第八話 紅魔の血塗れ子猫 ★
グラたん「第八話です!」
※パルのイラストを追加しました!
一般的に知られている紅魔館で人物と言えばまず四人が挙げられる。高貴な吸血鬼と清楚なメイド、大図書館の魔法使いに屈強な門番。それに加えて使い魔が幾ばか挙げられる程度だ。しかし、紅魔館の地下深くには一部の者しかしらない化け物が潜んでいる。名をフランドール・スカーレット。レミリアの実の妹であり、ありとあらゆる物を破壊する程度の能力を持つ、幻想郷でも最上位に位置する危険生物だ。その住処に入って生きて出られるのは紅魔館に住む四人のみ。それ以外は――。
少し駆け足で戻って来たパルは鉄格子の外からフランを呼んでいた。
「フラン様、フラン様」
その喜々とした声につられ、部屋の扉が少し開けられた。
誰かな、とフランが扉を開けるとそこには微笑んだパルがいた。
「あれ、さっきのお姉さん?」
「咲夜さんに許可貰ったから今日は遊んであげられるよ」
その言葉にフランは眠たそうな目を一気に開けた。
「ほんと!? やったー! 入って入って!」
フランがこの鉄格子を開けて良い時は決まっている。
一つ、レミリア、咲夜、パチュリー、美鈴の内の誰かが来た場合。
二つ、自分の力を制御出来るようになった場合のみ。
三つ、それら以外の誰かが来て、遊んでくれる時。
そして三つ目の場合のみフランが好きにしてよい条件だ。これらは全てレミリアが決め、フランはそれを498年間ずっと守り続けて来た。
――普通に子供だよね? なんでこんな場所に閉じ込めて置くのかな?
パルはまだ知らない。フランが何故ここに閉じ込められているのか。
フランの部屋は広く、少女が遊ぶそうな物ばかりが置いてある。
「さて、何して遊ぼうか?」
「えっとねー、おままごと!」
――やっぱりそういう年齢だよね、フラン様って。そうパルは思うが実際はとんでもない程の高齢者だ。しかしこの部屋でずっと同じ日々を繰り返していたため、そして幻想郷で肉体の成長が止まった性もあってフランの精神はずっと幼少のままだ。
「うん、良いよー」
「それでね、パルはお姉さん役だから死んで!」
フランがおままごとの包丁を手に持ってパルに投げ飛ばした。それは油断していたパルの頬を浅く斬り、壁に突き刺さった。
「うわっ! な、何するの!」
「あはは! 死んでお人形さんになってよ!」
ふと、パルはフランを見るとその眼はもうパルの知っているフランで無いことに気付いた。フランの手には不相応な大きい包丁が握られていて、その表情は純粋に死んでほしいという笑顔だった。
「最初は右足からね」
「い、いやっ!」
パルは必死に逃げた。掴まればきっと四肢を切断され、弄ばれて殺されると幻視したからだ。その背後をゆっくりとフランが追いかけてきていた。
「逃げちゃ駄目~!」
――やだ……嫌だ嫌だ嫌だ! 本当に死んじゃう!
