生きます」
その言葉に、看守は満足そうに頷きました。
「お前も真っ当に生きれば、いつか生きがいを見つけることが出来る。もう二度と、悪いことはするなよ」
チャックは、やはり大悪党でした。看守の前では殊勝な態度でしたが、牢屋を出ると同時に、チャックは空き巣をしたのです。家主が留守の屋敷に忍びこみ、お金や宝石などを盗みました。
さらに、盗んだ宝石を商人に売ってお金に替えましたが、そこを衛兵に見つかりました。衛兵は、チャックに怒鳴りました。
「こら! お前、その金はどうしたんだ!」
怒鳴られたチャックは、慌てて逃げ出しました。チャックの逃げ足はとても速く、あっという間に町から消えてしまいました。
町から逃げ出したチャックは、森の中に入りました。ここには、チャックの隠れ家があります。ほとぼりが冷めるまで、しばらく隠れ家でおとなしくしていようか……と、チャックは考えました。
チャックは隠れ家に行き、手に入れたお金を隠しておきました。隠れ家の地下室には、あちこちから盗んできた宝物が、いっぱい隠してあるのです。
地下室にあるキラキラ輝く宝物を見つめながら、チャックはにんまり笑いました。真面目に働いている奴らには、こんな宝物は一生かかっても手に入れられないだろう……などと思いながら。
「看守の奴め、何が生きがいだ。世の中、金さえあれば何でも出来るんだよ、バーカ」
牢屋に十年も入っていたにもかかわらず、この男は何も変わっていません。チャックはやはり、とんでもない大悪党でした。
ある日、チャックは森の中を歩いていました。すると、人の声が聞こえてきました。幼い子供の泣き声です。
チャックは、思わず顔をしかめました。貧乏な家に生まれた子供は、口減らしのため森に捨てられることがあります。今聞こえているのも、きっと捨てられた子供でしょう。
言うまでもなく、チャックは大悪党です。捨てられた子供に憐れみを感じるような、そんな優しい気持ちは持っていません。泣き声を無視して、さっさと帰ろうとしました。
その時、彼の頭にひとつの考えが浮かびます。チャックは、そっと声の聞こえる方向を目指して近づいて行きました。
そこにいたのは、なんとエルフの少女でした。まだ幼く、人間の年齢でいうなら四歳から五歳くらいでしょうか、
チャックは首を捻りました。エルフは長い耳を持つ、それはそれは美しい姿をした種族です。人間を軽蔑しており、人間の住む場所には近づこうとはしないはずでした。
では、このエルフの少女は、何故ここにいるのでしょうか。
「おい、お前。どこから来た?」
チャックは尋ねました。ところが、少女は怯えた表情で首を振るばかりです。言葉が通じていないのか、あるいは喋ることが出来ないのか。彼は、もう一度首を捻りました。
いずれにしても、このまま放っておいては獣に食われてしまうでしょう。あるいは、飢えて死ぬか。
実は、チャックは目の前にいる少女を利用し、エルフの国に入り込もうと考えたのです。エルフの国に入れる人間は、エルフたちから信頼された特別な者だけです。チャックは迷子のエルフ少女を連れてエルフの国に入り、珍しい宝物を盗んで大儲けしてやろう……と企んでいました。やっぱり、とんでもない大悪党ですね。
しかし言葉が通じないのでは、文字通り話になりません。チャックは、どうしようか思案しました。その時、また別の考えが浮かび、チャックはにんまり笑いました。
「お前、言葉わからないのか?」
チャックがもう一度尋ねましたが、エルフの少女は怯えた様子で後ずさるばかりでした。近くで見れば、本当に綺麗な顔の少女です。
その可愛らしさに感動しつつ、チャックはポケットに入っていたパンとチーズを取りだし、エルフに見せました。
すると、エルフの表情が変わりました。先ほどまでの怯えた様子から、物欲しげな顔になります。
チャックは、パンを食べるジェスチャーをしました。さらに、パンをちぎって差し出します。
エルフは、恐る恐る手を伸ばしました。パンを受け取り、口に入れます。
次の瞬間、笑みを浮かべました。
チャックもニッコリと笑います。
チャックは、少女を隠れ家へと連れ帰りました。パンだけでなく、美味しいお菓子やミルクなども食べさせ、暗くなったらベッドに寝かせてあげました。
