刃の覚悟
御愛読ありがとうございます。
雲VSブレッグリアの話になります。
「覚悟がないのか...ねぇ」
少しの間、二人の間に沈黙が流れた。ブレッグリアの問に対する答えを、雲は考えることすらしなかった。その理由は、考える必要がないからであり、自分が常に証明しているからだった。
「覚悟なんてもんは持ち合わせちゃいねぇよ。俺は只、ヒモトの人間を殺した経験を持つ奴相手には殺す事が解決の方法だと思ってる。現にそこにいる兵士には眠ってもらっただけだよ」
雲が倒した兵士達は、雲が眠りに誘い傷を持たずに熟睡しているだけだった。
「死を与えた者には死を与える、それが解決に繋がるとは限りませんよ。死を与えるならば死を受け入れなければなりません、それは貴方が言うとおり事実です。しかし、殺しては殺されることを繰り返していては何の解決にもならない。負の連鎖が生まれるです」
「だからってあんたは、仲間の死を受け入れて、罪を犯さずに生活してた人達を一方的に蹂躙されて、全滅するまで死を受け入れろっていうのかよ」
雲の声は低かった。それは雲の言葉にヒモトの人達が殺された真実の重みが含んでいたからだった。
「死んでいったヒモトの民は死に対する恐怖を持ってはいなかった。死に対する恐怖を待たないという事は弱さでしかない」
「弱いからなんだ」
「死ぬ事に対する恐怖を持たない者は、弱さを知らないという事だ。弱さを知らないということは己の強さがどの程度なのか、自分の実力を図ることができないのに等しい。だから死んでいったのだ」
「でも死ぬのが嫌だからって理由で自身の力を鍛えることを諦めて、弱さを理解した上で悪魔の力を受け入れたって言うのかよ」
ブレッグリアは、雲の言葉に驚いてから微かに笑った。自分が弱いことをブレッグリアは認めていた。実力ではガンリューに並ぶと言われていても、実際は自分が弱い事実を隠したいという想いが彼自信に限界を与えてしまっていた。
「よく判ったな。刃を交えた多くの猛者たちですら、この気配の存在には気が付かなかった。だが、黒剣士殿。貴方も違う何かをその身に宿しているでしょう。その影響で自身の命を懸けて削っているのではないですか」
「俺の場合は仕方なくさ。他の奴じゃ、この重荷は背負えない」
「自分の為にではなく、皆のためにという事ですか。自己犠牲で救えるものなど限られていると思いますよ」
「皆のためにだけじゃない。誰かの為に自分にしかできないことをしただけだ。民を護るための兵、命を繋ぐための医者、国を代表するための王、そして人として生きるために支えとなる友。誰でもできる事ではなく、その上で自分しかできないことだった。友が貴方にとってはガンリューだったんじゃねぇのか」
「私は確かに道を間違えたのかもしれないな。黒剣士殿、貴方に会って自分のしたことをよく知ることができた。貴方を相手に私はまだ何処かでガンリューの背中を追っていたようです。最後にしましょう。もはや私は引き返せないところまで来てしまった」
ブレッグリアの眼の瞳には覚悟が見えた。少なくとも雲にはそう見えた。今までの彼は、瞳の中に宿した狼の眼に微かな劣等感も羞恥心が見え隠れしていた。しかし、今の瞳には覚悟しか見受けられなかった。
「最後にガンリューと同じものを見えてやるよ。暁を仰ぎ、光を包み、全てを奪う」
月明かりだけが照らす暗闇の中、雲の足場からは溢れるように黒い靄が表れ、雲の体を包み込むように黒い靄を体に纏った。
「ガンリューが敵わなかった黒い靄、悪魔を宿し『剣狼』の名を手に入れたこの私の力がどこまで通用するか楽しみですよ」
「黒靄・潜千武刃」
雲が纏った靄は複数の棘のように先端を鋭くし何本かの刃となった。その靄がブレッグリアに襲い掛かる。
「魔技・双刃」
ブレッグリアも背後に黒いオーラを放ち二本の剣がそれを纏う。
ブレッグリアは襲い来る靄を避けて、雲へと向かって走り出した。途中途中ブレッグリアを狙って伸びてくる靄を剣で斬りつけ、距離を詰める。
どんどんと接近するブレッグリアは、雲を自分の間合いに入れ剣を振る。しかし、確実に頭を斬るつもりで入れた一太刀が黒い靄によって防がれていた。
「硬度を変えることも可能なのですか」
「あぁ」
「私の一太刀が防がれるとは思いませんでした」
ブレッグリアは雲と距離を取り、靄の刃の動きを眼で追った。
「お前まだ全力じゃねぇだろう」
ブレッグリアの眼が点になった。自分の剣を防いだ雲に全力を出していないと指摘されたからなのか、ふと自分が剣狼と呼ばれていた所以を忘れていた事に思い出した。
「いいでしょう。狼の全力をとくとご覧下さい」
ブレッグリアは右の剣を上に構えて、左の剣を下に構えた。暫く微動だにしていなかったが雲が瞬きをして眼を開いた時に視界にブレッグリアの姿はなかった。
刹那、背後からの気配と殺気を感じ取り咄嗟に今まで抜いてこなかった剣で攻撃を受けた。
威力も速度も先程より上がっている為、防ぎきれずに後ろへと押し飛ばされ直ぐに体勢を立て直した。
