第十話 香霖堂の地下室にお持ち帰りして鎖で縛って……
グラたん「第十話です!」
数時間かけて人里到着に到着した霊夢たちは里に入り、香霖堂に向かう途中で愚痴を吐いていた。
「今思ったんだけどスキマで送って貰えばもっと時間短縮できたはずよね?」
「今更だな。途中から私もそう思ったが」
「ですね」
全員同意見ということも珍しい。
里を眺めるとあちらこちらで里人たちが怒号を飛ばしつつも戦に備えて避難誘導をしている。結界ギリギリのラインでは少しでも時間を稼ごうと木材を縄で縛って柵を作る人たちもいた。彼らは霊夢たちがここに来ることを紫から伝えられているが、その霊夢たちもそれなりに大きい規模のこの里全体を守れないことくらいは知っている。所詮、体は一つしかないのだから。
香霖堂に到着すると中からは古めかしい木材の香りと新茶の香りが漂って来ている。
霊夢も魔理沙にも馴染みの匂いであり、懐かしさと安心感のある匂いだ。
「ちぃーす」
魔理沙が先導して扉をスライドさせるとその中からはより一層強いお茶の香りが鼻孔を刺激した。霊夢に至っては急激に喉が渇きを覚えるほどだ。
香霖堂の中のカウンターに座っているのは青色をベースにしつつも全体的に奇怪な模様の描かれている羽織を来て四角の眼鏡をかけている男性がいた。髪の毛は白く、頭部のつむじからぴょこんとアホ毛が跳ねている。
彼こそがこの香霖堂の主、森近霖之助だ。
霖之助は魔理沙たちを見るや体を起こして対応した。
「おや、霊夢さんに魔理沙さん。貴方たちが来るなんて珍しいですね」
言葉こそ丁寧で嫌気は微塵も感じさせないが、言外には借りたもの及び奪った物を返してほしいという意図がこれでもかというほど詰め込まれていたのだがそんなものが居直り強盗と同じかそれ以上の神経を持つ博麗の引きニートと強盗愉快犯魔女には通用しない。
「紫に頼まれたからよ」
「そうでしたか、それでもありがたいことです」
まあそうなるだろうなとある種、諦めの境地に至っているためか霖之助は深く追求せずに今は助力してくれることに感謝した。
「霖之助も珍しくやる気だな」
「この近くには里と、魔理沙さんの家がありますから」
霖之助はこの里が、幻想郷そのものが気に入っている。ここまで誰かに優しい世界はあまり類を見ない。かつては忌み嫌われた者ですら受け入れてくれる世界、それは弱い霖之助ですら自ら守ろうとするほどに心地よいのだ。
それに加えて昔馴染みの魔理沙の家、魔道具店の霧雨亭には度々世話になっているため守りたいと思っていた。
「ところで此方のお嬢さんは?」
霖之助の視線がメンタに向けられ、待ってましたと言わんばかりにメンタは叫んだ。
「ウッハ! 何ですかこのイケメン!? すっごい優男だけど戦力になるんですかね? ぶっちゃけ戦闘とか弾幕って女の特権なのでこの人の出る幕あるんですかね!?」
霖之助は肉体だけでなく精神もそれなりに弱い。初対面の女子からそんな言葉の刃を食らえば霖之助の心など簡単に八つ裂きになってしまう。否、メンタもそれなりに容姿が良いため大抵の善良な男性は折れる。
「ひ、酷い……」
「おう、今日は毒舌だな」
魔理沙にしてみればいつも通りのことなので、貧血を起こしたように倒れかけた霖之助をそっと支える――ということはしない。裾とか襟を掴んで畳に捨てる。霖之助も慣れたもので悲鳴一つ上げずに悶絶する程度だ。
畳から起き上がった霖之助は霊夢たちを見上げた。霊夢もその視線を一瞥して紹介を始めた。
「紹介するわ。こっちはメンタ。外来人で今は博麗神社で扱き使っているわ」
「家事が一通り出来るから重宝しているんだよな」
いつも汚れている博麗神社からすれば無駄にハイスペックな性能だ。それに加えて参拝客が来なくても神社の清掃もしているのは霊夢も魔理沙も知っている。最も子狐にやらせているためメンタは寝所でゴロゴロしていることもしばしばあるのだが。
「そ、そうなんですか……ちなみに戦力としては?」
霊夢の『馬鹿ね』と言わんばかりの視線に霖之助は悪いことを聞いたような表情になり居たたまれなくなる。そんな霖之助に追撃をかけるように霊夢が口を開いた。
「あんたね、幻想郷歴三か月の子に何期待しているの? 性格はアレだけど結構な逸材よ。ちなみに一か月で1200枚弾幕作って実用化したのは10枚だけだけどね」
「評価するのかしないのかはっきりしろや」
