第十八話 黄金のマガツキュウビ
グラたん「第十八話です!」
紅魔館を出て、里までは徒歩だ。当然その道中、パルは咲夜と二人きりであり、かなり居たたまれない空気が流れて来ていた。
――ああ、もう! もやもやする!
特に咲夜のストレスは尋常ではなく、咲夜が身動きする度にパルは怯えていた。
「げへへ! 女子が二人歩いて――」
まあ、何処にでも馬鹿な奴はいるもので妖怪も同様にいる。相手が不機嫌な咲夜でなければまだ救われていたかもしれない。
咲夜は無言でナイフを投げ、襲い掛かろうとしていた妖怪の胴体を吹き飛ばし、一撃で致命打を与えていた。
「ひぎゃああああ!」
「ブラザー! 任せろ、仇は――」
次から次へと沸き立つ妖怪に対し、咲夜のナイフは全力で投擲される。頭がはじけ飛びお見せ出来ないくらいの形容になり果てる。
「兄貴! 俺が……俺がやってやる! 俺のドリルは天をつらぬ――」
それ以上言わせないとばかりに咲夜は助走をつけて投擲し、妖怪の体にナイフが刺さり一部残らず弾けて消えた。
「ああ、イライラするッ!!」
思わず声に出し、パルはどうしたら良いか分からずオロオロしている。その背後から氷妖精のチルノが飛び出し、全力のドロップキックを咲夜にかまそうとする。
「あたい、参上! いくぜいくぜいくぜ!」
「チルノちゃん! 待って!」
その背後からは友人の大妖精が追って来ていたが時すでに遅く咲夜の全力ストレートがチルノの顔面に突き刺さり、空高くに吹き飛ばしていた。
「げっふぅぅぅぅ!!?」
「チルノちゃぁぁぁん!!」
幸いにも顔面が弾けることなくチルノは青い空の彼方へと消えていったことが唯一の救いだろう。
里に到着するとパルは咲夜の私服を見繕おうと思い、近場の良い店を知っているであろうお馴染みの店舗に寄ろうと提案した。
「あ、咲夜さん。香霖堂に寄っても良いですか?」
「構いませんよ」
さっきよりは幾分か冷静さを取り戻した咲夜を連れて香霖堂を訪れていた。
香霖堂の内部では霖之助が薄い本を嗜んでいたがお客の気配を察知し、手慣れた動きで畳の下を開けてその中に薄い本を仕舞い、パルたちが姿を見せると同時くらいに立ち上がった。
「おや? 咲夜さんにパルさん。いらっしゃい」
「こんにちは霖之助さん」
――うっわ。咲夜さん超機嫌悪そう。
ふと、隣を見ると見た事ないくらい機嫌の悪い咲夜が霖之助を見ていた。それでも商売人として霖之助は表情を変えることなく不快感も顔に出さない。
……最近はそれ以上に腐快な人たちと会っていることもあってか相応の耐性が付いてしまっていた。
「霖之助さん、ちょっと良いですか?」
「はい」
それを見てパルもすぐに動き、霖之助を連れて香霖堂の奥へと入っていく。
「霖之助さん、ちょっと咲夜さんをお願いしても良いですか? その……ボクの手にはちょっと負えないくらい機嫌が悪くて、ここは年上だと思う霖之助さんなら咲夜さんの機嫌の悪さも治す手段もご存じではないかと思いまして……」
概ねそんなところでしょうね、と霖之助も予想していたため次の言葉が出るのは早かった。
「何があったんですか? あんなに機嫌が悪い咲夜さんなんて初めて見ましたよ」
「その……」
パルは言いにくそうに少しずつ事情を説明し始め、霖之助も普段の間抜け面を納めてしっかりと話を聞いていた。
その背後に咲夜がいることに二人とも気付かずに――。
その咲夜だが、店に一人残されれば今の状況も相まってストレスは更に増加するし元々気にかけているパルと野獣・霖之助を二人きりにするなど絶対に出来ない、と内心で言い訳して霖之助の背後に周り込み、不埒な行動をした時に刺せるようにナイフを構えていた。
「そりゃ怒るでしょう……。幻想郷で咲夜さん並に忠実に主人に仕えている人なんて一握りですからね……」