パルの心は恐怖で押しつぶされそうになっていた。とにかく外に逃げそう、咲夜に、パチュリーに、美鈴に、レミリアに助けて欲しいと扉に駆け寄って手をかけた。
ガチャガチャ、と音がするだけで扉は空く気配がない。
「あ、開かない!?」
今度は殴り、蹴り、扉自体を破砕しようと試みて、それでも開く気配はなかった。
「逃がさないよ。ちゃんとフランと遊んでよ!」
その背後にはもうフランが迫っていて、フランは包丁を高く掲げて振り下ろした。
「うっ!」
パルは間一髪避け、扉から離れる。包丁は扉に突き刺さり、フランは包丁から手を離してその両手をパルに向けた。
その手や空間から発射されたのは色とりどりの弾丸だ。躱せないスピードでは無いが、何せ数が多い。徐々に徐々にパルの逃げ場は無くなって行った。
「あははは! もっと踊って踊って!」
それでも隙を見つけては逃げ、躱していく。
「――っ!」
「ほらほらほら!」
一方的な攻撃を避けること数分。パルは逃げ続けたが、やがて壁際に追い詰められ、完全に逃げ場を失っていた。
「っ! 逃げ場が!」
「あはは!」
フランはそれを見て一気に弾幕を押し広げた。
「嫌だ……死にたくない……」
迫りくる弾幕の中、パルが見たのは走馬燈だった。
――ああ、死んじゃうんだなぁ、とパルは思い、静かに目を閉じ――――そこでパルの意識は一瞬途絶えた。
「――血流爆散――」
パルが意識を取り戻すと迫っていた弾幕は消えていて、次いでボンッという音と共にフランの右腕が辺り一面に飛び散った。
「あははは……ハハハ……はは…………」
高笑いをしていたフランが視線をゆっくりと自分の右腕を向いた。
「あ、ああ……アアアアア!! あたしの腕がぁぁぁ!!」
フランは絶叫した。レミリアに叩かれることはあっても腕が爆散するという酷い傷を負ったことは無かった。
「――えっ?」
パル自身も何が起きたのか分からない。事態を把握しようにも頭は何故か茫然とその光景を見続けていた。
「痛い痛い痛い痛い!!」
泣き叫びつつもフランはそれらを怒りに変えてパルを睨みつけた。
「よ、よくもあたしの腕をやったな! 禁忌『レーヴァテイン』!」
「燃える剣!?」
「死んじゃええええ!」
もはやパルを甚振ることなど視野になく、そこには敵意しかなかった。ただ目の前の少女を殺すためだけにレーヴァテインを振り下ろした。
「うわぁぁぁぁっ!」
今度こそ死ぬ、とパルはせめてもの抵抗に両腕で頭を庇って蹲り、体を強張らせて目を閉じた。そしてまたパルの意識は眠りについた。
「--零の領域――」
パルが手を伸ばすとフランのレーヴァテインが跡形もなく消え去った。
「なっ! あ、あたしのレーヴァテインが消えた?」
あまりにも非現実的なことにフランは驚き、立ち竦んだ。
パルが立ち上がり、一瞬にしてフランとの距離を詰めた。そして勢いの乗った固く握った右拳をフランの顔面に直撃させると、フランの華奢な体は宙に浮きあがり、凄まじい音を立てて壁に激突した。
「あが……がぁ……」
今までにない激痛と視界不慮にフランは困惑する。しかしその視線はそれを成した元凶であるパルを見ていた。
そして――狂ったフランは生まれて初めて死を覚悟した。
目の前にいるのが、たった数分前は笑顔で接してくれたお姉さんであることが信じられないほどその視線は冷徹で、目の前には寒気を覚えるほど右拳が宙に浮いていた。
「――血塗れの人形――」
パルが右手を突き出すと、それらが一斉にフランの全身を打ち砕いた。一発一発がダイヤモンドのように固く、骨が軋みを上げるほど強い。
「うべべべべっ!!」
とても少女が上げるような声ではなく、品の欠片もない声が出ていた。
「――過去への妄執――」
ふと、何処からか声が聞こえてくる。助けてくれ、殺さないでくれ、止めてくれ、怖い、死にたくない――――視線だけ彷徨わせるとそこらにはかつてフランが殺した人たちがひしめいていた。
――フラン。
――フラン。
ふと、遠い昔に聞こえた懐かしい声が耳元で響いた。気付けば隣にはフランの父と母が優しい笑みを浮かべて寄り添っていた。
――パパ、ママ!
だが、それは一瞬のことで両親の表情が爛れ始めた。やがて白骨と化し、カタカタカタカタと笑い始めた。それはまだ幼い精神を持つフランを恐怖に陥れた。フランとて人間の死体や生物の死はよく見て来たが、これは初めてのことだった。
――どうしてワタシたちをコロシタノ?
