都市侵入
世界には必ず犠牲がある。この世界には必ず差別がある。俺達ヒモトの民は迫害されている。
俺たちが一体何をしたんだろうか。
身に覚えのない罪という濡れ衣を着せられ、差別、殺戮、虐殺とヒモトの民は国を失い、住むための土地を失い、多くの幼い子供や身籠った女性などの命をも失い、多国の侵略によって一掃されこの世界から排除されつつある。
しかし、だからと言ってこのまま蹂躙され続けられるつもりなど毛頭ない、俺達はこの世界で何時か必ず、ヒモトの民の居場所をつかみ取って見せてやる。この憎しみを、悲しみを、苦しみを、決して忘れたりなんかしない。
この想いは必ず後世まで引き継がせて成し遂げて見せる。
世界からヒモトの歴史、文化を刻み続ける一族。
ヒモトの民は九割蹂躙され、彼らが過ごしてきた痕跡は跡形もなく消えていった。
残されたヒモトの人々は各地に散らばり獲物を狩る獣のように息を潜めて生活を送るようになっていた。
それから二百年という歳月が経ち、身を隠しているヒモトの民は命を狙われ世界中の国々は戦力集結させてヒモトの民を殲滅させるための軍隊を作り上げ、各地で生活しているヒモトの民は年々数を減らしていた。
ヒモトの民が蹂躙され始めて二百年、未だにヒモトの民は殺害されし続けられる理由はわかっていない。
時代は変わり始めているのに、ヒモトの出生は非難され続けている。
それは各国が特異な文化を持ち、独自の進化を遂げていくヒモトの民が住まう国を危険だと認識し、殲滅するために結成した二つの組織の存在があるからだった。
各国を脅威となる集団、組織から守るための盾を担う存在『防壁省』。
各国に牙をむくものに対し、迅速な処置を行い粛清する矛を担う存在『神魔教団』。
この二つの組織の存在が、ヒモトの民がどれ程脆弱な小国であろうとも簡単に入国できない抑止力となっていた。
そして、それは世界の生命線と言われる情報保管管理都市クラリフォールでも同様であり、世界の動向、国家の機密情報などすべてを取り扱う最重要都市、故に検問が厳しく入るのが難しいことは明らかであった。
それでも危険を顧みずに入国し、より多くの情報を手にしなければならない。
それが各国の状況を把握する伝手がなく情報を入手できない、ヒモトの民が生き残る為に取る手段の一つなのだ。
そして、俺達二人もまた生きるために、またある人物を捜索するためにクラリフォールへと進んでいた。
「もう少しで辿り着く。情報保管管理都市クラリフォール。MIRACLEの捜索に当たって、ようやく手に入れた手掛かりだ。絶対に追いついてみせる」
「ハナ、起きてるか。もうそろそろ出発するぞ」
「わかってるよ。もうすぐだねMIRACLEの居場所まで」
「ああ、もしかしたらヒモトの情報が入るかもしれないしな」
野営地の痕跡を残さないように消し、荷物をまとめてクラリフォールに向かって出発した。
◆◆◆
クラリフォール西門の石橋
クラリフォールは陸地にあり街を守る防護壁の周りは陥没していて断崖絶壁となっている。そのため南、西、北西の三ヶ所にある石橋が唯一の侵入経路になるのだ。
だがやはり厳重な警備が厄介となる、街を守る防護壁の関所が俺達…ヒモトの民の侵入を防ぐ役割を担っている為正面から入るのは危険が伴う。
「ねぇクモ、ここの崖微妙に足場があるよ、下り坂になってるみたい」
西門の石橋手前で関所の状況を見ていた時に、崖に沿って点在している岩の裏に石橋の上からではわかりにくい位置に下り坂を見つけた。
「行くだけ行ってみるか」
崖に接した謎の坂道を下っていくと、やがてせせらぎが聞こえてきた川が近い証なのかもしれない。しかし、日の光が崖の陰でどんどん遮られていき、気づけば周囲1メートルが肉眼で見える程まで暗くなっていた。
