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照りつける夏の日差しが、アスファルトをジリジリと焼くお昼少し前。
セーラー服を着てカバンを肩にかけた一人の少女、沙紀が、この暑さのなかを走っていた。
汗をだらだらと流しながら焦る沙紀は、目的の人を見付けて手を振る。
「ごめん! 悠ちゃんお待たせ〜!」
沙紀の視線の先には、駄菓子屋の軒先でベンチに座っている男の子がいた。
男の子は黒の帽子をかぶり、少女と違い半袖長ズボンの私服だった。
男の子の隣には、黒色のランドセルが置いてある。
沙紀の声で、暑さに負けたかのように首を前に垂れていた男の子、悠太は、サッと顔を上げ、沙紀の方を見た。
悠太と目が合った沙紀は、ことさら強く手を振る。
「待ったよね。ごめん。ホームルームが長引いちゃって」
悠太の元にたどり着いた沙紀は、悠太の前に立ち、ポケットから出したハンカチで汗を拭く。
「暑いのにごめんね」
ベンチは駄菓子屋の屋根で日陰になっているとはいえ、朝から太陽によって熱された空気は暑く、吹き抜ける風さえも生ぬるい。
こんなところで待ち続けることになった悠太は、とても辛かったであろうが、悠太は首を横に振って「これぐらいの暑さなんて、なんでもない」と答えた。
「いやいや、そんなことないでしょ。無理してると熱中症になっちゃうよ。駄菓子屋に入って待ってても良かったんだよ。……ってこんなこと話してる暇があるなら、さっさと中に入ろう」
沙紀は悠太の手を引きながら歩き、駄菓子屋の扉を開ける。
すると、沙紀の肌を撫でていくように、冷たい空気が身体をすり抜けて行った。
「涼しい〜」
店の中の冷たさに誘われるように、沙紀は恍惚の表情で入っていく。
「今日は何買う〜?」
店の中程にまで入って、沙紀は悠太を振り返る。
すると、悠太は顔を真っ赤にして、固まっていた。
「え? 悠ちゃん大丈夫? 顔真っ赤だよ! まさか熱中症? 家に帰ろうか? オバチャン帰ってくるまで、私がいるからさ」
沙紀と悠太は家が隣同士で、赤ちゃんの頃から家族ぐるみ付き合いがある。
今日は悠太の母親の帰りが少し遅くて家に誰もおらず、それならと二人で寄り道して帰ることになっていた。
「悠ちゃん? 大丈夫?」
呼んでも少し下を見て反応しない悠太に、沙紀は顔を近付けて、無理やり悠太の視界に入る。
「うわっ!」
ようやく沙紀の顔を見た悠太は、驚きの声を上げて沙紀から離れた。
繋いでいた手も外れてしまう。
「うわって何よ。うわって」
口を尖らして、沙紀は大げさに不満顔をする。
「ご、ごめん」
すぐに謝った悠太に、沙紀は不満顔をやめて、悠太の顔色を確認する。
悠太の顔はまだ赤い。
それどころか、沙紀には悠太の顔がさらに赤くなったように見えた。
「具合悪くない? 熱中症なら家に帰ろう」
「大丈夫だから。原因は熱中症じゃないし。えーと、ちょっと暑かっただけで、具合は全然悪くない」
「本当に?」
まだ赤い顔の悠太を、沙紀はいぶかしむ。
「大丈夫だから! ほら、早く何を買うか選ぼう!」
そう言って、悠太は沙紀の横を通って、店の奥に入っていった。
「まあ、元気はあるようだし、大丈夫かな……?」
沙紀も悠太を追って、店の中を歩く。
悠太はレジの横にあるアイスケースの前に立っていた。
アイスを買うことは、ここに来る前から決まっていた。
アイスケースを覗く悠太の隣に、沙紀と同じセーラー服の少女と学ランを着た少年がいる。
「あれ? 美和ちゃん?」
沙紀が名前を呼ぶと、少女が振り返った。
「あ、沙紀ちゃん。偶然〜!」
美和が沙紀に手を振り、沙紀も手を振り返す。
「沙紀ちゃんもアイスを買いに来たの?」
「そうそう。もう外めっちゃ暑いよね〜」
「ホントにねぇ」
「で、美和ちゃんはもしかして?」
沙紀は美和の隣に立つ少年を、チラリと見る。
「エヘヘ。デート中です」
美和が頬を赤らめながらはにかむ。
「美和。これでいい?」
アイスケースからアイスを取り出した少年が、それを美和に見せる。
それは、半分に割って二人で食べるタイプのアイスだった。
「うん。いいよ」
美和は財布を出して、少年にお金を渡す。
「じゃあ、買ってくる」
少年も財布を出して、レジに向かった。
「ラブラブだねぇ〜」
沙紀はニヤニヤしながら美和を見る。
「もう。からかわないでよ〜」
困った顔をしつつも、美和はまんざらでもない顔をしていた。
しばらく二人で笑いながら会話をしていると、そこへ少年が帰ってきた。
アイスの袋はすでに開けられ、二つに割られたアイスが美和に渡される。
「じゃあ、また明日」
「うん。また学校でね〜」
沙紀は手を振って美和と別れた。
そのまま悠太の隣に行って、アイスケースの中を見る。
「はぁ〜。羨ましいなぁ〜」
「……何が?」