第九話 霊夢、上ですよ!
グラたん「第九話です!」
季節は六月の下旬。
メンタが博麗神社で働いて早二か月が過ぎようとしていた。
そして今、博麗神社では霊夢&メンタ対魔理沙の弾幕合戦が繰り広げられようとしていた。霊夢と魔理沙はいつも通りの装備だが実際に使う弾幕よりは威力を下げている物を使い、メンタは手数の多さで圧倒していた。
「制約の履行完了です。解放! ブラックレイジ、発動します!」
「なんでゴッドをイーティングしてるんだお前は!!」
「メンタ! 金色の魔理沙の反応があるわ!」
霊夢の挑発に魔理沙はその金色の髪の毛を揺らし、鬼の形相で振り返る。
「私のことか霊夢! マスタァァァスパァァァァク!!」
「フフフ、そんな攻撃当たらないわよ!」
「霊夢上ですよ!」
「その不吉ワードは止めて!?」
余談だがこの幻想郷においてもゲームという物は存在し、そのネタを飛ばしたとしても霊夢たちには通用するのだ。特にこのクソニートが持っているゲームの種類は一昔前のモノから最新のブツまで揃えてあり、放って置くと一日中攻略最前線にいるようなニートっぷりを発揮する。
「スペルカード発動します! 爆符「連鎖する雷轟爆裂!!」
メンタのスペルカードが空中で爆散し、追尾するように弾丸が霊夢たちを襲い、爆発を繰り返して行く。霊夢も魔理沙も迎撃するが意外なことにメンタのスペルカードの威力は霊夢たちにも負けておらず強力な一撃となっている。
「ぐっ! 範囲技か!」
「メンタもやるようになってきたわね」
「えへへ、まだまだですよ!」
しばらく戦い、日課となっている訓練も終わりを迎える。神社の縁側に三人ともに座り込み、呼吸を整えていく。特にまだまだ体力のないメンタの息切れは酷く荒く、魔理沙がその背を擦っている。
「さて、弾幕の練習も一段落付いたわね」
「はぁはぁ……毎度のことながら疲労感パないです」
そもそもこの二人がおかしいとメンタは感付いているがそれを言った所で訓練の量が減る訳でもないため黙殺している。少しして魔理沙が話題を振った。
「そういえば二人はこの間の事件知ってるか?」
「ん? 何のこと?」
「何でしょうか?」
二人のその反応を見て魔理沙は半眼で霊夢を見た。
「メンタはともかく、霊夢が知らないのはちょっとヤバイぜ。引き篭もりも大概にした方が良いな」
「私は妖怪退治専門なのよ。そこらの事件は興味ないわ」
「その妖怪退治専門家さんが動かなかったから事件になったんだが?」
そうまで言われれば霊夢とて気にはなる。動くかどうかはまた別の問題だが。
「どういう意味よ」
「どうもこうも、無縁塚に妖怪がわんさか出没しているって話だ」
「それで?」
「ブンヤ烏の話だと、そこにいる妖怪は全部人食いで異世界から連れて来た人間を結構な量食べているらしいぜ」
ガタン、と音を立てて霊夢が立ち上がる。
「ちょっと待って何よそれ! 妖怪がそんなことしてたら私が気付くわよ。例え私が気付かなくても紫なら――」
ゆらりと魔理沙の背後の空間が歪み、金色の九本の尾を持った女性、八雲紫が現れる。何の音もないためか急に現れたようにも見え、気付く方は一々心臓に悪い。それは紫も気付いているが狐の性分からか毛頭止めるつもりはなく反応を見ては内心で楽しんでいる。
「残念だけど、私の感知にも反応していないわ」
今回も魔理沙が驚き、霊夢とメンタも呆れつつ紫を見上げた。
「だぁ!? お前な! 毎回急に出てくるの止めろよな!」
「でも幻想郷には紫の結界が張ってあるから外来者が来たら紫が真っ先に分かるはずよね?」
「そうだけど……何故か反応しないのよね」
紫も霊夢も一度黙り、そこへ魔理沙が口を挟んだ。
「……もう一回結界張り直した方が良いんじゃないか?」
結局はそれが一番良いと紫は思い直し、頷く。
「そうするわ。ああそれと無縁塚の件はほとんどの人が知らないわよ」
「そうなの?」
「そう。だから霊夢がゴロゴロしている間に相当数の外来者が食べられているわ」
そのあまりにも酷い事実を突きつけられ、霊夢は憤慨した。
「ちょっと! それ先に言いなさいよ!」