その分、川のせせらぎはどんどん大きなものへと変わり、ハナも俺もお互いのことがギリギリ視認できるのがやっとだった。
(この坂道一体どこまで続いてるんだ。)
下れば下るほどに足場に余裕ができるものの、辺りは暗く意識せずとも慎重にならざる負えなくなる。
十数分後、坂をようやく下り終えることができたのだが、そこまでは良かったものの、川が流れる音と周囲を暗闇が覆っていることに変わりはない、漸く暗闇に目が馴染み始めて、足場の土砂が見えるようにはなったものの探索しにくいことには変わりはなく、大きな町の近郊だからといって魔物が出ないとは言い切れない。
「ハナお前まだ目が馴染んでないだろう。しばらくここで馴染むの待ってろ」
「わかった」
ハナを降りてきた坂の前で待機させて、崖に沿って進むことにしたこの道がどこまで続いてるのか、もしかしたら町の中繋がってるかもしれないという可能性を少しでも確かめるべく探ることにした。
しかし、崖に沿って歩いても岩や壁ですぐに行き止まりがあり、登れそうな場所もみつからなかったので、ハナの居る場所まで取り敢えず戻ることにした。
「よう、少しは見えるようになったか」
「お帰り、お陰様で大分ましになったよ」
「それならよかった。こっちに道はなかった行き止まりだ」
「あのさクモ、あれってもしかして橋じゃないかな」
ハナが指を指した方を見てみると、石橋のような造りの階段があり、川の流れる音もその方向から聞こえたのでおそらく橋であることに違いないだろう。
ていうか良く気付いたな、全然気づかなかったぞ俺より見えてるんじゃねぇか。
どのみち未だ行き止まりと決まったわけではないので確認しておいて損はないなもしかしたら逃走用に使えるかもしれいしな。
橋を渡り奥に進んで行くにつれて、橋は川を通り過ぎると向こう岸に繋がっていたようで橋はいつの間にかただの通路になっており、その先はクラリフォールの街が広がった崖の中にできた洞窟とつながっていた。
しかし、こうも有効活用できそうなものがあると、誰かが使用している可能性があってもおかしくないな。
かなり目が馴染んだのか周囲が良く見えるようになっていた。
念のために気を引き締めて周囲を注意しておかないとな、クラリフォールの侵入がバレてしまうことは避けて通りたい。
洞窟の中に入り手当たり次第に中を探索していくが、そこまで入り組んだ構造ではなかったため、案外すんなり外へ出ることができた。
洞窟を出るとそこは下町と思われる場所の一軒の建物の壁に繋がっていてらしく、路地裏に繋がっていたからか防壁省の人間に見つかることなく内部に入ることができた。
「しかし、本当に街に通じてるとはなぁ」
「意外とMIRACLEがこの街にいるって情報は本当かもね」
この街にMIRACLEがいるかもしれないという半信半疑だった情報、この侵入経路《道》が情報が本当である可能性を引き上げた。
どれ程探しても見つけることができなかったあの男を見つけられるかもしれない。
それがどれ程の意味を俺たちに齎すのか、それはヒモトの存続に関わるのだから。
それ程までにMIRACLEの持つ情報はヒモトの民にとって多大であり、とても一夜で手に入れられる様なものではなく、多国間の情報の殆どを知り尽くしているのだ。
まるで自分がその国で生活していたかように国の内情にも、歴史にも、景気にもヒモトの人間でありながら、ヒモトの誰一人MIRACLEの本当の名前も出自も知らない秘密の多い人間であり、追跡や捜索が難航するほど姿を眩ますことに異常なほど長けている。
「居てくれるといいんだが」
そっと俺は自分の希望を呟いた。
俺たちはクラリフォールでのMIRACLEの捜索を開始した。