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前編。

「さてさて、今年もバトンタッチの日ですよーアキちゃん」

 八月末日、お昼のカフェ“ゆきち”にて。ガヤガヤとにぎやかなお昼の店内。四人の少女が、四人席で向かい合っている。

 

 今声を出したのは、鮮やかな赤紫のポニーテールに青い瞳の、白地にひまわり柄のワンピースを着た、いかにも元気いっぱいと言う雰囲気の少女。

 食事処で席に付いているにもかかわらず麦わら帽子を取っていない。しかもどういうわけだか少し目深にかぶっている。

 

 麦わら帽子をかぶった状態で、ポニーテールを見せようとしているように見えるこのスタイルは、少女なりのこだわりに感じられた。

 

「そうですね、ようやくですよ」

 読んでいた本から目を上げて、対角線上の麦わら帽子の少女に答えたのは、赤い縁のメガネをかけた黄色い三つ編みの、いかにも大人しそうな雰囲気の少女だ。

 

 上下が黄色地に薄緑ラインの入ったジャージで、おしゃれについてはあまり頓着しないタイプのようである。紅の薄手カーディガンを羽織っているのは、店の中と外の温度差が理由だと推測できる。

 

「毎年この一箇月ぐらいは落ち着きませんよ。中旬ぐらいからコオロギさんが鳴き始めますから」

 そう続けてから、紅茶を一口飲む少女アキ。

 

「なんだよねー。ナツも五月の途中からハルちゃんにバトンタッチされる月末まではおちつかないよ。いつまで経っても慣れないよねぇ、このズレ」

 麦わら帽子の少女 ナツは、何度か首を縦に振ってアキに同意する。ストローでメロンソーダをコクコクと飲んだナツ、直後にビクっと一瞬体を震わせた。

 

 が、他三人は柔らかにクスリとするだけで特に他のリアクションはない。いつものことのようである。

「でもナっちゃんだって、今月の内は渡せないんじゃない?」

 ナツの左に座っている、モンシロチョウのブローチをつけた若葉色のシャツに若葉色のフレアスカートを履いた、桜色のセミロングヘアにタンポポの綿毛型の髪飾りをつけた緑の瞳の少女が、朗らかにのんびりと言う。

 唯一、一人だけ服を少し押し上げるほど、見事に実っている。

 

「うん。ナツはそうだよ、アキちゃんにこの暑さとか台風とかはきついと思うもん。でも、ハルちゃんはどうしてなの?」

 横にいる緑の瞳の桜色ヘアのハルに尋ねるナツ。

「カエルさんが合唱会しないから」

 ニッコリ笑ってそういうハルに、そうだったんだ、と目をパチクリして答えるナツ。またメロンソーダを少し飲む。

 

「んじゃ、バトンタッチといきましょう。ねっアキちゃん」

 左手を身を乗り出しながら突き出して来たナツに、

「あぶないですよナツさん、飲み物倒したらどうするんですか。本が読めなくなったらどうするんですか」

 アキはそうむっとした表情で、角度の関係で少しだけ斜め下から見上げて抗議する。

 

「大丈夫大丈夫ー」

「その軽さが不安なんですよ。ひっくり返したこと、何度かありますし」

 軽く溜息交じりに言いながら、アキは手元の本の読んでいたページ数を見て確認して閉じると、自分と横の少女の間に置いた。

 

「えーそうだっけー?」

「なんで楽しそうな顔ですっとぼけるんですか。まったく」

 ふぅと呆れた息を吐くのと同時に、左手でメガネのフレームに触れる。そうしてから、軽く腰を浮かせた。

 

「いきますよ、バトンタッチ」

 右手を伸ばしたアキに「おう!」と元気よく頷いたナツ。ポニーテールがふわっと上下に揺れて、麦わら帽子が少し前にズレた。気付いたナツは慌てて被り直す。

 