――これジャアふらんと一緒に居られナイナァ。
「あ……ああ、がばば……ひぃぃ……」
恐怖と痛みと悲しみがずっと交錯し続けている。悪い夢だ、とフランは思う。
否、フランの狂気は思う。フランがこの世に生を受けると同時に生まれた闇。その性格は残虐で残酷で残忍だ。殺すことに快感を憶え、誰かを苦しめることを好む。しかし、元となるのがフランであればこそその精神は幼少のままだ。怖いことなど露知らず、その力を思うがままに振るっていた狂気は今、自分より強大な狂気に殺されようとしていた。ただ一つ、怖いと思い続けながら。
「あぶばっばばばばばば!!」
狂気は表面も精神も殴られ続け、何時しか『死にたい』と強く願っていた。
「あぐっ……あげぇ……」
パルの拳は終わらない。狂気を完全に殺し切るまで止まらない。
「ひぎゃあああああああああああ!!」
もう嫌だ! と狂気は泣き叫んだ。消えたい、消してくれ、と強く懇願した。
その悲痛な表情を見て、パルは愉悦の表情を浮かべた。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ……………………」
そこに幻視したのはいつもの自分。いつも笑っている自分だった。
やがて、狂気はフランの中から欠片も残さず消えて行った。
ボロボロになって見る影もなくなったフランを見つめたパルを見ている視線が合った。それは死んだパルを回収しにきた咲夜だった。
咲夜はその一部始終を気配を消して視界に納めていた。
やがて、ふとパルが呟いた。
「――『僕』はパルを害する敵を討ち、僕が守りたいパルのために戦う。僕はパルを守るために存在し続ける。憶えておいて、咲夜」
完全に気配を消していた咲夜は驚き、一瞬臨戦態勢を取ってしまった。だが、パルはそんなことを気にせず続けた。
「僕は、僕が愛するパルのためにパルの敵には容赦はしない、と」
もはや存在がバレてしまっているならば、と咲夜は姿を現して頷いた。
「……ええ」
「あ、それと彼女の狂気は僕が取り払ったから。そしてパルは僕のことを知らないし知らなくていいから余計なこと言わないでね?」
何故そんなことを言うのかは分からないが、咲夜はとにかく頷いた。
「ええ……分かりました」
ふと、気がつけば、いつものパルに戻っている。
「…………ん? あれ、咲夜さん? ってうわっ! フラン様が何か凄い事になってる!?」
「憶えていないのですか?」
「な、なにをですか?」
――まさか、乖離性の二重人格でしょうか?
そうだとすればパルの危険度は咲夜が事前に考えていたランクよりも二段、三段階上げなくてはならない。しかしあの豹変したパルは明らかに『数を操る程度』ではない能力を使っていた。それこそ『能力を封じる程度の能力』や『幻覚を視せる程度の能力』と言っても良い。だが、咲夜は違和感を拭えない。加えてそんな何個も能力を持ってること自体おかしい。能力は基本一人一つ。多くても二個か三個だ。しかしパルの能力は今見ただけでもそれ以上の数だった。
――まさか『能力の上限を増やした』のか、と咲夜は考える。それが事実であればもう誰もパルに勝てないことになってしまう。
ともあれ今優先すべきはフランの事だ。いくら吸血鬼と言えどもこのレベルの致命傷となると早く手当した方が良い。
「いえ、憶えていないのならそれで良いのです。ただ、パルがフラン様と戦っていただけのことですから」
「戦って――? うん? い、いやそれよりもフラン様の右腕とか血とか止めないと!」
いつものパルだ、と咲夜は思う。パルがとぼけているとは思えない。そもそもパルはそういう腹芸が出来る女性ではない。本当に純粋なのだ。
「……フラン様は私が介抱しておきますのでパルは館のお掃除を頼みます」
「は、はい! お願いします!」
パルは咲夜の方が的確だろうと考え、咲夜の指示通りにその場を離れた。
パルが居なくなった後で咲夜は考える。