霊夢は、自分がこの幻想郷を守るべき人物であることは自覚しているし人間が襲われていれば素通りせずに助けるくらいの気概は持ち合わせている。特に被害が出ている後であれば霊夢のやる気は否応なく最大値まで上がり、妖怪退治に向かう。
普段こそ他の誰かが傷つくのを屁とも思っていないが一度仕事モードに入れば霊夢は片っ端からお片付けを始めていく。それこそ、いつもの引きニートの影は何処にもない。現に今もメンタですら『コイツ誰でしょうね?』と疑問視させるくらいだ。
「霊夢なら気付くと思っていたんだけどねぇ」
紫もそう言うが博麗大結界を誰にも感知させずに突破してくる輩だ。霊夢が気付かなくても無理はない。大事なのは過去よりも未来であり、事件の早期解決だ。
「魔理沙、メンタ、今すぐ妖怪退治に行くわよ!」
「おう!」
「分かりました!」
幸いにもここには才能のずば抜けた巫女と幻想郷屈指の魔法使い、そして新顔とは言えど博麗神社で巫女見習いをしており霊夢と魔理沙に鍛えられている少女がいる。
三人が現場に向かった後で紫は縁側に腰かけて霊夢が飲みかけていた湯飲みを手に取って一口含み、空を見上げた。
「それにしても私たちの結界を無断ですり抜けられる妖怪ねぇ……」
博麗大結界は紫を含めた五匹の大妖怪が築き上げた最大規模の結界であり、外部からの干渉を極めて少なくする魔法が施されている。それに引っかかるモノがあれば紫が排除もしくは受け入れることになっている。また、地球から来た者、通称『外来人』を受け入れるのも紫の仕事だ。
とはいえ時には博麗大結界を破壊しようとする妖怪も多々おり、それらはその時居た賢人が駆除することになっている。交戦時は大抵一人であり、二人以上になることは滅多にない。五人が総がかりで戦ったことなどそれこそ数えるほどでしかない。また、それだけの力を使う妖怪が居ないからということもある。
しかし紫たちとて危険視する存在はいくつか存在する。一つは何処からかやってくる神々。大抵は良き神であり友好的なものや物見遊山が趣味の神様だ。
だが、中には悪意を持って侵略してくる悪神や邪神もいる。それはそれで対応する神様がいるから紫たちが心配する必要は皆無なのだが。
次いで危険なのは月面に住む者たちだ。その姿は兎の形をしていたり人型であったりとマチマチだがその科学技術や魔法文明は侮ることが出来ないほど強力だ。無論、月面と幻想郷が大戦争をしたのも一度や二度では無い。一番長い時でおよそ百七十年もの間戦っていたこともある。
しかし今回の襲撃者はそれらとは違い、紫たちに気配を悟らせない相手だ。
霊夢たちが置いて行ったお団子を齧りつつ、紫は一つ溜息を吐いた。
場所は変わって無縁塚。
無縁塚とは文字通り縁も所縁も無くなった者たちが集う場所のことでそこに住んでいるのは主に妖怪や獣だ。そしてそれらは漏れることなく人肉を好む。
しかし近年では人里に結界が張られているためか妖怪たちが人間を襲える場所は数少なくなっており、時には地球へと向かって人間を攫い食すこともザラにある。
辺りには白い骨の欠片や血の臭いが漂っていて無性に吐き気を覚えるような場所だ。そしてその全てが妖怪たちに囚われた外来人たちの末路だ。運良く生き延びられる者など、それこそ何か特殊な能力や戦闘力でもない限り妖怪から逃げることは不可能だ。
やってきた霊夢たちも顔を顰めながら襲い掛かって来る妖怪たちを相手にしていた。
妖怪たちの目はいっそ狂気を帯びたように爛々と輝いている。食肉が少なく、腹が減っている性だろう。当然、人間の、それも上物の女子の肉ともなれば理性を保っている妖怪の方が少ない。妖怪たちは猛り襲ってくるが、今回は相手が悪い。
「オラオラオラ! 無想封印! 無想封印!」
「マスタァァァスパァァァァアアアアク!!」
「新符「乱れ交じわらぬ夜影」!!」
人間の最強格二人とそれに追随する少女が相手だ。生半可な妖怪はあっという間に駆逐され、普通に相対すれば強いはずの妖怪も簡単に肉塊に変わっていく。
