第五話 赤い月光に照らされて
グラたん「第五話です!」
夕食を作り終えた咲夜たちはレミリアの給仕を務めていた。
レミリアは毎日夕食食べるのが楽しみだ。咲夜の料理であれば大抵は完食し、汁さえも残さない。咲夜としても作り甲斐のある主人のためお互いに良い関係だ。
「咲夜、今日の夕食は何?」
「紅魔ハンバーグです」
紅魔ハンバーグとは紅魔館周辺の地域でとれた食材を使った咲夜特製ハンバーグであり、レミリアの好物の一つだ。
「やったー」
それもつかの間、レミリアの表情が硬くなる。その視線の先にはレミリアが苦手な紅魔ニンジンがある。咲夜もそれを分かっているが紅魔ニンジンのみならず野菜には途方もない栄養素が含まれているため無言で『食え』と言っている。
レミリアも咲夜の勿体ない症候群と食べ残しを許さないため喉の奥を鳴らし、一気に口に放りこんでワインと共に飲み込んだ。
……レミリア様、人参嫌いなんだ……とパルに思わせるくらいにはあからさまだった。
――それにしても、とパルは思う。レミリアの隣の席にはもう一つ空のグラスが置いてある。一体何のため、誰のためなのかはさっぱり分からないが深く踏み込むことは無いと思いとどまった。
夕食を食べ終えたレミリアは自分の部屋に戻り、咲夜とパルは厨房にて少し遅めの夕食を食べていた。
「美味しい」
ホッと、パルが呟くのを咲夜は耳聡く聞いていた。
「そうでしょうか?」
「ハンバーグならボクも作ることはありましたけど、ここまで美味しいのは初めてですよ」
手放しの褒めを受けて咲夜は食べながら少し照れる。主人であるレミリアがあまり褒めてくれることが無いためか、それとも同年代の少女に言われたことがないためか咲夜は少し上機嫌に咀嚼していた。
此方も夕食を食べ終わり、洗い物と明日の朝食の準備を終え、咲夜は少し心配そうにしながらもパルの方を見た。
「今日は以上になります。お疲れ様」
「お疲れ様です」
「一応、明日は休みなさい。傷もまだ完全に癒えてないでしょう?」
咲夜が心配そうに促すとパルは首を横に振るった。
「いえ、このくらいなら……」
パルが断ろうとすると咲夜は少し強い口調で留めた。
「ダメです。体調管理もメイドの基本です。特に貴方はここに来るまでにかなりの無茶をしているみたいでしたから今は傷を治すことに専念しなさい」
「……でも」
それでもパルが食い下がろうとすると、咲夜はパルの頭を撫でて答えた。
「それなら午前中だけ、良いですね?」
これ以上は咲夜にも悪いだろうと思い、パルは素直に頷いた。
「はい。お言葉に甘えます。おやすみなさい、咲夜さん」
「おやすみなさい」
エプロンを外し、手に持ち、厨房を出て行ったパルを見届け、咲夜は椅子に座って吐息を吐きつつ内心を吐露した。
「……彼女、かなり使えそう。それに加えて能力者でそれもかなり強力なもの……」
実際パルの能力は不明点が多く、用途も今一つ不明。しかしたった数時間で紅魔館の半分以上の窓を綺麗に出来たことから扱えるようになれば便利な能力であることは間違いない。
「しかしこの分なら明日からは午後が空きそうですね」
それというのも明日も同じことをしてみれば分かることであり、もし同様のことがあれば紅魔館の掃除はあっという間に終わることになる。そうなれば今まで出来なかったもしくは時間を止めてでしか世話の出来なかった野菜や花と戯れることが出来る。それも終わればパルと仲を深めることが出来るかもしれない、と咲夜は思考する。
「ふふっ」
そんな近い未来を見据えて、人知れず咲夜は微笑んでいた。
一方で自分の部屋の方に戻ったパルはフラフラとしながら自室の隣の扉を開け、中へと入って行った。中は壁一面、否、辺り一面に本が並んでいて机や椅子にも本が置かれている。その中で空き椅子を見つけ、座った。
「……あたた……」
座ると自分の体に刻まれた傷が疼くのを感じた。そこを手で押さえつつぼやく。
「良く分からない物ののおかげで一日乗り切ったけど、きついなぁ」
血こそ滲んでいないが体に大きな負担が掛かっていたことに今更気づき、やはり咲夜の提案を受けていて良かった、とパルは思う。
「この館って本当に大きいし、広いし、咲夜さん良く毎日働けるなー。というか絶対全部掃除出来ないでしょ」
そう思った上でパルは窓から差している赤い月を見上げた。