もちろん、それには理由があります。エルフの少女は、とても綺麗な顔をしていました。奴隷として商人に売れば、高値が付くことでしょう。
チャックは、牢屋の中で悪い奴隷商人と知り合いになっていました。奴隷商人は、三年後には牢屋から出てきます。その時、エルフを売れば大儲け出来ます。
それだけではありません。もし、この少女がこっちの言葉を覚えてくれたなら、エルフの国に入ることが出来るかもしれないのです。エルフの国から珍しい宝物を盗み出せれば、その時は小さな国が買えるくらいの富が手に入るかもしれません。
仮に、それが無理だったら奴隷商人に高く売り付ける……どっちに転んでも儲かります。やはり、チャックはとんでもない大悪党なのでした。
半年が経ちました。チャックは、エルフの少女をマーベルと呼び、とても可愛がりました。もっとも、怯えさせていては奴隷としての価値が下がると聞いていたからですが。優しく育った子供の方が顔も可愛く成長し、奴隷としての価値が上がるのです。そのため、チャックは悪党としての顔を隠し、いい人のふりをしてマーベルに接していました。
マーベルもまた、優しいふりをしているチャックに懐いていましたが、ひとつ問題がありました。彼女は、未だに言葉を覚えていないのです。そのため、二人の会話はジェスチャーが主でした。言葉を覚えないマーベルに、チャックは内心ではイライラしていましたが、それを表面には出しませんでした。そんなことで子供を叩くのは、バカの所業です。チャックは悪党ですが、バカではありませんから。
そんなある日のことです。
チャックは、町まで買い出しに行きました。パンやチーズやソーセージなどを買い込み、重たい荷物を背負った姿で隠れ家へと帰ろうと森の中を歩いていた時でした。
森の中に、子供がしゃがみ込んでいるのが見えます。チャックが通りかかっても、下を向いたまま反応しません。見た目からして、十歳前後でしょうか……マーベルよりは大きいです。おそらくは、口減らしのため捨てられたのでしょう。
チャックは、素知らぬ顔をして通りすぎようとしました。が、この男は知恵が回ります。あることを思いつきました。
「君、こんなところで何をしているんだ?」
出来る限りの優しい表情を作り、チャックは問いかけました。少年は、虚ろな表情で彼を見上げます。
「行くところがないなら、うちに来ないかい?」
そう言って、チャックはにっこり微笑みました。一見、親切なおじさんのようですが……実のところ、チャックは腹黒く計算していたのです。この捨てられた少年に、マーベルの世話をさせようと。子供同士なら、言葉が通じなくても仲良くなれます。うまくいけば、マーベルにも言葉を教えてくれるでしょう。言葉が通じるようになれば、エルフの国に入りこんで宝物を盗めるかもしれません。
仮に計算通りにいかなかったら、二人とも奴隷商人に叩き売ればいい……チャックはやはり、とんでもない大悪党でした。
少年は、ジョウという名前でした。ジョウは、マーベルとすぐに仲良くなり、彼女の兄のような存在となりました。
ジョウは働き者であり、少年のわりに力もあります。走るのも早く、手先も器用です。薪割りや水汲み、掃除や洗濯などをきちんとやっていました。
そんなジョウの姿を見ているうちに、チャックの心にも変化が訪れたのです。
ジョウの働く姿を見て、チャックは内心にんまりしていました。この少年は、なかなか大したものです。体力があり手先が器用で足も速い……この先、きっちり仕込めば腕のいい泥棒になるのは間違いありません。
「こいつを上手く手なずければ、凄腕の泥棒になれる。そうすれば、俺は大儲けできるぞ。いざという時には、全部ジョウに責任を押し付けて衛兵に引き渡せばいい。そうすれば、俺は牢屋に行かなくても済むはずだ」
ジョウやマーベルに優しい顔をしつつ、そんなことを企んでいたチャック。やはり、この男はとんでもない悪党でした。
一年が経ちました。ジョウはすくすくと育ち、チャックの教えたことをどんどん覚えていきます。すり、引ったくり、さらには錠前破りなどなど。ジョウは様々な技を身につけ、泥棒としても成長していました。
マーベルも成長しています。少しずつではありますが、人間の言葉を理解できるようになりました。片言ではありますが、話すことも出来ます。背も伸び、ますます可愛くなっていました。
