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後編。

「よし、読破です」

 満足げに頷いてそう言うと、アキは紅茶をまた一口飲んだ。それで紅茶を飲み干す。

 

「あれ、紅茶、殆どなかったんですね。いつのまにこんなに飲んでたんだろう?」

 気が付かなかったらしく、少し驚いた調子で軽く茶色の瞳を見開いた。

 

「わたしも、今飲み切ったわ」

「右に同じ」

「あ、あらら。計ったように飲み切っちゃいましたね」

 右手でメガネのフレームに触れたアキ、左に置いてあったバッグになりそうなほど大きなどんぐりに手を伸ばし、その左下のところからファスナーを開ける。本当にバッグだったようである。

 

「感慨とかないんだ、読み終わっても」

 どんぐり もといどんぐり型の肩掛けバッグに本をしまうのを見て、ナツが不思議そうな声色で尋ねる。

「いえ。ただ、今はしまうのが先かなー、って」

 言い終えると、アキはバッグのファスナーをしめた。

 

「そーゆーもんかー。優先順位とか、ナツにはよくわかんないや」

 アハハっとまるで気にしていないような、あっけらかんとした笑顔に、他三人がにこやかに笑う。

 

「それ着てて、外出ると暑くない?」

 紅色くれないいろのカーディガンを指差してフユが問いかける。

「今だとお店の中と外の温度差で、ちょうどいいかなーと思ってます」

「そう。無駄に汗かく必要ないから、暑いと思ったらすぐ脱いで」

 

「うん。ありがとう」

「これくらい、朝飯前」

 フユ、ちょっとおかしな返しで顔を真っ赤にする。照れている様子に、また少女たちが穏やかに笑った。

 

 

「さて。でよっか?」

 ナツが誰にでもなく言うと、それぞれに肯定する返事が紡がれた。

「よっし。じゃあ、明日からのアキちゃんのお仕事に備えて、秋雨さんを呼ぼう!」

「いやでも来ますって秋雨さん。呼ぶまでもないですよナツさん」

 

「それに、今秋雨さん呼んだら、ひょっとしたら台風連れて来るかもしれないしねぇ」

 ハルの発言に、他三人は一様に苦い顔になる。

「そうだね、うん。自然に来るの、待とう。ナツも台風は、好きじゃないし」

 意見がまとまったところで席を立って会計を済ませた少女四人は、カフェ“ゆきち”を後にした。

 

「わー! やっぱ外暑いってー!」

 店から外に出た第一声が、ナツのこれだ。

「暑いの得意じゃなかった?」

 誰からともなく歩き出してすぐ、ハルが柔らかに指摘する。

 

「暑いものは暑いの。いやなんだよぅ。平気なだけで好きなわけじゃないもん」

「ああ、そうなんだ、なるほどなるほど」

 ナツの答えをまるでメモでも取るように、ハルは一定のリズムで何度か首肯した。その様子を微笑で見守るアキとフユ。

 

「次にこうして集まるのは、九月末になりますね」

 アキの言葉を「そうねぇ」とハルが頷く。

「でも、毎週誰かしらとは会う。寂しくない」

 フユが言ったのを、「だーね」とニコリと答えるナツ。

 

「アキにはわたしがついてるし、毎日でも」

「ありがとうフユさん。でも、毎日は平気かな」

 遠慮がちに断ると、フユは「そう?」と寂しげに首をかしげた。

「そう言われたら、隔日ぐらいで会いに行きそうだよね、フユちゃん」

 茶化すような調子でナツが言うと、「充分ありえるわね」とにっこり言うハル。

 

「いいですよ、一日空くなら」

 あっさりとOKを出したアキに、「よかった」と喜びを顔いっぱいに表すフユ。それに和やかな表情になる他三人、フユの笑顔は夏の暑さも忘れるほどの微笑ましさのようである。

 

「秋の夜長は人恋し、ね」

 柔らかに言ったハルに、「なんか、意味深ですよハルさん」と困ったように返すアキ。

 

「っと、アキフユのラブラブっぷりも再確認したところで、そろそろ分かれ道。おかえりはこちらー、だよっ」

 こちらの「こ」と同時に、両腕をわーっとめいっぱい広げたナツ。

 

「ら、らぶらぶって……もう、からかわないでくださいナツさん」

 どんぐりバッグで顔を隠して抗議するアキに続くフユは、真っ赤になった顔を両手で覆う。

 

「あれ? もしかしてアキちゃん。ガチっぽい?」

 更につっつくと、「ち ちがいます。らぶらぶ、なんて言うからですっ」と少し強めに否定。

「あやしーなー」

「ナっちゃん、あんまりからかってばっかりいると、嫌われちゃうよ」

 ニコニコとハルがたしなめる。

 

「はぁい、わっかりましったー、きをつけまーす」

 そう答えてはいるが、反省したような様子はまったく見えないナツなのであった。

「しょうがない子ね」

 母親のような口調で、しかし笑みで言うハルは続けて言った。

 

 

「そろそろ解散しましょう。このままだと、ナっちゃんがアキちゃんをつっつき続けそうだし」

 仕切ったハルに、他の女子三人は「はーい」と元気よく答えた。

 

「それじゃね、みんな」

 そう言ってから会釈一つ、優雅に右に歩いて行くハルを、別れの挨拶で見送る三人。

「ナツもいくね。お互い体調には気を付けよう。特にアキちゃんは」

 

「わかってます」

「アキが体壊したら、わたしが看病する」

 フユの言葉に笑顔を返すと、「じゃーねー」っと真夏の暑さをもろともせず、ナツは元気いっぱいに三人の向いてる方向 南へ走って行った。

 

「いこう、アキ」

 ナツが見えなくなるまで手を振った二人。フユの言葉にはいと頷くアキは、

「途中までいっしょですからね」

 そう付け足す。

 二人は、揃って体の向きを180度反転させて、北に向かって歩き出した。

 

 

 めぐる季節はこうしてかわり、主役の季節はこうして始まる。

 主役の少女は東西南北、その中心で季節の息吹を世界に届ける。

 

 その広がりは優しく強く、世界の色を変えていく。

 誓いのように、祈りのように。

 

 

 

 

 

            Fin

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