スペルカード作成も常人で一枚から五枚が限度と考えればメンタがどれだけ異常なのか良く分かるだろう。それに加えて巫女としてもそれなりに適正があるためクソニートである霊夢も博麗神社に置いている。
「一か月で1200枚ですか……早苗さんの348枚の記録を越しましたね」
「正確には1255枚です!」
この数になると50枚前後はもはや誤差の範疇と言える。そんなメンタの声はスルーされて、霖之助が立ち上がって衣服を整える。
「それはさておき。今回の防衛戦の概要について説明します。ここでは何ですから歩きつつ話しましょう」
「スルーですか!?」
メンタも何かしらのリアクションが貰えると思っていたため『ガーン』と擬音が出そうなくらいショックを受けていた。それも意に介さず霖之助は続けた。霊夢と魔理沙も仕事の話となれば別人のような真面目な表情を作る。メンタもそれに倣って肩の力を抜いて身構えた。
霖之助の後に続いて香霖堂を出て、外に出ると里の喧騒はすっかりなりを潜めて不気味な程静かな静寂が耳鳴りになって返ってきていた。
霖之助が取り出したのは防衛戦になる里とその周囲が書かれた地図だ。その地図を霊夢たちが見やすい位置に持っていき、その内の一か所を指差して続けた。
「まず敵の数はおおよそで500体です。霊夢さんと魔理沙さんが各200体ずつ相手して、私とメンタさんで50体ずつ相手すれば駆逐できる計算です」
妖怪一体辺りの強さは個体によって違うが、どれにしても人間に勝ち目はない。例えどんな力自慢の人間でも妖怪の強さはそれを上回る。しかし人間でも対抗できるように開発されたのが実弾形式のスペルカードだ。しかし実際のスペルカードよりも華やかさは落ちるし見栄えも悪いため男女ともに不評だ。それでも金になるなら――と職に手をつける人間は何処にでもいるものだ。無論、それを使ったからと言ってすぐさま妖怪を倒せるわけではない。妖怪は犬や猫よりも素早い個体が多く、弾丸が当たらないことの方が多い。各地に駐屯している陰陽師にもそれは言えることで、要は自らの肉体を鍛えてない者が妖怪退治に出かければ100%死亡に繋がる。
そんな妖怪が500体。妖怪退治専門の巫女や魔法科使いがいなければこの里はもっとパニックに陥っているし半妖である霖之助もわざわざ餌になるほどお人好しではないためさっさと何処かの里に拠点を移していただろう。
そんな中でも霊夢たちは冷静だ。500という数は少ない。しかしかつての強敵を思い返せば然程の相手ではないことも確かだ。それに先は3000近い妖怪と戦ったのだ。今更500程度で苦労するわけもない。
「200か……弾幕を実弾化すれば行けそうね」
「そもそも殺害前提に作ってないからな」
「オレは作ってますけどね!」
ええっ……、と、霖之助が呻く。スペルカードは幻想郷における女性の花型と呼ばれるものだ。それをむざむざ殺害前提に作るなど愚かしいと言っても過言ではない。そんな霖之助の視線を受けて魔理沙がフォローを入れた。
「お前は例外だ。しかしメンタのスペルカードなら一人で500体くらいは行けるんじゃないか?」
「そうですねぇ、爆符なら100体前後は倒せると思いますよ」
妖怪100体をたった一枚の札で殺すなど、そんなこと魔理沙には出来ないし霊夢にも難しい。能力を使えば別だが、メンタは自身の能力と無関係に100体を殺害できるのだ。それが如何に異常極まることかメンタは気付かないし霊夢たちは教えることは無い。その方が面白いと思っているから。何処まで高みに登れるのか楽しみでもあるから。
「後は能力を使うかどうかだが……」
「だ、大丈夫ですよ。足止めにはなりますから」
「……ま、なるようになるわよ。私と魔理沙で200、メンタが100。霖之助は討ち漏らし担当ね」
妥当だ、と魔理沙は思う。霖之助は初頭から戦力換算に入れてないし、メンタの先程の実戦の疲弊を考慮した結果だ。相応のことが起きることも危惧してこの数を指定した。もしメンタが途中でダウンすれば霊夢と魔理沙は200強ずつ相手にすることになるのだが、魔理沙たちにとっては然程の苦痛ではない。
「なんか、申し訳ないですね。自分の非力さが恨めしい」
霖之助も戦闘面でまるで役に立たないため少なからず負い目を感じている。適材適所ではあるのだが、大の大人が少女たちの力を借りるというのはやはり大人としてのプライドを傷つけていた。
そんな霖之助の想いを知っている魔理沙は重苦しい雰囲気を断ち切るように茶化した。