そんな二人を見ながら、チャックは笑みを浮かべていました。もちろん、下品で下劣な笑いです。二人はチャックの描いた絵図通りの者になっており、いずれチャックに富をもたらしてくれる……そのことが、嬉しくてたまりません。
「バカなガキどもめ、せいぜい頑張ってくれ。俺さまを儲けさせてくれさえすれば、後は死のうが生きようが知ったことか」
ある日、チャックはマーベルを連れて森を歩いていました。野いちごを拾うためです。
もちろん、チャックはこんなことはしたくありません。しかし、あいにくジョウは町に買い出しに行っています。マーベルが「野いちご、野いちご」とせがむので、仕方なく一緒に来たのです。
野原に着くと、マーベルは楽しそうに野いちごを摘んでいます。その姿はとても可愛らしく、誰もが微笑んでしまうでしょう。
チャックもまた、にこにこ微笑んでいました。しかし、内心では凄くイラついています。出来ることなら、マーベルのケツを蹴飛ばしてさっさと帰りたい……そんなことを考えていました。
もっとも、チャックはそんなことはしません。何しろ彼は、今後の計算が出来て自制心もあるプロの泥棒ですから。感情に任せて子供に暴力を振るったり虐待したりするのは、バカのやることです。そんなバカは、悪党仲間からも軽蔑されます。
感情のままに子供を痛め付けては、いざという時に高く売れません。子供は、優しく育てた方が高く売れる……これは、チャックが奴隷商人から学んだ大事なセオリーです。
チャックはやっぱり、とんでもない大悪党でした。
その時、背後でガサリという音がしました。チャックが振り向くと、奇妙な生き物が姿を現したのです。顔は犬そのもので、体にも長い毛が大量に生えています。しかし、犬とは違い二本足で立って歩いています。また、手も人間と同じような形状でした。
チャックは知っています。これは、コボルトです。犬のような姿をしており、人間とは敵対している種族でした。しかし、目の前にいるコボルトはとても小さく、怯えたように震えています。きっと、親とはぐれてしまったのでしょう。
「何だ、コボルトかよ」
チャックは拳を振り上げ、追い払おうとしました。その時、マーベルが声を発しました。
「いぬさん、いぬさん」
嬉しそうに言いながら、マーベルはコボルトに近づいて行こうとします。チャックは慌てて止めようとしましたが、ある考えが浮かび、二人の様子を見てみました。
マーベルは、コボルトをじっと見ています。その顔には、優しい表情が浮かんでいました。
コボルトも、マーベルをじっと見ていました。どうやら、襲いかかるつもりはないようです。自分と同じくらいの大きさのマーベルに、親しみを感じているのでしょうか。
すると、マーベルは積んだばかりの野いちごを差し出しました。顔に、満面の笑みを浮かべながら……。
コボルトはおずおずとした態度で受け取り、くんくんと匂いを嗅ぎました。直後、ペろりと一口で食べます。
その時、チャックが手を伸ばしました。コボルトの頭を優しく撫でながら、マーベルに言います。
「マーベル、こいつが好きか?」
「好き、好き」
マーベルは、うんうんと頷きます。それを見たチャックは、にっこり微笑みました。
「では、俺の言うことは何でも聞くんだぞ。そうすれば、こいつを連れ帰ってやる。ただし、俺の言うことを聞かなければ、こいつは捨てるぞ。分かったな?」
「聞く、聞く」
チャックは、マーベルと一緒にコボルトも連れ帰りました。ところが、ジョウはコボルトを見たとたんに怒り出します。
「こいつは、人間を襲う怪物コボルトじゃないか! 俺は、こんな奴とは一緒に暮らせない!」
彼の言葉に、マーベルは悲しそうな表情で下を向きます。兄も同然であるジョウには、逆らうことなど出来ません。
その時、チャックの表情が険しくなりました。子供たちには滅多に見せない、厳しい顔つきです。
「ジョウ……なぜ、そんなことを言うのだ? こいつは人を襲う怪物だなどと、誰が決めた?」
「えっ? だって、村の人が言ってたから……」
「村の人が言うことは、全て正しいのか? お前は、こいつが人を襲うのを見たのか? 仮に、こいつと同じ種族の者が人を襲ったからと言って、こいつも襲うようになるとは限らないだろう」
チャックの言葉に、ジョウは何も言えず下を向きました。チャックは、優しい口調で語り続けます。