――しかし、あのフラン様がこうも一方的にやられるなんて。……レミリアお嬢様とフラン様は吸血鬼。年齢は500に近く、肉体的にはただの人間がこうも嬲り殺せるなんて……。見た所、右腕は内側から血液の数を増やして膨張させ、破裂させた。『数を操る程度』ならばそれも可能と言えば可能。この打撲傷は殴る回数を著しく増やしてダメージを与えたと考えるのが妥当でしょう。正に数の暴力とはよく言ったものですね。
「時間逆行」
咲夜がフランに手を伸ばすと、驚くべきことにフランの傷が癒え、右腕の時間が巻き戻ったように出現した。咲夜としてはフランの狂気も戻ってしまうかと思われたがそうはならなかった。狂気自体は時間の巻き戻しと共に戻ってきたが、パルにトラウマを植え付けられた性かすぐにフランの中から消えてしまった。咲夜自身もそれを感じ取ってまた思案した。
――パルはともかく、もう一つの人格は本当に危険ですね。もう片方の言っていた通りなら、あの人格はパルが危機になった時に出現するはず……本当にそれだけなのでしょうか? ともあれ、先にフラン様の介抱を致しましょう。こんなギタギタのメタメタにされるまで殴られたのならトラウマになってもおかしくありませんからね。
そこまで思い、もう一つ懸念を見つけた。
「――あ、レミリアお嬢様になんて報告しましょうか」
それも考えることになる。
地下牢を出たパルは階段を少し急ぎ足で駆け上がって廊下に出た。かなり緊迫していたのか呼吸も少し落ち着かず、壁に背を当てて座り込んだ。
「はぁ……びっくりしたぁ……。フラン様が閉じ込められていたのはそういうわけだったんだね……」
一人呟いていると、その隣に見慣れた少女の姿があった。
レミリアだ。そのレミリア自身もパルが未だ生きていることに驚き、口元を抑えた。
「ぱ、パル!?」
「あ、レミリア様。どうしましたか?」
「ど、どうして生きているの?」
思わず出た言葉にパルは雷が落ちたようなショックを受けた。
「酷い! 生きていてはいけないんですか!?」
レミリアもそういうつもりではなかったためかすぐに気付いて咳払いをした。
「い、いえ、そうではないけど……フランと遊んで、どうして生きていられるのよ?」
さしものパルもレミリアの言葉に疑問を持ち、問いかけた。
「……一体どういうことか説明を頂けますか?」
もうこうなっては仕方がないとレミリアは覚悟を決めてパルの隣に座り、語った。
「そうね。まずそこから話しましょうか」
レミリアが話したのは498年前の話だった。
――過去・レミリア視点――
それは唐突に起こった出来事だった。
当時はまだ私たちは自分たちが人間だと思っていた頃の話。
最初に見かけたのは父さんの書斎の中だった。
この頃はまだフランも何の問題もない妹だと思っていた。
「あらフラン、そこで何をしているの?」
「お人形さんごっこ!」
――そこまではまだ幸せで居られた時間だった。
「……フラン、もう一度だけ聞くわ。何をしているの?」
「だからお人形さんごっこだってば! お父さんとお母さんと皆と!」
そこにいたのは惨殺された父さんと母さんとメイドたちだった。
父さんと母さんの死に方は頭部を吹っ飛ばされていた。それだけだった。そうして壁に横たわっていた。メイドの殺され方はもっと悲惨で、頭部と四肢を切断されている者、眼玉をくり抜かれて壁に突き刺さっている者、臓物を飛び散らせて天井のシャンデリアに突き刺さっている者がいた。
「お姉さまも一緒に遊びましょう?」
その時のフランには狂気みたいな物はなく、ただ純粋に遊びたがっていた。そのやり方が殺害でなければ私も遊んでいたかもしれない。
「――っ!」
私は怒りのあまりフランを地下室に閉じ込めた。当時から私は誰からでも異端扱いされる怪力と知能を持っていた。後にこれが吸血鬼の特徴であることを知るのだが、当時はまだ知る由も無かった。
しかしその数日後、フランは勝手に地下室を抜け出して町へと出て行った。
そして――そこには燃える炎と町並みと人の死体で町は埋まっていた。この紅魔館……ああ、当時は澄涼館って呼ばれていたわ。館以外の町は軒並みフランの手で血に染まってしまっていた。無論、私は酷く狼狽し、フランを目の前にしていた。