特にメンタのスペルカード、新符「乱れ交じわらぬ夜影」は自身を起点として前方120度に弾幕を放射し続ける。一枚の中に数千発の弾丸を入れる辺りメンタの天才性が伺える。
『くぎゃぁぁぁぁ……』
しかし妖怪とて伊達では無い。それこそ核が破壊されない限り不死に近い再生能力を有しているのだ。それが例えどんな雑魚であろうとも。勿論そんなことは霊夢たちも分かっておりスペルカードを乱射しながらも隙あらば的確に核を撃ち抜いて完全に停止させていた。
「ったく! 次から次へとゴキブリみたいに湧いて来るわね!」
ここに居る妖怪はおよそ三千強。核を破壊しなければいけないことを考えるとその三倍、九千近い数を想定していた方がまだ賢明と言える。
「しかも一体一体が地味に強いぜ」
当然、妖怪たちは人肉に飢えているのだから必死だ。それは動物の生存本能と言っても良い。仮に霊夢たちでも餓死しかねない状況なら妖怪たちと然程変わらない動作を行うだろう。
「愚痴っている暇があったらメンタばりに働きなさい!」
「お前もな!」
お互いに叱咤し合い、奮起を促す。霊夢にしろ魔理沙にしろこの程度の敵は作業だ。スペルカードを発動させ、穿ち、倒す。その三工程だけを淡々と繰り返すだけというのは地味に精神を削られる。逆にそれを無双ゲーと捉えて喜々として弾幕をぶつけるメンタはある意味妖怪退治の才能がある。
――それにしても多いな……一体誰がこんなことをしているんだ?
魔理沙は疑問に思う。いくら妖怪が、それも餓死寸前の状態とは言え完全に勝てない相手と分かれば別の獲物を狙う方がよほど賢い。否、それすらももう許されないほどに飢えているのかもしれない。
だが、魔理沙の見解は違った。魔理沙は魔法使いであるが故にある程度相手の状態を魔力や霊力を通じて見ることが出来る。そしてその視た先にあるのは『洗脳』と『狂乱』の二つ。
「ぐぎゃ! ぐがっ……あ、主……」
ふと耳に入ったのは偶然だろう。それでも聞き流さず、魔理沙は視線だけを彷徨わせてその声を追う。
「主……」
「ぎゃがあああ! あ、主様がぁぁ……」
――なんだ? こいつら、言葉が……。
不審に思ったのは一瞬だ。そして行動に移るのは視界に捉えてから一秒に満たない時間の中だ。
言葉を発した妖怪の一匹は何とか逃げようとして後退をしている最中だ。その背を踏み付け、魔理沙は辺り一面に弾幕を展開して時間を稼ぎつつもその妖怪に詰問した。
「おい、お前!」
「ぎっ!?」
背中に重たい衝撃を食らい、妖怪の一匹は手足をばたつかせる。
「お前の主は誰だ! こんなことをさせてる奴は誰だ!」
魔理沙が問うと妖怪は動きを止め、薄ら笑いを浮かべたまま振り返った。
「ぎ、ぎひひ……知ったところでお前らにはどうすることも出来んぞぉ」
――やっぱり言葉が通じる!
言葉を話せる妖怪というのは妖怪の中でも上位種に辺り、対話が望めるということだ。最も元が下位種であればその思考は寝る、食うのどちらかしかないため無意味になるのだが、この妖怪は幸いにも当たりらしく魔理沙の言葉に応答していた。
「言え!」
「ぎひっ! ……知りたいか? 知りたいのかぁ? ならば言ってやろう。そして後悔するが良い! 我が主は気高き吸血鬼レリミア様だぁ!」
「なっ――――!?」
魔理沙は驚愕した。何せこの妖怪たちに命令を出しているのはあの気高い吸血鬼のレミリアだからだ。
妖怪が言った言葉は全く別の人物なのだが、戦場で、それも名前がそんなに変わらないともなれば聞き間違いくらいは起こる。
「ぎひゃひゃひゃ! せいぜい絶望して死ね!」
それを皮切りに妖怪は高らかに笑い、体内に残っている魔力を一か所に集めて行く。
――自爆か!
魔理沙は素早く離れ、防御用のスペルカードを展開して爆発を防ぐ。そして今の妖怪が完全に跡形もなく爆散したのを見て舌打ちする。
思考は次に至り、新しいスペルカードを発動しつつも紅魔館にいる吸血鬼を、付き従うメイドを、仲の良い図書室の主を、微かに記憶に残っている門番を思い浮かべる。
――嘘だ、レミリアの奴が? この前はフランの件で失敗したのにまた何かしているのか?
