第十三話 里で起きたこと
グラたん「第十三話です!」
時は六月の上旬。もう間もなくして梅雨がやってくる季節。
最近は紅魔館内部の湿度も高くなり、天候も雨の時間が増え始めていた。それは夜の間でも変わらず少々寝苦しくなってきていた。夏になればまた別の暑さにうなされることになるのだが、今はとにかく湿気に嫌気が差していた。
毎年の事とはいえレミリアも私室の椅子に腰を掛け、雨空を見上げながら億劫な溜息を吐いていた。傍にはパルと咲夜もおり、扇を仰いでいた。
「……ねえ、咲夜、パル」
「何でしょうかレミリアお嬢様?」
「どうしましたか?」
「このジメジメなんとかならない?」
レミリアの言葉に咲夜も困る。毎年の事ではあるが咲夜も梅雨には辟易している。洗濯は乾かないし料理の作り置きも出来ない。レミリアも口には出すがどうしようもないことくらい分かっており、肩肘を突いて溜息を付いた。
それを見てパルは思い切って咲夜に進言してみた。
「お任せください。咲夜さん、能力の使用許可をください」
咲夜もこの状況を打開できるのであれば、と能力使用に頷いた。
「許可します」
「紅魔館一帯の温度を20度に設定して湿度は50%!」
パルの声に合わせて紅魔館周囲の温度が一気に下がり、過ごしやすい気温へと変化した。汗も静かに収まり始め、レミリアは感心した。
「あ、そういう使い方もあるのね」
「パルお姉さんすごーい!」
パルは便利すぎる能力を便利に使っていた。勿論、これは湿度と湿気は変えられても外の天気までは変えられない。咲夜はまた少し憂鬱そうな表情になった。
雨も午後には曇りに変わり、パルたちはぬかるんだ前庭に出ていた。足場が悪いことは修行には打ってつけであり雨や雪が降った後、美鈴は極力外に出ている。
「さて、今日もやるわよ!」
「はい! 美鈴先輩!」
ポツポツと小雨が降る中でパルと美鈴は構えを取る。戦い方の基礎は美鈴仕込みのためお互いに功夫の構えだ。唯一の違いはパルが鮪包丁を使うことくらいだ。
先手を仕掛けたのは美鈴だ。一呼吸で距離を詰め、左足を軸に回転して廻し蹴りを叩き込む。
「せやぁ!」
対してパルはその右足を掌底で弾き、鮪包丁を突き込む。
「はっ!」
それを先読みした美鈴が体を逸らして避け、右足を引き付けて宙返りする。先に右足で蹴り上げ、その勢いのままに左足も蹴り上げる。通常であればパルの鮪包丁は弾かれて宙を舞うのだが、柄で美鈴のつま先を叩いて防ぎ、左足は半歩下がって避けた。無理な追撃は避け、お互いに一度距離を取る。
一度ステップし、美鈴が懐に飛び込んでくる。美鈴が両の拳を突き出し、パルは一歩下がって対処する。それを見越した上で美鈴は膝を高く上げて蹴り飛ばそうとする。
「ふっ!」
その膝蹴りには右肘を叩きつけて迎撃し、左足を前に出して距離を詰め、鮪包丁を手放して右の裏拳を放つ。
「っと!」
その裏拳を勘で避け、髪の毛が数本宙に舞うのも気にせずに腕を交差させる。その動作を取ったのはパルの拳が六つに増えたからだ。
「連!」
能力戦では圧倒的にパルが有利だ。何せ自身の拳、体術ですら凶器になり得る。その上手数が増えるため相手は否応なく防戦を余儀なくされる。だが美鈴は距離を開けない。そんなことをすればパルが手放した鮪包丁を拾わせる猶予を与えることになる。
「空砲!」
だがパルにはそれが通用しない。パルと美鈴の僅かな空間が歪み、美鈴に向かって空気の砲弾が叩き込まれる。美鈴は止む無しに下がり、その隙にパルは足で鮪包丁の峰を打ち上げて宙に回して持ち手を手に取った。
美鈴は思わずため息を吐く。美鈴とて『気』を操ることの出来る能力者ではあるがパルと比較すればどうしても見劣りする。
「くぅ、相変わらずエグイ能力だね」