「ねえお姉さま、地下は退屈。あたし、もっとたくさん遊びたい!」
フランはただ遊びたいだけ、そう思えれば良かったのだけれどこの時のフランにはもう狂気が宿っていた。
「――フラン大人しく戻りなさい」
私はフランを危険視した。この子は誰とも遊ぶべきではないと思った。否、外に出してはいけない。誰とも会うべきではない。館の地下に投獄し、鎖で繋いでおくべきだ、と。もしくは殺してしまった方がいっそ良いとさえ思った。
「やだー!」
「フラン、言う事を聞きなさい」
「やだー!」
「戻りなさいフランドール!!」
そこで私は『運命を操る程度の能力』に目覚めた。私ではどうにもできない妹を束縛することの出来る力。これが発現しなければきっと世界はもっと酷い事になっていた。
「……はぁい」
最初は良く分からなかったけど、言うことを聞いてくれるならそれで良かった。私はフランがその力を制御できるまで地下に閉じ込めておくつもりだった。
百年、二百年と時間は過ぎて行った。でも、それでも犠牲者は次々に出た。雇った執事、メイド、下働き、地下の存在に気づき、フランの玩具になっていった。私は何度もそれを見て、隠してきた。
しかしある時私は気付いた。別に私やフランが間違っているわけではない、人間が愚かなだけなのだ、と。だから地下の存在に勝手に気付いた輩はもう放置することにした。
一応忠告はしていたんだけどね。パルにはし忘れていたからそれは悪いと思っているわ。
そして今でもフランは世に出るべきではないと思っているわ。
――現在・フラン――
最初はまた殺しちゃうのかと思った。
「嫌だ……死にたくない……」
パルお姉ちゃん。すっごく優しそうで、雰囲気もそのままで、お母さんみたいな人。
だから嫌だった。今のあたしはパルお姉ちゃんを殺してしまう。
「きゃはははは! もっと遊ぼ!」
『やだ! やめて! やめてよ!』
「あたしはもっと遊びたいの!」
あたしの中にある狂気。あまりにも壊れていて話が通じない。それにあたしよりも自我が強くて制御出来ない。
死んでほしくなかった。でも、あたしにはどうすることもできないといつもみたいに諦めてしまっていた。
「――血流爆散――」
「あははは……ハハハ……はは…………アアアアア!! あたしの腕がぁぁぁ!!」
『えっ?』
何が起きたのか分からなかった。でも、あたしの右腕は肘から下が無くなっていた。
想像以上の痛みとそれを上回るあたしの悲鳴が木霊した。
「痛い痛い痛い痛い!! よ、よくもあたしの腕をやったな! 禁忌『レーヴァテイン』!」
「燃える剣!?」
容赦は一切なく、あたしが自力で止める間もなくレーヴァテインが振り下ろされる。
「死んじゃええええ!」
『ダメぇ!!』
「うわぁぁぁぁっ!」
あたしは必死に足掻いて……。
「――零の領域――」
「なっ! あ、あたしのレーヴァテインが消えた?」
やっぱり何が起きたのか分からなくて。
「――血塗れの人形――」
「うべべべべっ!!」
パルお姉ちゃんの何十、何百にも増えたグーでボコボコに殴られた。
「――過去への妄執――」
「あぶばっばばばばばば!!」
あたしの狂気が甚振られて、折られて、あたしの中から完全に消え失せるまで殴られ続けた。そこからあたしの意識はない。
次に目が覚めると目の前には咲夜がいた。咲夜とはあまり話したことがない。イメージは少し怖いメイドさんだったけど、今の咲夜は酷く心配そうにあたしを見ていた。
「う――」
「お目覚めになられましたか、フラン様」
「……咲夜?」
「はい。お気は確かなようなので、私はこれで失礼しますね」
そうやって皆すぐあたしの前からいなくなる。でも……でも今はもう――。
「……――っ! 待って!」
あたしは咲夜の手を取り、引き留めた。咲夜は足を止めて振り返ってくれた。
「フラン様?」
大丈夫だという確証がある。それをくれたのはパルお姉ちゃんだ。後はあたし次第。この約500年間考え続けた言葉を今、あたしは吐き出した。
「もう、もう大丈夫だから! 誰も殺したりしないから! 一人にしないで!!」