事実、咲夜の能力を以てしてもこの莫大な面積を持つ紅魔館を一日で掃除することは不可能だった。ただ、時間を止めることが出来るため時折休憩しつつ掃除を繰り返しているのは咲夜以外知る由もない。
「月が……赤いなぁ……」
月というのは地球でも幻想郷でも赤い。それというのもほんの数年前に月面世界において人間と妖怪との大きな戦いがあり、人間が宇宙用の核ミサイルを月面に打ち込んだからだ。一般的には月面にて異世界生物との戦闘が起きた、ということになっている。だが、事実はそれだけではない。月面の内部、人間からは見えない世界ではもう一つの事件が起きていたが、それは人間にも、妖怪にも語られることのない事件だ。
そんな赤い月を見ながらパルはふと視線を自分の右手に移し、右手を月に掲げた。
「懐かしい……」
パルの口がほぼ無意識のままそれを紡いでいた。
そうして、右手が白い光に包まれていることに気付いた。
「……これ、何だろう……?」
「それは増幅系の能力ね」
背後から急に声をかけられ、パルは酷く驚いて椅子から立ち上がって振り返った。
「うわぁ!」
そこにいたのは紅魔館の地下の図書館の主であるパチュリー・ノーレッジだ。彼女は偶々研究資料を取りに自分の研究室がある地下室から図書館へ戻って来ていた所、パルを発見していた。
「人の顔を見て驚くとは失礼よ」
パルの驚きようにパチュリーは少しだけ立腹した。
「あ、すみません……」
パルの姿を見てパチュリー昨日咲夜から聞いたことを思い出した。
「貴方ね、今日紅魔館に雇われた可哀想なメイドは」
先程の仕返しにと少しだけ棘を含めたのだが、パルは自分のことを聞かれているのだと思い、返事を返した。
「ボクはパルと言います」
パチュリーは二つのことに驚いた。一つは棘をわざとスルーしたのではなく、聞き逃したわけでもなく、普通に笑みを作って自己紹介を始めたことだ。これが咲夜なら持前の思考で何か一つ嫌味を返す所だが、パルはそれに気付いていない。もう一つは僕ッ娘だということ。この幻想郷において『ボク』を使う男の子や妖怪は居ても女の子で遣う人物をパチュリーは知らない。また、それらは全て書物や文学の中だけだとここ二百年くらいは信じていた。
内心では少し慌てつつも外面だけは取り繕い、いつものミステリアスな雰囲気を出しつつ答えた。
「私はパチュリー、この図書館の主よ」
そう言われ、パルは辺り一面が本で囲まれていることに今更ながら気付いた。
「図書……わっ! 凄い本……ってなんでボクはここにいるのかな?」
実際は疲労のためぼんやりしていて入ったのだが、予め咲夜からパルの存在を知らされていたパチュリーは内心どや顔をしつつも答えた。
「単純に貴方の隣の部屋が図書館だからよ」
「そうなんだ」
普通であればそこから本の話題やパチュリー自身について聞いてくるとパチュリーは予測したのだが、それに反してパルは笑みを浮かべたまま図書館内を見渡していた。
一瞬、どう切り出したら良い物か、とパチュリーは思考する。そうして数秒後、言葉を整えてパルに問いを投げかけた。
「ところで、人間である貴方が何故ここにいるのかしら?」
パチュリーに聞かれ、パルが振り返った。
「あ、それ聞いてくれる? 実は――」
ここへ来たこと、咲夜と共にいたこと、メイドになったこと、今日働いて結構大変だったこと等々、割と関係のない話も混ざっていたがパチュリーは何とか飲み込んでまとめた。
「……妖怪ねぇ……。最近は引きこもり巫女のおかげで悪さする奴はいなくなったと思っていたのだけど……また何か起こるのかしら」
パチュリーの言葉に疑問を覚え、パルは首を傾げた。
「また?」
「前はレミリア嬢とフラン嬢の喧嘩。その前は月の民との喧嘩。勿論、弾幕じゃなくて本気の奴よ」
更に知らない単語が出てきてパルは戸惑った。
「……弾幕?」
「ああ、そうね。知らなくても無理ないわ。まあ、後でまとめて説明してあげるわ。それで、その二つの事件を解決したのがニート巫女と金髪魔女よ。その当時、悪さをしていた妖怪もおまけで……というか完全に流れ弾だったのだけど、それを食らって大多数が浄化されたわ。その馬鹿二人の性でこの紅魔館は一度立て直し、図書室は半壊っていう酷いことになったよ」