パルにとっては誉め言葉であり、微笑みながら鮪包丁を構えた。
「準備運動は終わりです。行きますよ~!」
鮪包丁を大きく振り上げ、そのまま振り下ろす。刀身には不可視の真空の刃が固まっており、振り下ろされると同時に美鈴に向かって飛んでいく。
「うわっ!?」
正中線の斬撃であるが故に避けるのはたやすいが、地面を容易く斬る威力は洒落にならない。避け損ねれば美鈴程度一瞬で二枚下ろしになる。
「五月雨舞!」
それを目的としてパルは鮪包丁を振り回して真空波を飛ばすが、美鈴には当たらない。パルの攻撃が素直というのも一つあるだろう。
「ととと! いくら斬撃が凄くても大振りじゃ当たらないよ!」
体勢を立て直しつつ美鈴は不敵に笑い、パルも微笑む。
「そうですよね。では、これならどうですか? 百刀!」
持っていた鮪包丁を美鈴目掛けて投げ、能力を発動させる。すると鮪包丁が百個に増えて美鈴に襲い掛かった。それも美鈴を取り囲む形で飛んでいく。
「げっ!? 浮遊もありなの!?」
「重力を数値化すれば出来ました、それっ!」
重力も見えない『数値』であるが故にパルによって書き換えられてしまう。美鈴は必死になって逃げ周り、時に迎撃し、ギリギリで躱していく。底なしに近い体力があると言えども逃げ場を失えば包丁は刺さる。加えて鮪包丁の数は減る所かむしろ増えて美鈴を襲っていた。
「ぎゃーっ! ぎゃーっ!」
そんな様子をレミリア、フラン、咲夜の三人がテラスから眺めていた。紅魔館の前庭が見えるテラスは正面玄関の真上の三階であり、前庭を一望できるようになっている。偶にパルの斬撃が飛んでくること以外は高見の見物をしていられる良い場所だ。
「パルも容赦ないですね。しかし重力を数値化するなんて……」
咲夜が呟くとレミリアは紅茶をソーサーに置いてパルたちをみつつ答えた。
「どんな能力も使い方次第……でも、あの子は特に破格よ。もし博麗や守矢に渡っていたら間違いなく勢力が傾いていたわね」
「ええ」
自分の手元に来てよかった、とレミリアは思考する。咲夜も同じように思っており、パルたちの戦闘を眺める。
「あたしも鬼ごっこやるー!」
フランが立ち上がり、その右手にはレーヴァテインがしっかりと握られ、羽を広げてテラスを飛び降りた。
「……あ」
咲夜が止める間もなくフランがレーヴァテインを投げ、美鈴の逃げ方が『逃走』へと変貌する。
「ぎゃぁぁあああ!? 二人がかりは死んじゃうー!」
事実その通り死ぬだろう。それでも歴戦の勘のおかげで避け、逃げていられる。
「相変わらず騒がしいわね」
眠そうな瞳を擦りながらテラスに現れたのはパチュリーだ。食事時以外は図書室に籠っているためこうして外に出る時は薬草を調達する時以外では非常に珍しい。最も本人は図書室で冷却魔法を使用していた方が梅雨と夏場は凌げるため出ないのであり、外が涼しければ出てくる意志はあった。
「あら、パチェも来ていたの?」
レミリアも珍しそうにパチュリーを見上げ、咲夜も同様に見た。
「珍しいわね、パチェ」
「そう? これでも週に一回は外に出ているわ」
「……そう」
パチュリーの答えに咲夜は視線を少し逸らすが、レミリアの反応は違った。咲夜もパチュリーも長年紅魔館にいるが仲が良いという印象はあまり無い。仕事仲間という意味では良いのかもしれないがプライベートな場面を見るのは意外でもあった。
「それよりパルの様子はどう?」
パチュリーの問いには咲夜が階下に視線を向けて答えた。
「能力を使っても使わなくてもそろそろ美鈴が相手にならなくなってきたわ」
「天武の才って奴ね。……興味深いわ。ちょっと私も混ざって来ようかしら」