「あんたもう剣狼じゃねぇよ。魔剣狼だよ」
「貴方も漸く剣を抜いてくれましたね」
「いや、抜かないと死んでたし」
ブレッグリアは再び瞬時に姿を眩ました。物音はせず風が吹いているわけでもない、とても静かで戦場とは思えないほど澄んでいた。しかし、気を抜けば即刻あの世行きの様な現状だった。
「黒靄・漆鋼剣」
雲を纏っていた靄が急速に剣を包み込んだ。徐々に靄は消え剣は刃を光沢のある黒へと変色した。
靄が消えて直ぐに眼の前にブレッグリアが出現した。彼の二本の剣が雲を狙って交互に刃が襲い掛かる。雲は剣で受け流しながらも一歩一歩後ろへ下がっていく。
「おや、今回は押し飛ばされませんでしたね。ですがまだまだです」
「なっ!!」
そして再びブレッグリアが姿を眩ましたが直ぐに背後へと現れた。雲も反応して振り向き様に剣を構えるが間に合うわけもなく、ブレッグリアの剣が左上から右下へと振り下ろされた。
斬られた先から血が飛び雲はその場に倒れ伏せた。
「どうやら私の勝ちのようですね」
ブレッグリアは雲に向けて「残念です」と告げてその場を退こうとした。
ガッチャン…ガッチャン…
ガッチャン…ガッチャン…
「!?」
「どうした?」
突如、背後から金属が地面に落ちる音が聞こえブレッグリアは振り返った。そこには鎖が取れた手錠のような物が地面に4つ落ちていてその近くに倒れ伏せた筈の雲が胡座座っていた。
「何故起きている。生きていたとしても動くと出欠が悪化するぞ」
傷を負いながらも平然と動いている雲にブレッグリアは驚いていたが。あまりにも自分の容態を気にしていない様子に呆れる様子だった。
「ん?あぁこれか?」
雲は自分の斬られたパーカーの中をブレッグリアに見せた。しかし、驚いた事にそこには斬られた傷が一切見当たらなかった。血は確かに流れた筈、なのにパーカーの中に着ていた服が斬られているだけで血は出ていなかった。
すると、パーカーの内側を雲は見せてきた。そこには赤い液体の入った小袋が切り裂かれて液体を漏らしていた。
「血糊だよ。俺は無傷」
「では、その手錠は?」
「持ってみろ」
雲から差し出された手錠を受け取ったブレッグリアは反射的に手錠を落とした。
「まさかとは思うが、それを着けて戦っていたのか」
「十年近くな」
「なぁ!?…一体…何キロあるんだ?」
「十キロ」
ブレッグリアは雲が十年前から着けていた手錠の重さを知り驚いた。手足に大岩を括り付けた様な状態で自分の剣に反応していた為、それがなくなった今どれ程速いのか考えることすらできなかった。
「お陰様で腕が無いみたいに軽いよ」
「もう一度殺り合おう」
ブレッグリアは先程失望した相手の全力を知ることができる好奇心からもう一度剣を構えた。
雲もそれに同意して立ち上がってから剣を構えた。
直ぐにブレッグリアが姿を消して頭上からの奇襲を試みた。しかし、それを見抜いていたかのように雲が姿を眩ました。
「!?」
ブレッグリアは姿を眩ました雲が何処にいるのか直ぐに理解できた。自分の速さに反応するにはそれなりの反射速度が求められる。しかし、それだけでは攻撃を防ぐのに間に合わない為、あることに気付いた。
(彼は、私を肉眼で追えるのか!!)
ブレッグリアは空中で自分の背後を振り返ると、そこには剣を構えた雲がいた。
「見事!!」
雲は剣でブレッグリアの背中を叩き斬る。
地面に落下したブレッグリアは仰向けになり、雲は着地してブレッグリアに近づいた。
「私の負けですね。一ついいですか?。貴方達の敵は何ですか」
「突然だな。何でだ」
「貴方達の敵が私達全員ならば、兵士を殺したはずです。だが、貴方達は誰一人として兵士を殺しはしなかった。殺されたのは私とガンリューの二人だけ、気になりまして」
雲が兵士達を眠らせた理由は何か意図ガッチヤンあると考えたブレッグリアは訊ねた。
「言った筈だ。ヒモトの人間を殺した経験を持つ奴相手には殺す事が解決の方法だと」
「私はヒモトの人間を殺したことはなかった。本当ですよ」
「あぁ、わかってる。俺は他人の嘘を見抜く事が得意だからな」
「では何故」
雲が自分を殺す気で戦った理由がヒモトの人間を殺した事では、辻褄が合わない事に疑問を抱き雲に問う。
雲は「あまり言いたくはないが...」と言いつつ口を開いた?
「神魔教団の人間の中に俺達とは相対する存在を持つ奴等がいる。あんたはその一人だっただけだ。その出血量はそれが原因だよ」
「なるほど…では忠告しておきます。神魔教団にはまだ....」
ブレッグリアの忠告を聞き雲はその内容に驚かされた。
「そうか。安らかに眠れ御友人もあちらに居るでしょう」
雲はその一言を残して立ち上がりその場を後にした。
「ガンリュー、わた…し…も…負けて…しまいました…」
ブレッグリアはゆっくりと瞳を閉じて笑いながらその場から一ミリも動くことはなかった。
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次回、照弥の容態はいかに… 的な内容です。