「姿形や、生まれ育ちが違うからといって、相手をこういう者だと決めつけてはいけない。それは差別といって、とても醜い行為だ。俺はお前に、差別するような人間になって欲しくない。だから、このコボルトとも仲良くしてやってくれ。頼む」
すると、ジョウは頷きました。
「うん、わかった」
チャックがジョウに言ったのは、全て偉い賢者の語る言葉の受け売りでした。他人を騙すためには、そういう言葉も使えなくてはならない……この男は泥棒であると同時に、詐欺師でもありました。
もちろん、チャックは心の中ではコボルトを差別しています。汚らしい愚かな連中であり、絶滅させても構わないとさえ思っていました。しかし、マーベルはこの小さなコボルトを気に入っています。
チャックの中では、マーベルの手綱を握り上手く操縦しエルフの国に入り込む……それこそが最優先で達成させたい目標です。そのためには、マーベルの機嫌を損ねるような事態は避けねばなりません。
かといって、露骨なえこひいきをしては、ジョウの反感を買う恐れがあります。ジョウもまた、チャックにとって大切な手駒です。二人の間を取り持つためには、正義や善意といったような聞こえのいい言葉を用いて子供たちを上手くまとめる必要がありました。
そのため、チャックは賢者の言葉を拝借したのです。彼自身は、差別と偏見と悪意と欲望のみで形作られたクズ人間なのに……やっぱりチャックは、とんでもない大悪党でした。
それから、一年が経ちました。バロンと名付けられたコボルトもまた、すくすくと育ちました。今では、マーベルのよき友となっています。ジョウとも、仲の良い友となっております。バロンは賢いコボルトで、こちらの言葉もかなり理解できるようになりました。性格も素直であり、チャックの言い付けにはきちんと従います。
そんなバロンを見ているうちに、チャックの心にまたしても変化が訪れました。
ジョウとバロン、この二人を組ませて技術を教え込めば、いい泥棒になるのは間違いありません。ジョウは、チャックの指導により様々な技を身に付けました。あとは実践あるのみです。さらに、バロンも泥棒として育てれば、ジョウに負けないくらいの腕前になるでしょう。ひとりよりは、二人で組ませた方が大きな仕事が出来ます。しかも、いざという時はコボルト族であるバロンに責任を押し付けて役人に引き渡せば問題ありません。何せコボルトは、人間から嫌われていますから。
今のチャックには、王様になるという新しい野望が出来たのです。
「あいつらを上手く使えば、巨万の富を得られる。そうすれば、泥棒による泥棒のための国が作れるだろう。そして、俺はその国の王となるのだ」
そんなことを思いつつ、チャックはにやにや笑います。やはり、この男はとんでもない大悪党でした。
もっとも、チャックは子供たちの前では優しい育ての親を演じています。その演技は完璧なものであり、彼ら四人は平和に生活していました。
しかし、そんな日々にも唐突に終わりが訪れます。
ある日、チャックはジョウとマーベルを連れ、森の中で木の実や薪となる木の枝を拾っていました。
すると、彼らの目の前に人相の悪い男たちが現れました。男たちはマーベルを見て、下卑た笑いを浮かべつつ、ひそひそと話をしています。どう見ても、いい人ではありません。恐らく、山に潜み旅人や行商人や近隣の村を襲う山賊たちでしょう。
「ジョウ、マーベルを連れてうちに帰れ」
チャックが囁くと、ジョウは小さく頷きました。マーベルの手を握り、後ずさっていきます。
それを見た山賊たちは、にやにや笑いながら近づいて来ました。
「エルフとは珍しいな。奴隷商人んところに連れて行ったら、高く売れそうだぜ」
ひとりの男が言うと、もうひとりが相槌を打ちます。
「そうだな。なあ、お嬢ちゃん。俺たちと一緒に、いいとこ行こうぜ」
言いながら、マーベルに近づいて行く山賊たち。しかし、チャックが彼らの前に立ちました。
「ジョウ、早くうちに帰って、扉の鍵を閉めるんだ」
ジョウに言った後、チャックは山賊たちを睨みつけました。
「お前ら、この子たちに手を出すんじゃねえ。ふざけた真似は、俺が許さねえぞ」
「はあ? おっさん、さっさと消えな。でないと、怪我じゃあ済まないぜ」
ひとりの男が言うと、皆げらげら笑いました。その時、チャックは叫びました。