「――っ!?」
咲夜は酷く驚いてしゃがみ、あたしの顔を覗き込んだ。――言わなきゃ。
「あたしは……もうだい、大丈夫なの……」
「本当、ですか?」
懐疑的だった咲夜の表情もあたしの言葉が、祈りが、願いが通じたのか微笑んだ。
「うん、うん!」
「遂にご自分の力を制御なされたのですね! これは早速レミリアお嬢様にご報告しなくては! 急いで参りましょう!」
咲夜は我がごとの様に喜んであたしの手を取り、立ち上がった。
「うん!」
あたしは強く頷き、その後へと続いた。
パルお姉さんがあたしの狂気を消してくれたから、もう大丈夫。これからは今まで出来なかったことをしよう。
あ、でもその前にお礼を言わなくちゃ。手段こそ暴力的だったけど……でもそうでもしなければあたしは死ぬまでここで閉じ込められていた。
薄暗い地下牢を出て、あたしは一歩を踏み出した。
そして――光の溢れる太陽の直撃を視界一杯に浴びてあたしは叫んだ。
「目がァァァ!!」
――廊下・パルたち――
レミリアとフランの話を聞いたパルは少し悲しそうに呟いた。
「そんなことがあったんですね」
「そうよ。あの子の力は強すぎるから、こうするしかなかったのよ」
――こんな時、どう言ったら良いのだろう?
まだ若い少女であるパルはそんな気の利く言葉を持ち合わせておらず、沈黙した。
「ボクが何とかしました、と報告すれば良いのですよ。パル」
その沈黙を打開したのは地下牢から出て来た咲夜だった。
「さ、咲夜さん?」
パルは驚き、思わず立ち上がった。
その横を小さな黄色が通り抜けて行った。フランはレミリアの前に立ち、胸の前で両手を強く握って言い放った。
「お姉さま!」
その言葉にレミリアも腰を浮かせて立ち上がった。
「ふ、フラン!? ちょっと咲夜! なんでフランを外に出しているのよ!」
本来であれば今すぐでも地下牢に放り込んでおく必要があるフランを何故出したのか、とレミリアは咲夜を強く睨みつけた。しかしその視線にも屈せず咲夜は僅かに首を横に振って答えた。
「レミリアお嬢様。今のフラン様を良くご覧になってください」
何を――と思いつつ、同時にまさか……とも思いながらレミリアはフランを見た。
「? ……えっ、嘘……まさか」
何度フランの顔を見ても、何度瞬きしても常にフランの何処かに潜んでいた狂気が欠片もないのだ。
「お姉さま、あたしの中にいた狂気が、パルお姉ちゃんのおかげでいなくなったのよ!」
レミリアは信じられなかった。
「ほ、本当に?」
「うん!」
「本当に本当?」
何度も何度も聞き返し、その度にフランが強く頷いた。
「うん! これであたしも外で遊べるよ!」
やっとか、とレミリアは両目に涙を溜めてフランに飛びついた。
「うわーん!」
いきなり崩壊した泣き顔にフランは慌てながらもレミリアを支えた。
「わぁっ!? お姉さま!?」
「うわぁぁあん!」
そんなレミリアの様子に感化されたのかフランも一緒に泣き出してしまった。
「パル、良くやりましたね」
そういう咲夜でさえも貰い泣きをしてしまい、涙を拭っていた。
「えっと……ボク、何かしましたか?」
パルは本当に何をしたのか記憶がなく首を傾げたが咲夜はしっかりと見ていたためパルの手を取って言った。
「ふふっ、ちゃんとやったんですよ」
「そ、そうですか」
――全く記憶にないんだけどね! とパルは内心で叫んだ。根が真面目なパルは良く分からないことで手に入れた手柄には到底満足できなかった。
――例え知らなくても、今はそれで良いんですよ。と咲夜は不満そうなパルを見ながら思う。
紅魔館の一件の後、パルは正式に紅魔館のメイドとして仕えることになり、フランドールの外出も認められた。ただ……レミリアが一層過保護になるのは別の話。
しかし、そんな紅魔館にも少しずつ魔手が伸び始めていた。
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グラたん「グロ注意です」
レミリア「相変わらず遅い!」
咲夜(それにしてもパルの中のアレは一体……)