そう言ってパチュリーは魔導書を開き、空中に雷撃の弾丸を浮かべて無差別に落としていく。美鈴は死に目に遭い、パルは迎撃に当たり、フランに至っては拳で跳ね返して来た。それを見てパチュリーは更に強力な雷撃を三人に落とした。
一方でテラスに残っていたレミリアに対して咲夜は進言する。
「レミリアお嬢様は行かないのですか?」
「何故私がそんなことをせねばならないのかしら」
無論、当のレミリアはうずうずしており今にも飛び出しそうな表情をしている。しかし飛び込まないのはつまらない意地を張っているからだ。咲夜は溜息を一つ付いてレミリアの実情を口にした。
「……昨夜、最近動いていないから二の腕がぷにぷに――」
最近気にしている所を直撃されたレミリアは勢いよく立ち上がって羽を広げ、テラスから飛び降りる。
「よーし久しぶりに遊ぼっかなー!」
一瞬後で雷槍グングニルの光が美鈴を包んだ。
咲夜は嬉しそうな溜息を吐き、手早くティーセットを片付けた後でもう一度テラスを見下ろした。
「素直じゃないですね」
その言葉は主人のレミリアに向けられたものか、自身の笑みに向けられたものなのか当人にしか分からない。
――厨房――
午後の訓練も終わり夕食を何にしようか考えていると、ふとパルが食糧庫のことを思い出して咲夜に伝えた。
「そういえばそろそろ食材の貯蔵が怪しくなっていましたよ。特に調味料関係が無くなっていました」
「あら? 前に結構買っておいたはずですが……」
そこまで考えて咲夜の脳内で閃きが訪れる。夕食までにはまだ時間があるためパルを人里に連れて行ってみるのも良いかもしれないと考える。
「では、今日は買い出しに行きましょう」
「はい!」
咲夜の決定にパルは元気よく返事を返し、立ち上がる。咲夜から見てパルは可愛い妹分みたいなものなためその姿は微笑ましかった。
――人里――
幻想郷において人里はそう数多くない。大きな中央都市が一つ、東西南北に町が一つずつあり里が各地に点在している程度だ。今回やって来たのは紅魔館から最も近く、規模も町に迫りつつある場所だ。
しかし、いつもなら活気のある里も今日は静まり返り、家や田畑が崩壊している惨状となっていた。
「これは……」
「台風、でしょうか? それとも妖怪?」
幻想郷にも台風や噴火、地震、落雷といった災害はある。だが、地球のように対策出来ているかと言えば否だ。そも、八雲紫によってある程度調整されていたり、この付近であればレミリアが能力を使用してわざと進路を外したりしているためあまり必要無いのだ。
当然、里が崩壊するようなことがあれば紅魔館にも被害が及ぶだろうし、その時こそレミリアが黙っていない。咲夜は十中八九妖怪の仕業だろうと考えていた。
里は以前のような活気は無いが、それでも少しずつ復興を始めており彼方此方で人間たちの声が飛び交っていた。
「おや、咲夜さん。珍しいですね、買い出しですか?」
そんな折に出会ったのが博麗神社の麓里からこの周辺までを統括する半妖怪。名前を森近霖之助と言い、半妖の身でありながら香霖堂と呼ばれる道具屋の店主をしている人物だ。咲夜だけでなく美鈴やレミリアたち紅魔館の住人たちとも懇意にしているため里で出会ったとしても警戒することは無い。
咲夜は考えをある程度予想しながらも霖之助に問う。
「霖之助さん。これは一体どうしましたか? 村がこんなになるなんて……また何か事件でもありましたか?」
すると霖之助は深い溜息を一つ吐いてから頷いた。
「ええ、そうなんですよ。今回は天狗たちが竜巻合戦をして村だけでなく田畑まで被害が出てしまいまして……ところで此方の麗しいお嬢さんは?」
霖之助が咲夜の隣にいるパルに視線を向けると咲夜も気付いて紹介を始めた。
「此方は最近紅魔館でメイドになったパルです」
「初めまして霖之助さん。パルと申します」
――やっべ、超好み!!