「ジョウ、走れ!」
直後、チャックは山刀を振り回しました――
これまで、クールな悪党としての生き方を貫き通してきたチャック。しかし、ここにきて彼は幾つもの重大なミスを犯しました。
まず第一に、チャックは怒りに任せて行動していました。この怒りとは、決して善意や正義感から来るものではありません。チャックは今まで、マーベルたちをガチョウとして育てていました。
心を込め、時間をかけ丁寧に育ててきた、金の卵を産むガチョウ……そのガチョウを、どこの何者かも知らないような山賊に奪われるのは我慢なりません。その怒りに突き動かされ、我を忘れたチャックは山賊に襲いかかって行ったのです。
さらに、チャックは二つ目のミスを犯しました。チャックは、もう若くはありません。若い山賊たちと戦い、勝てるはずなどなかったのです。
チャックは、山賊たちに全身を切り刻まれて死にました。生きていれば、他に金を稼ぐ方法は幾らでもあったはずなのに、無謀な戦いを敢行して命を落とす……それこそが、彼の犯した最大のミスでした。実に、愚かな話です。
一方、マーベルを連れたジョウは、どうにか隠れ家まで逃げ延びました。チャックに言われた通り扉の鍵をかけ、息をひそめてじっとしていました。
幸いにも、山賊は隠れ家の方には来ませんでしたが、チャックも帰って来ませんでした。
やがて三人は、どうしようか考えました。隠れ家には食料は残っていますが、お金はありません。
ジョウは意を決して、地下室に行きました。宝物を隠してある部屋の前に立ち、扉に手をかけました。しかし鍵がかかっており、開けることが出来ません。
ジョウは、鍵開けの道具を取りだしました。鍵穴に細い器具を入れ、チャックに教わった通りの手順で鍵を開けようと試みます。
カチリ、という音が鳴り、扉が開きました。彼の目の前には、高価な宝石や金貨が、たくさん積まれていました。それらは、暗い部屋の中でも、まばゆく光り輝いています。ジョウは、あんぐりと口を開けて見ていました。
チャックがジョウに仕込んだ、鍵開けの技。それは皮肉にも、彼の宝物を隠してある地下室の扉を開けるために使われたのでした。
・・・
それから、二十年が経ちました。
ジョウとマーベルとバロンは今、村に住んでいます。彼ら三人が協力し合い、一から作り上げた村です。
チャックの遺してくれた宝物を使い、彼らは森を切り開き畑を耕し家畜を飼いました。さらに身寄りのない子供たちを引き取り、楽しく生活しています。三人とも、今ではたくましく成長し、強く立派な大人になっています。今度は、三人が子供たちを守る立場です。
この村には、様々な種族の子供がいます。人間はもちろんですが、エルフやドワーフのような仲の悪いはずの種族、さらにゴブリンやコボルトのような人間と敵対しているはずの種族まで仲良く暮らしているのです。
村長であるジョウは、あらゆる種族の者を平等に扱っていました。この村に来た以上、差別は許さない……それが、このチャック村の掟です。
村の中央広場には、銅像が立っていました。村の伝説の勇者である、チャックの姿を模したものです。実物よりも、ずっとイケメンに造られていました。
さらに銅像の台座には、このような言葉が彫られています。
「誰よりも強く、誰よりも優しい真の英雄・チャック。彼が我々に遺してくれた財宝……それは、金貨でも宝石でもない。彼がいなければ、我々三人は出会うことなど出来なかった。さらに、種族の違う我々がわかりあうことなど、永遠に出来なかっただろう。我々は、伝えていかねばならない……勇者チャックの成し遂げた偉業を。そして、学んでいかねばならない……勇者チャックの、海よりも深き愛を」
チャックはやはり、とんでもない大悪党でした。最後まで悪人の素顔を晒さず、自分の嘘を貫き通したのですから。
勇者チャックの名は、今や世界中に知られています。何の見返りもないのに貧困や種族間の差別と戦った、本物の英雄として後の時代にも語り継がれることでしょう。
本当は、欲望にまみれた泥棒なのに。最後の最後まで、彼ら三人にひとかけらの愛情も抱いていなかったのに。
そんなクズ人間であるにもかかわらず、チャックはこの先もずっと勇者として称えられ、大勢の人々を騙し続けていくのです………ここまでくると、世界一の大悪党ですね。