「せーのっ」

 一呼吸おいて気を取り直して、そう勢いつけたナツ。

 

「ほい」

 と言うのと同時にアキの右手にハイタッチ。それに答えるように、「はい」と今度はアキがナツの左手に右手でハイタッチを返す。

 

「ふいっ!」

 更に右手にハイタッチを返すナツ。すると、ナツの手が淡くオレンジ色に輝き始めた。

 決して勢いよく叩いて赤く腫れたわけではない。

 

 

「渡すよ、ナツの季節ぱわー」

 言うと今度はゆっくりとアキに手を伸ばした。

「はい」

 一つ頷いて手を握るアキ。続けて左手も重ねて、ナツの左手を包み込む。

 

「どうぞ。しっかり紅、届けてねアキちゃん」

 そう言うとナツの手にあった輝きが、スーッとアキの両手へと移った。

「わかってます」

 頷いて答えたアキのその頷きは、しっかりと力強かった。

 

「よっし! 季節の受け渡し完了~。明日っからよろしくね」

「了解です」

 笑顔のナツにそう頷いて答えると、アキは座り直してまた紅茶を一口飲んだ。

「冷めちゃいましたね」

 しかしその表情はにこやかだ。

 

「アキ。夜長、わたしがそばにいるから寒くない」

 唐突にそう言って、アキの右手を左手でキュっと握ったのは、アキの右に座っている少女。

 

 赤い半袖シャツに雪だるまのブローチ 赤いミニスカート、そして背中半分まで伸びた雪のように美しく長い白髪はくはつの儚げな、しかし柔らかく優しい雰囲気の黒い瞳をした少女だ。

 この少女もハルほどではないが、見てわかる程度には実っている。

 

「あ、ありがとうフユさん。いつも、寝る時ちょっと暑苦しいんですけど寂しくないから、ありがとう」

 明らかに引いているが、その言葉でフユと呼ばれた儚げなその少女は、ふんわりと微笑んでアキから手を離した。

 

「仲良しよねぇ、アキちゃんとフユちゃん」

 ニコニコと二人を見て言うハルは、言葉の直後に緑茶を一口。「ほんとだよねー」とナツも同意する。

「さて、続きを」

 言って自分とフユの間の本をテーブルに置き直したアキは、読みかけのページまでパラパラと本をめくる。

 

「つまんないなぁ。みんなで集まるの一箇月に一回なんだから、もうちょっとお喋りしようよー」

「続きが気になってたんですよ。しょうがないじゃないですか」

 にべもなく答えるアキに、「むぅ」っとほっぺた膨らませて不満アピールのナツ。

「読書のアキだから、しょうがない」

 コクコクと何度も頷きながら、フユはそうアキの行動を肯定。

 

「ナツだって読書のナツだもん」

「読むのは同人誌だけどねぇ」

 フフフと楽しげなハルに、「いいんだもん。どんな物だって読書なんだから」とほっぺた膨らませて腰に手をやって不服ですと体全体で示すナツである。

 

 

「わたしもナツに同意」

 フユが甘酒を一口飲んでから頷くと、

「流石はナっちゃんとフユちゃん。そこについては気が合うわねぇ」

 とやはり朗らかに楽しそうにハルが微笑する。

 

「あんまりのんびりしてると、本 読み終えちゃいますよ。飲み物終わり待ちも兼ねてるんですから、あんまりのびのびしてたら二冊目に入っちゃって、め時がわかんなくなっちゃいます」

 アキは少し困ったように、メガネの今度は右フレームを右手で振れた。

「だいじょぶだいじょぶ、もうちょっとしか残ってないから」

 そう言ってナツは、メロンソーダを一吸い。すると間もなく、ゴゴゴ ズゴゴゴと空気をいっしょに吸い込んだ音が鳴った。

 

「ほらね」

 にっこりと満面の笑み。そうですね、とアキは苦笑な微笑で答えた。

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