霖之助の褒め言葉に咲夜は微動する。そもそも褒められるということにも慣れていない咲夜は精神的な動揺を隠せない。
「どうにかなりませんか?」
「うーん……こういう場合は本人の気が済むまで暴れさせるとか食べさせるとか…………あ、一つ良い案があります」
「本当ですか!?」
パルが食いつくと同時くらいに咲夜のナイフを握る手が強まり、性的発言をしようものなら腎臓にナイフが深々と突き刺すつもりでいた。
「咲夜さんってああみえて以外と女の子っぽいことをしてみたいって前に言ってましたので服を買ってみたりスイーツを食べさせてみるのはどうでしょう?」
霖之助もあまりにも無難でまともな発言に咲夜は内心で舌打ちする。その手は震え、『刺したい』と言っているようにも見える。
「そうなんですか? 意外……」
「やっぱりそうですよね。でもスタイル良いし素材も良いので肌見せたらかなり良い線行くと思うんですよ」
スタイルも良い。パル程では無いが咲夜も一般の女性と比較すれば目立つ容貌をしておりメイド仕事をしていることもあって肉付きも良い。霖之助の見立ては間違っておらず、パルも同意した。
「ボクもそう思います。あ、それなら霖之助さんも一緒にコーデしてみたらどうですか?」
――刺されて死ねと!?
両手に花。それも飛びぬけて容姿も性格も良い二人を侍らせている状態ともなれば……そこらの男性が通り魔と化してもおかしくは無い。
その後を想像してしまったが故に霖之助は辞退しようと思考した。
「え、あ、いや、私は店があるので……」
「ダメ、ですか?」
上目、巨乳、可愛いの三コンボを食らい霖之助の考えは簡単に揺れる。
――か、か、可愛い。くっ、やはり可愛いは正義! それにここで一銭にもならない店を開いているよりパルさんに付いて行った方が絶対役得は確定。それにここで私が咲夜さんのためと一肌脱げばパルさんの好感度は絶対に上がる。それに加えて選択肢さえ間違えなければ咲夜さんが私を『雑魚之助』とは言わなくなるかもしれない。こんな露骨なチャンスを逃しては全国の野郎共に申し訳が立たない!
その思考、僅かコンマ5秒。
結論を覆した霖之助は清々しい笑顔で頷いた。
「分かりました。私としても機嫌の悪い咲夜さんなんて見たくないですからね」
「ありがとうございます、霖之助さん」
「か、可愛い……あ……」
だが、その背後に咲夜は既におらず背から内臓にかけてナイフが深く突き刺さっていた。
「どうしました?」
急に笑みが苦笑に代わった霖之助を見てパルは首を傾げるが、そこは意地で痛みを抑え込みパルを遠ざけようと画策する。
「いえ……すぐ準備しますので待っていて下さい。あ、良ければお茶飲んでいてください」
「ありがとうございます」
霖之助がそういうのなら、とパルは思い特に気に留めずに香霖堂の出入り口へと戻っていった。
それを見送った霖之助は膝を付き、喀血する。
「ぐふっ……。はぁ、はぁ……さ、咲夜さんめ……なんて酷いことを……」
こんな芸当が出来る犯人は一人しかいない。だがその理由は不明であり、霖之助も理不尽な通り魔をされる覚えは一切ない。
不意にポケットの中から紙の音がしたので取りだしてみる。
「ん? 何々……」
――私のパルに色目使わないでください。変態之助。
その短い文章を見て霖之助は記憶を掘り返してみる。色目を使った覚えなど――――否、ある。パルが霖之助にお願いした時の体勢だ。確かにあの時は下心があったのかもしれない。しかし胸を強調するようなパルの服装も悪いとは思うが『色目を使った』という事実さえあれば咲夜がナイフを突き刺す理由になる。
「ガッデム!! 絶対見返してやりますからね!!」
霖之助の小さな咆哮が部屋に響いた。
香霖堂の入り口に戻って来たパルは先程まで不機嫌だった咲夜が清々しい表情になっていることに首を傾げた。
――あれ? なんか咲夜さんの表情がいつもの感じに戻ってる。なんで?