大抵の男性ならばそう思う事だろう。霖之助も同様に鼻の下を伸ばしてだらしない笑みを浮かべていたが咲夜のかなり冷たい視線を受け、咳払いをして表情を引き締めた。
「それで被害の方は?」
「……正直、今回はかなり厳しいですよ。特に夏に収穫するはずだった作物や米がほぼ全滅してしまいました。村にも貯蓄はある程度ありますが……最悪、隣町や各神社にも支援をお願いしなくてはいけませんね」
幻想郷にも税金の制度がある。しかし何も金だけが全てでは無い。博麗神社付近の里ならば米や油揚げを近くの分社の神棚にお供えして紫に渡し、この里ならば紅魔館にワインや食料を届けに行く。紅魔館の食料の内、およそ三割程度がこの里で賄われているため届けられないのは咲夜としても痛手だ。
「そんなに……」
話を聞いた上でパルは自分に何が出来るのかを考え、二人の会話に入った。
「……咲夜さん」
「どうしましたか、パル?」
「一つ思ったんですけれど――紅魔館の貯蓄をボクの能力で増やして分けるのはどうでしょうか?」
パルの言葉に咲夜は遂に気付いたのかと動揺した。これは咲夜が一番懸念していた事柄でもあり出来ることなら気付いて欲しくは無かった。
「そ、それに気が付いてしまいましたか。いえ、しかしパルが悪意を持っていないのは分かっています」
ただ、現状でパルの能力を使った食料の増殖は一番の有効策でもある。咲夜はパル自身へのリスクと現状の手助けを秤にかけ、思案する。
「ダメ、でしょうか?」
「うぐぅ……」
容姿端麗な少女の上目とお願いのコンボは同性であっても効果は有り、咲夜は一つ唸ってから嘆息し、頷いた。
「分かりました。ただし霖之助さんはこの事を黙っていて貰います」
「ええ、分かっています。少々半信半疑ですが実在ならばその価値は計り知れませんからね」
霖之助も断片的ではあるがパルがやろうとしていることへの興味と脅威を感じ取っていた。それを聞いて咲夜は一番の難関を口にした。
「レミリアお嬢様が納得して下さるかどうか……」
主であるレミリアは人間が嫌いでは無い。里との今後を考えれば動いてくれるだろう。しかし自主的に動く方でもないため説得は必須になり、その際にどんな無理難題を押し付けてくるか想像しただけで頭痛がした。
「ボクが説得します。それでも駄目なら体を張ってでも――」
『ゴブッ』
パルの無自覚な発言に咲夜と霖之助は喀血した。二人ともにレミリアの性癖を知っているため、そして霖之助は逞しい想像力を働かせてしまった故に咲夜よりも多く吹いた。
「うわぁ!? 二人とも大丈夫ですか!?」
――な、なんて破壊力でしょうか……。
――多分この子、無意識の天然だ……。
咲夜は時間を止めて表情を整え、霖之助は後ろを振り向いて袖で口を拭った。
「お、オホン。とりあえず一度紅魔館に戻りましょう」
「あ、ありがとうございます。ただ、増やすというのは?」
薄々感付いてはいたが確信を持っておいた方が良いと霖之助は考え、パルは一度咲夜に視線を送り、頷いたのを見て話した。
「ボクの能力は『数を操る程度』です。一個の物をいくつにでも増やしたり減らしたり出来ます」
「勿論、私の許可が必要ですけれどね。増やした物もオリジナル同様で劣化はありませんので重宝しそうな能力ですよ」
商人である霖之助にしてみればそれは魅惑の能力だ。金銀が一gでもあればそれをキロ、トン単位で増やすことが可能。もしくは一本しかない物でさえも増やすことが可能だ。同時にパルの危険性も充分に理解し得た。
「そうですよね。あ、それと必要な食材のメモを頂けますか? 此方でも色々都合をつけてみます」
霖之助も色々とやることはあるが紅魔館と懇意にすることは忘れない。それに自身が出来ることはそれくらいしかないのだ。
「それは助かります」
咲夜はメモを渡し、霖之助も『これなら』と頷いた。
「お互い助け合う時ですから」
そこへ田畑の方から筋肉質の中年親父が霖之助を見つけて声を上げた。
「おーい、旦那! ちょっと来てくれー!」
「はい! 少々お待ちを!」
そう言い、霖之助は笑みを浮かべて咲夜たちに振り返った。
「すみません。呼ばれてしまいましたので失礼しますね」
咲夜たちも長く引き留めることは無いため笑みを浮かべてお辞儀した。
「ええ」
「また来ますね!」
美人二人に見とれつつも霖之助は踵を返して田畑の方へ駆け出し、咲夜とパルも紅魔館へ少々早足で向かった。