そんな酷い状態から良く立て直したものだ、とパルは思う。パルの常識から言えば、この規模の建物が半壊すればそれは数年規模で立て直すか、もしくは一から立て直した方が早い。
そんなパルを見てパチュリーは微笑を浮かべ、そういえば咲夜も昔はこんなだったなぁ、と思い返した。
「そのおかげで妖怪たちは皆大人しくなったってわけ。それで、弾幕についてだったわね。弾幕というのは通称『弾幕ごっこ』。単純に妖怪同士の喧嘩、殺し合いを試合形式にして戦うことを言うの。使えるのはスペルカードと呼ばれる契約書を使用して最初にスペルカードの枚数を宣言、その宣言した枚数を相手に攻略されるか自分の体力が尽きたら負け。逆に相手の枚数を攻略すれば勝ちよ」
大まかにルールを飲み込んだパルはまた疑問を問いかけた。
「……でもそれって妖怪限定だよね?」
「いいえ。人間も、正確には幻想郷に来た人間ならば誰でも使えるようになるわ。ああ、言い忘れていたけど、スペルカードは人に魅せることが重要で、意味の無い攻撃はしてはいけないの。それさえ守れれば何だって良いわ」
そう、弾幕は魔法エネルギー弾であるスペルカードだけではなく、ナイフ、銃弾、レーザービーム、ミサイル、果ては隕石や自然災害級の竜巻や雷だろうと弾幕になり、相手が躱せない全方位同時攻撃や攻略不可能な攻撃をでなければ大抵ありだ。ちなみに相手が躱せなくても防御や迎撃出来ればそれは攻略可能と見なされる。
「面白そう」
それを聞いてパルの表情がやけに輝いたことにパチュリーは酷く心がざわついた。
「……まあ、肝心の体力が無ければ意味は無いわ。何せ、中には体力無限の化け物もいるくらいだから……」
そんな人をどうやって攻略するんだろう、とパルは思う。
「……嫌だなぁ、それ」
「あ、一番重要なことを教えてなかったわ」
「?」
「当たり所が悪かったら普通に死ぬから注意してね」
パルは、弾幕はあくまでも試合のようなものであり、決して死者が出るようなものではないと思っていたため思いっきりドン引きした。
「……ええぇぇぇ」
そのパルを見てパチュリーはまた微笑した。
「嫌なら……そうね、美鈴当たりにでも稽古を付けてもらいなさいな」
聞いたことのない名前にパルは首を傾げた。
「美鈴?」
「紅魔館の門番よ。知らない?」
パルは今日の門の前を必死に思い返すが、そういえば緑色の服を着た赤毛の少女がお酒を飲んでいたような……と思い返したがあまりにも存在が薄かったため確証は持てなかった。
「……いたような、いなかったような」
それを見てパチュリーはしっかり頷いた。
「安心して良いわよ。その程度の存在だから」
その扱いの酷さにパルは苦笑いした。
「さて、貴方もそろそろ寝なさい。明日も早いのでしょう?」
「そうだね。あ、最後に一つ良い?」
「何かしら?」
「ボクって、元の世界に帰れるのかな?」
その問いにはパチュリーも苦面した。この幻想郷に人間が迷い込むことはあっても帰ったという事例は極々稀な例だ。パチュリーもその内の一つは知っているが、パルが同じ方法で元いた時間軸に帰れるとは限らないため黙っておくことにした。
「大抵は帰れないから、ここを墓場と思っておくのが良いわ」
少しだけ期待していたためか、パルは視線を落とした。
「……分かった。ありがと」
ただ、それだけではあんまりだと思ったパチュリーは気をかけた。
「私はここにいるから、何か分からないことがあったら来なさい」
「うん、また来るね」
そう言ってパルはパチュリーと別れ、図書館を出て自分の部屋へと戻った。
その後でパチュリーは呟いた。
「……増幅系、か。何の能力か気になるわね……」
パチュリーの場合は能力者を視ただけでおおまかな能力が分かる魔法を常に使っている。そのためパルの能力もざっくらぱんには分かったのだが、ただの増幅系では無いことくらいは分かっていた。しかしそれ以上分かることはなく意識を切り替える。
「それに無縁塚の事件も気になるし」
無縁塚とは妖怪の住む山の奥地、それこそ博麗神社や守矢神社よりも奥の世界の果てとさえ呼ばれている場所だ。そこでは、ほんの一週間前くらいに自然災害が起こり、無縁塚の地形が変わっていたと某ブンヤ烏からパチュリーは情報を得ていた。
「また何か事変でも起きるのかしらねぇ……」
何処か遠い目をしながらパチュリーは赤い月を見上げていた。