時は少し遡ってメンタたちが来る前。ほんの一年前の話だ。
紅魔館の主であるレミリア・スカーレットは力の制御が出来ない妹のフランドール・スカーレットのために図書館の主ことパチュリーと魔理沙の協力の元に一つの事変を引き起こした。それは『幻想郷に居る間は能力を使えなくする』という魔法の理に反する魔法の開発だ。開発には成功し、それを実行した。
だが、その魔法は規模が大きすぎた。魔法は幻想郷を覆いつくし、幻想郷に住む全員の能力を封じてしまったのだ。当然、それは人間も妖怪も隔たりなく能力を失い、霊夢も紫でされも能力を封じられてしまった。特に紫は持前のスキマを使っている最中だったため急に能力が失われて境界線が切れて上下泣き別れにされてしまいそれを見た藍が失神した。意外だったのは普段クソニートである霊夢が能力を失ったおかげで働き者になったことだ。否、異変であれば動くのが霊夢なのだがこの時の輝きは『もう二度と見られない』と魔理沙に言わせるほどだ。
無論、異変を発動させたことによりフランドールの能力は失われて当のレミリアや咲夜たちは喜んで地下牢獄へ向かい、扉を開いたのだが――フランドールは依然として狂気を宿したままだった。スカーレット姉妹は吸血鬼であると同時に鬼種でもある。ただの一般人と化した、より正確にはちょっと強いだけの人間に成り下がった咲夜と魔理沙が対抗出来る訳もなく、最後はレミリアがフランを泣く泣くぶん殴って気絶させて事無きを得た。
そのすぐ後に『心が綺麗で働き者の霊夢』が駆けつけたが事変は解決しており、能力が戻った瞬間、誰もかもがいつも通りに戻った。そしてレミリアとパチュリーと魔理沙は紫に大人しく怒られた。善意こそあったが非は完全に魔理沙たちにあったため何も反論は出来なかった。
数日後には紅魔館も平常通りの動きを見せ、その傍らでレミリアたちは反省会を開いた。そして事実の一つとして『フランドールの狂気は魔法では治せない』という悲しい真実だけが残された。当時は理論だけでもかなり期待していたレミリアはこの結果に酷く落ち込み、数週間は好物の赤ワインも咲夜の料理も喉を通らなかった。
498年生きて来た中で最も期待したためかその絶望は底しれなかった。
それには魔理沙たちもレミリアの復帰に全力を尽くしたものだ。だが――。
――いや、それよりも……そんなことよりもこれは許してはおけない!
レミリアはそんなことをする奴じゃないと思っていたからこそ、この所業は到底許せることでは無かった。
「恋符・マスタァァァスパァァァァアアアアク!!」
そしてそれを見過ごしている友人たちにも苛立ちを感じ、手に込めた愛用の木札を力強く握りしめて叫んだ。
その気持ちに答えるように雷光は一際強く輝き、並み居た妖怪たちを核ごと消し飛ばした。それがちょうど最後だったのか周りに妖怪の気配は無い。
霊夢とメンタも膝に手を付いて息を切らしていた。特にメンタの疲労は霊夢の数十倍に匹敵する。今尚気絶しないのは『そこまで世話になりたくない』という意地からだった。
「はぁ、はぁ。流石に堪えたわ」
「ぜぇはあぜぇはあ……クエスト、完了……です」
そんな二人の呼吸が整うのを待ってから魔理沙は告げた。
「二人とも、ちょっと良いか?」
「何よ、今疲れているから後にしてくれない?」
霊夢の気だるそうな声に魔理沙は首を振るってから答えた。
「後には出来ないな。今回の首謀者が分かった」
ピクリと霊夢の肩が動き、ゆっくりと冷徹な表情で顔を上げた。この状態の霊夢であれば十分信頼できるため霊夢の言葉を聞いてから続けた。
「……本当?」
「ああ、妖怪の一匹に白状させたらレミリアだと言いやがった」
霊夢の視線が一際冷たくなる。
「……レミリア……あの吸血皇女ね」
「流石に事変で片付けるにはちょっと無理があるぜ、これは」
魔理沙の声も少しだけ怒りに震えているのを霊夢は見逃さなかった。ともかくここの討伐は終わったため帰って紫に報告し、次の指示を受けるのが妥当だろうと霊夢は考える。
「そうね。とりあえずは紫に報告ね」
霊夢が踵を返した先には悲しそうな表情で空を見上げつつ、手に持っている日よけの傘をクルクルと回している紫がいた。そして霊夢たちの視線に気づいて紫は手を止めて視線を霊夢たちの方に向けた。
「その必要は無いわ」
「だぁ!?」
魔理沙は相変わらず慣れずに驚く声を上げた。紫はクスクス笑いつつ続けた。
「手際が良いわね、こっちは終わったわよ」
「ありがと。だけど、ちょっと不味いことになったわ」
それを聞いて霊夢は内心でげぇ、と思いつつ面倒くさそうに言葉を発した。
「なぁに? またなんか問題発生?」
それで済むのなら紫も悲しみと伴っていない。せめてその悲しみは言葉にするまいと紫は出来るだけ感情を押し殺して告げた。
「――妖怪が結界を破って人里を襲い始めたわ」
霊夢の心は凍り付いた。先ほど魔理沙から犯人を聞いた後でショックが大きかったからか、霊夢の表情は冷たくなり、必然的に言葉も底冷えするような冷たさを伴っていた。
「……そう」
代わりに魔理沙が表情を怒りに染めて語気荒く怒剣幕を発した。
「あの馬鹿、マジで何考えてんだ!」
二人のそんな表情を見た事が無かったからか、メンタは少し驚きながら霊夢の冷たすぎる視線にゾクゾクと背筋を這う快感を覚えていた。
――良い、良いですよ! もっと冷たい奴をお願いします!