「報酬は今までのツケを払う感じで良いぜ」
「あ、私も」
「げぇ……」
霖之助は嫌そうに呟いた。霊夢たちが溜め込んでいるツケ、文字通り金銭のツケは一回、二回ではなく既に五、六年分溜まっているのだ。例え今回の協力で減らしたとしても到底清算し終えることは無い。何故なら霊夢たちは自発的に借りを増やしてそのまま返すことは無い。
「じゃあ何、あんた一人でやる?」
門の前に来ると霊夢がもうそこまで迫って来ている妖怪の群れを指差して告げた。勿論、霖之助に頷く以外の選択肢など無く、泣く泣く承諾した。とはいえ霊夢たちの実力は良く知っているため心強い。万が一突破されたとしても左手に用意してある防衛結界で里は守ることが出来るためその間に狩れば良い。
「わ、分かりました。頑張ってください」
「後でそんなこと言ってないとかなんとか抜かしたら次は手伝わないからね」
「そこら辺は商売人ですから、約束は守りますよ」
要らない問いだったわね、と霊夢は内心で悔いる。そんなことを言わなくても霖之助は約束事は守るし破ったことは無い。むしろ商売人に対しての侮辱にもなり得た。
霊夢は意識を切り替え、メンタの背中を押して前線に放り出す。
「じゃ、良いわ。メンタ!」
メンタは迫ってくる妖怪を見て薄ら笑った。
「はい! 能力発動!」
メンタが叫ぶと同時くらいに敵の動きが鈍る。しかし流石500体というだけあって全てを制御しきることは不可能だった。少しずつではあるが妖怪たちの足取りは里へと向かっていた。幻想郷に来て間もないころのメンタであればこんな芸道は難しかっただろう。だが、成し得たのはメンタの異常な狂気に近い好奇心と向上心の賜物だ。
「こ、これは?」
急激に足取りが鈍った妖怪を見て霖之助が驚愕する。
「メンタの能力、理性を操る程度よ。最初は暴発しまくってエラいことになったけどね」
油断していた霊夢が操られて魔理沙を襲ったり、逆に襲われたり、はたまた獣に襲われたり酷い時は参拝客を操ってお賽銭に万札を投下させたりしていた。加えて能力が発動した前後の記憶は少々曖昧になるため霊夢にも魔理沙にも不用意に使うなと念を押されている。そうしなければいけない程にメンタの能力は危険な代物だ。
「ぶっちゃけ獣や知能の低い妖怪とか馬鹿とかは相性悪いですけどね――っと」
三人ともに軽口を叩きつつも懐からスペルカードを取り出して正面に掲げた。
「爆符「連鎖する雷轟爆裂」!」
「恋符・マスタースパーク!」
「無想封印!」
メンタのスペルカード、爆符「連鎖する雷轟爆裂」は直径350メートルをふっ飛ばす直下型の爆発だ。しかもメンタが狙った起爆位置から爆発を引き起こすため事前に対策をしていても中々防げるものではない。現に、妖怪たちが進む真っ只中にぶち込んだため妖怪の肢体は爆散し、骨や肉片を飛び散らせて核すらも残していない。轟音が地面と下っ腹を揺るがし、暴風がメンタたちの髪を揺らした。
「う、うわ!? なんて威力ですか……」
霊夢と魔理沙の必殺技に匹敵する威力と二人の攻撃範囲を上回る範囲に霖之助は袖で顔を隠しつつ戦場を見た。実に、今メンタが殺害した数は400を超える。霊夢と魔理沙も改めてメンタの爆符の威力を確認し、背筋が震えた。
「ざっとこんなもんよ」
「楽勝だぜ」
二人の楽観視にメンタはまだ戦場を見続けていた。
「……いえ、まだ終わってませんよ」
「何言ってんだメンタ、もう敵は――」
ゴウッと土煙を払う音と共に現れたのは一匹の人型妖怪だ。身長はメンタと同じくらいで髪は艶のある黒。肌は少々褐色で耳は鋭く尖っている。何よりも目立つのは鋭い八重歯と背中に生えている蝙蝠のような羽だ。
「ククク……中々堪えたわ、小娘ども」
バサリ、バサリと羽をはためかせて土煙を霧散させる姿は強敵を思い浮かべさせた。
「なっ、あれを耐えきったのか!」
メンタの爆符は並の妖怪ならご覧の通り木っ端微塵になるほどの威力がある。それを防いだともなれば霊夢たちとて油断は出来ない。
「雑魚……では無さそうね」
「そうとも。私はバインパインア、闇の四天王の一人!」
高らかに名乗りを上げると共にメンタのハイライトの無い瞳が怪しく輝いた。魔理沙はそれに気付いて震える。言わば『メンタのスイッチが入った状態』になったからだ。つまり、今ここにメンタの異常性癖が毒ガスのように猛威を振るった。