その理由は自身の行動と霖之助の褒めにあることをパルが知る由も無い。
咲夜は上機嫌のままパルに尋ねた。
「何をしていたのですか、パル?」
「今、霖之助さんに服屋さんのことを聞いていたんですよ。この辺りの土地カンはまだありませんからね」
無論知っていたが咲夜は嬉しそうに微笑む。
「ふふっ、ありがと」
何故かは不明だけど咲夜の機嫌が直ったのならそれでいいや、とパルも気持ちを切り替えることにした。
そこで咲夜は以前パチュリーに言われたことを思い出して、今ならば言えるだろうとパルに問いかける。
「ああ、それと……パル、今は敬語をやめてくだ……くれるかしら?」
「えっ?」
急にたどたどしくなった口調にパルは疑問を感じるが、続きを待った。
「せっかく二人きりで遠出するのに上下関係は必要ないでしょ? だから……その……」
友だ――と言いかけたところで準備の整った霖之助が奥から姿を現した。
「おまたせ――」
その時、咲夜は一瞬にして時間を止め、これでもかというくらい容姿を怒りに歪めた。
形容するなら『般若』。ただし時間を止めていたこともありその面を見た者は一人としていない。
時間の止まった霖之助を転ばせ、その足を掴んで引き摺って香霖堂を出て裏手にある川へとやってきた。そして思い切り勢いをつけて川の方目掛けて霖之助を投げ飛ばし、すぐに香霖堂へと戻って呼吸を落ち着けて先程の緊張感ある空間を生み出す。
指を一回鳴らし、時間停止を解除する。
「ガボボボボボボボ!!?」
裏手からボチャーン! という何かが落ちた音と激しい泡ぶくが水面にあがり、里人たちは何だ何だとこぞって周辺に集まっていた。
話を香霖堂に戻し、咲夜は緊張したままパルに手を差し伸べた。
「だから……その……私と、友達になってください!」
――なんか告白されているみたい……。
と、パルは思うが、それだけ咲夜さんにとっては重要なんだろうね、とも考えた。
勿論パルに断るということもなく、その手を両手で包み込んで笑顔で応えた。
「わかりま――……オホン。うん、分かったよ。これからよろしくね、咲夜!」
「はい!」
まるで気持ちの伝わった恋人のように咲夜も笑みを浮かべ、頷いた。
それからニ十分経過し、二人は一向に奥から出てこない霖之助を待っていた。
「霖之助さん遅いね……」
「私たちと一緒にいるのだから服装や髪型を拘っているとか?」
流石にもう良いでしょうか、と空気を読んでいた霖之助が姿を現した。
「おまたせしました」
「待ってましたよ。さ、行きましょう」
咲夜も特に悪感情は無く霖之助を迎え入れ、とてもわざとらしく霖之助の近くに行って匂いを嗅いで見せた。
「あら? 何か臭うような……」
それを成した当人に対し、霖之助は大人の余裕と態度を持って怒りの苦笑いをしながら答えた。
「私はこう見えても香水とかは少し詳しい方でして。今回はバラの香りをチョイスしてみました」
「あら、そうなの?」
「そんなことよりほら、パルさんが待っていますよ」
フフフ、ハハハと不気味な笑いを浮かべる咲夜たちを見てパルは思う。
――何故かあの二人の間で火花が散っているような……。
それは全く気のせいでは無かった。
里の服屋兼仕立て屋にやってきたパルたちは咲夜を着せ替え人形の如く和洋中等々の服を着せ変えていた。
「どうかな?」
「わぁ! 可愛い!」
「ほう、良いですね。咲夜さんの私服も中々良いですね」
「次はこれを!」
「意外と似合いますね」
「パルの見立てが良いからよ」
「そうかな?」
咲夜も最初こそ慣れない服に戸惑うこともあり、微妙に息苦しさを感じもしたが慣れれば然程でもなくなっていた。特に似合っていたのは和風をモチーフとした服装であり、咲夜も動きやすいと取り置きしていた。
しかし咲夜は着付けをしたことがないこともありパルと共に個室に入り、霖之助はその前で待たされていた。時に着物や服を脱ぐ音を聞いて、その声を聞き、咲夜の悲鳴が聞こえて……霖之助は鼻の下を伸ばしていた。
――へへへ……やはり役得――はっ! 殺気!?