などとこの空気の中で言うほどメンタは空気の読めない少女では無い。
「首謀者はレミリアで良いのよね?」
「そうね」
紫の問いに対しても霊夢の反応は淡泊な物だった。
紫もそんな三人の心情を察してか次の指示を与えることにした。
「そう……真意は後に確かめるとしても、今は香霖堂の近くにある人里に向かって頂戴。私の目算だと後五時間で襲撃されるわ」
「五時間……まだ少し猶予があるわね。人間をスキマで逃がせないの?」
少しだけ感情の戻った霊夢の当たり前と言えば当たり前の問いに対して紫は首を横に振るった。
「それが出来たら苦労しないわよ。霖之助が道具で襲撃を予知した性で里はもうてんやわんやパニックになって最悪よ」
「……あいつも珍しくミスったんだな」
「その責任もあってか霖之助が珍しく最前線に出ているわ」
「へええ……男前ね」
珍しく霊夢が褒め、紫は微笑しながら告げた。
「それ、霖之助の前で言って上げたら?」
対して霊夢は大袈裟に肩を竦めて呆れた声で拒否した。
「嫌よ。さ、急いでいくわよ」
「おう!」
「はい!」
三人が空中高くに飛び去り、完全に見えなくなった後で紫は微笑む。
「素直じゃないんだから」
霊夢にしろ魔理沙にしろ『近森霖之助』という人物はずっと縁のある人物だ。本人が『何でも屋』とか『魔法道具店』とか勝手に看板を掲げている性か二人だけでなく里人もよく香霖堂に足を運び、修理や里の結界の外に出るための護衛の手配をお願いしたりしている。
半妖怪である霖之助は真面目に商売はやらない。商売は趣味であり遊び半分だ。霊夢と魔理沙が店の中のブツを拝借しなければ、そんなのでも商売として成り立つような感じなのだ。何よりも半妖である霖之助が村八分されないのはその性格だ。冷静で、落ち着きがあり、誠実。そんなだからこそ里人からの信頼も多く寄せられており、しかしそれが今回は裏目に出てしまっていた。
「さて、私も……」
スキマを空中に開き、紫はその姿を消して戦場から少しだけ高い位置からもう一度顔を出して霊夢たちが戦闘をした場所よりも数百m先の崖を見た。否、そこは元々崖ではなく平地だった。――今は雷撃を落としたような焦げ跡と無数の斬撃跡に破砕跡が大地に刻まれている。白い大地には赤、黒、緑、青の液体が散乱していて何処からともなく腐敗臭が漂ってくる。
「くっさ」
紫は思わず鼻を抓み、涙目になりながらも視線だけはその跡地を見ていた。
「全く……誰がこんなことしたのかしらね」
紫が知る限り、この規模の破壊が出来るのは神と呼ばれる存在や霊夢たち巫女が本気で戦った場合だ。だが、今回はその誰でもない。
臭さに耐えかねた紫はスキマを閉じ、逃げるようにして自分の部屋に飛び込んで酸素を思いっきり吸って吐いた。
グラたん「PC……修理に時間かかるみたいです」
メンタ「ハードを粉砕しましょう!」
グラたん「それはやめて下さい!」