「お、おお! 一瞬バンパイアって聞こえましたが気のせいでしたね! ついでにロリ巨乳と来ましたか! となると鉄板は優男と組み合わせですね! はっ! ちょうどいい所に優男がいやがりますね! 霖之助さんがあのロリ巨乳をボッコボコのフルボッコにして勝利し、香霖堂の地下室にお持ち帰りして鎖で繋いでからご休憩しながら左手に持っている触手増殖器で人様にはお目に掛かれない姿にするのも良いですね! いやむしろグッジョブです! そして散々体を弄り回した後に媚薬を飲ませて喘がせて動画にとって上げるんですね! 分かります!」
霖之助は驚愕する。まさか、まさか少女の口からそんな言葉が飛び出るとは思っても居なかった。ついでに言うとそんなことを言うとは微塵も思ってなかったから精神的ショックも大きい。
そしてその不気味な視線に囚われた自称四天王バインパイアは両手で自分の体を抱え、そのボリュームのある胸を押し上げつつ抗議した。
「ひぃ!? け、ケダモノ!!」
流石の霊夢もここでメンタの異常性癖が爆散するとは思ってなかったためすぐさまストップをかけた。
「ちょっとメンタなんてこと白昼堂々言ってるのよ!」
「そうだぜ! 流石に放送禁止用語連発するのは洒落にならんぜ!」
「それより私はそんなことしませんから! それにこの左手の物は防衛用の結界装置ですから!」
三者三様にメンタを留めようと必死になるが、メンタは止まらない。否、止まってはいけないと自分に言い聞かせて腐腐腐と呟きながら両手を気持ち悪いくらい滑らかに動かしながら続けた。主に、霖之助に向かって。
「いやいや隠さなくて良いんですよ? 優しい男は常に下半身で物を考えるって何処かの雑誌に書いてありましたから。それにそのルックス。モテないと見せかけて最近店に来ているアリスさんとイケないことして――あ、鼻血が……」
メンタと霖之助が合ったのは初めてで霊夢にしろ魔理沙にしろアリス・マーガトロイドと引き合わせたことは無いのに何故アリスが香霖堂に通っていることを知っているのか、と驚いた。
無論、メンタが言った言葉はでまかせに過ぎない推測と憶測と妄想に過ぎないのだが、霊夢は真剣に受け取ってしまい、バインパイアに向き直った。
「さ、最低! ちょっとそこの闇のなんちゃら! 今すぐ逃げなさい! 見逃してあげるから!」
「え、ええ、そうするわ」
バインパイアとて万全ではない状態でこんな異常者を相手に出来るほど精神が強くない。むしろ敗北した時、我が身がどうなってしまうのか思案することで頭が一杯になっていたところに霊夢の提案が来たためすぐさま撤退をした。
彼女はバサリバサリと羽をはためかせ、何処かへと飛んで行ってしまった。
「ちょ、誤解ですってば!! メンタさんもいい加減にしてください!」
霖之助も自分の事ならまだしもアリスまで巻き添えにするのは良心が咎めたためメンタを注意した。しかしメンタはニヤリと笑って告げた。
「でも無血で撃退出来ましたよ?」
「私の株ガタ落ちですけどね!?」
確かに霊夢たちの中でも霖之助の株はかなり落ちている。ましてや完全に否定しないところがマイナスに拍車をかけていた。
「いっそ妄想もそこまで爆発させれば武器になる、か」
「魔理沙、あんたには無理だから止めておきなさい」
「やる気はさらさらないぜ」
このままでは更に株が下がりかねないと思った霖之助は強引に話題を変えた。
「ともかく! 防衛には成功しました。僕は今から里に知らせますので皆さんは先に僕の店に行っていてください。お茶くらいは出しますから」
霖之助の仕事は戦いの前と後だ。この後はすぐにでも里の人間たちに防衛成功を告げて安心させなくてはならない。それに加えて紫に報告するのも忘れない。霖之助は戦闘以外であれば何かと有能なのだ。
「私、玉露以外飲みたくないわ」
「同じく」
「そうですねぇ、腐腐腐」
しかしそんな思惑は知ったことではないと霊夢たちは我儘を言い出す。今に始まったことではないとはいえ、幻想郷においても玉露は手に入りにくく希少なお茶だ。霖之助も滅多に飲むことはなく、紫が来た時くらいにしか出さない。
「――っ!? ……ま、まあ考えておきます」
――どうせ飲むんだろうなぁ……と考えつつ霖之助はその場を後にする。懸念されるのは床下に隠してあるインスタント食品だ。恐らく根こそぎ持っていかれると思いつつ心の中で涙を流した。
メンタ「香霖堂の店主は変態ケダモノ色物両刀でしたね」
霖之助「誤解です!!」