霖之助が辺りを見回すと、周りでは非リアはおろか、男女カップルでさえも霖之助に冷たい白い視線を送りつけてていた。
「……けっ」
「……へっ」
「……ぺっ」
中には同族であるはずの半妖怪や妖怪も……。
「解せぬ!?」
霖之助が声を上げると着替えを終えたパルと咲夜がそこに居た。パルもせっかくだからということで動きやすい半袖のチュニックとハーフパンツを着ていた。一方で咲夜はカジュアルな上着にシャツ、下は膝丈チェックスカートという姿だ。
「どうしたんですか?」
霖之助はすぐに意識を切り替えて首を横に振るった。
「いえ、なんでもありません」
スッと空間が開き、その中から大人びた狐の妖怪が姿を見せた。
「あー、ちょっと良いかしら?」
誰もいないはずの背後から声がすれば驚くのは当然だ。
「ふぇぁわっ!? だ、誰!?」
「曲者!」
咲夜も反応し、正面に向かってナイフを投げた。
「べふぁ!?」
背後の紫ではなく正面の霖之助に向かって、だ。
「投げるなら紫さんの方に投げてください!」
霖之助もこういうことは慣れたもので額に刺さったナイフを抜き取り咲夜に返しつつ非難した。その咲夜は素知らぬ顔で嘲笑していた。
とはいえ、そんなことをする人物をパルは知らないため咲夜に問う。
「咲夜、この人は?」
パルに聞かれて……せっかくだからという理由で微笑みながら咲夜は答えた。
「この人は黄金のマガツキュウビこと幻想郷の守護人、紫さんよ」
咲夜の思考にあったのは最近レミリアや美鈴たちがやっているゲームの敵キャラクターであり、咲夜も何かと参加することがあったゲームだ。
「初対面でなんてこというのよ!?」
勿論、パルもそのゲームを知っている。雨の日とかにレミリアたちに強制連行されてやらされていたゲームの一つであり、私室でも良くやっているゲームだからだ。そのタイトルは『ゴッド・イズ・イーター』。八百万の神を食い殺すゲームである。
「そうなんだー」
幻想郷内で流行っているゲームは大抵紫が地球から拝借してくるため、そして人気ゲームばかり持ってくるため記憶に残りやすい。当人の紫も藍や橙とやるため話題に事欠くことはない。
「違いますから! 断じて違いますから!」
「分かってるよ。ボクはパル、よろしくね」
――ああ、良かった。ここにあの馬鹿二人がいたら間違いなく悪乗りするのに。
紫は安堵し、ブレイクした威厳を引き戻す。
頃合いを見計らってから霖之助は紫に現状を聞いた。
「それで、何かあったんですか?」
「ええ。霖之助が占った通り、妖怪がそろそろ来ているみたいなのよ」
「もう、ですか……」
二人が思案しているとパルは何か手伝えるのではないか、と思って口を出そうとする。
「あの――」
「パル、この二人が居る時に下手に首を突っ込むとロクなことにならないと先に言っておくわ」
だが咲夜は違う。この二人に協力するということはこれから向かう里で遊べなくなるし、パルと一緒に居られる時間も区切られるし、パルと温泉に入れないかもしれないし――と、私情満載でパルを止めようとする。
「でも、困っているなら助けてあげたいなぁ……」
それでパルが止まる訳がないのは咲夜が一番しており、嘆息した。
「大丈夫ですよ。今回は守矢神社付近なのでこの辺りまでは被害が及びません」
霖之助が告げた内容は尚の事悪く、パルをその気にさせてしまっていた。これがもう全く関係の無い場所だったら説得することも可能性があっただろう。
「……咲夜」
「運が良いというか悪いというべきか……。私たちが行く場所もその里なのよね」
「あらあら……」
紫も少し同情して口元に手を当てた。




