マジカルミラクル
挨拶をしてくれた先輩に対して俺はどうもと返す。
「どうぞ、そちらに積まれた椅子のどれでも好きなものに座ってください」
小浮気先輩は丁寧に勧めてくる。俺は先輩の言葉に甘えて適当な椅子を出してそこに座る。
「それと結城君。ここはオカルト研究部ではありません。体裁としては文芸部、ということになってるのかしら」
俺のさっきの言葉を訂正する。なるほど文芸部。本ばっか読んでたらそりゃマジカルでスピリチュアルな事も信じてるかもな、と俺は自分を無理矢理納得させた。
「先輩。結城君が魔法を実体験したいと言ってました」
藤宮が綺麗に手を挙げ進言する。ま、魔法と言っても手品みたいたなものだろう。仕方ない、付き合ってやるか。
「魔法を実体験ですか……そうですね。ではこれなんてどうでしょう」
先輩はそそくさとボロボロのマントを取り出し俺に手渡す。なんだこれちょっとカビ臭いぞ。
「結城君。これを羽織ってみてください」
正直ちょっと嫌だったがここで抵抗しても何も意味をなさないだろうと俺は指示に従う。
なんだこの格好すごい恥ずかしい。
「羽織ったら椅子の上に立って……」
はいはい。椅子の上ね。
「そしたら思いっきりジャンプしてください」
先輩は笑顔で俺に言う。
「いや、ちょっと待ってください。小浮気先輩、椅子の上から思いっきりジャンプってちょっと怖いんですけど…」
俺はささやかな文句を垂れてみたが
「結城君、頑張って!」
という藤宮の応援の言葉に遮られてしまった。
ええい、ままよ!
意を決してジャンプする。
するとどうだろう。足が一向に床に付かない。そして僅かな浮遊感が体を覆う。浮いてる?あたし今浮いてるわ!
数秒対空した後身体はゆっくりと降りて行き、俺は再び地面を踏みしめる。
「どうですか。宙に浮いた気分は」
先輩は俺に感想を求める。
「魔法すげええええっ!!」
あまりの感動に俺の言語能力は死亡していた。
すごいぞー!かっこいいぞー!ぐらいしか頭に浮かばない。
「そのマントは、さっきの結城君が体験した通り一時的に身体を浮かばせます。これで魔法の事信じてくれましたか?」
先輩は下から上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる。
「結城君!」
藤宮が俺を大きな声で呼ぶ。藤宮の顔を見るとそこには。
すっごいドヤ顔をした藤宮の顔があった。
うん、可愛い。それは認めよう。
だが釈然としないこの気持ちはなんだろう。なんだろう。
とりあえず先輩の方に顔を戻し返答する。
「いえ、まだですね。もっと他の魔法を体験してみないと」
ま、ままま、まぁ?まだ手品の可能性もあるしー?信じるには時期尚早っていうか?
俺の発言を聞いて藤宮が頬を膨らませているのがわかる。
「他の魔法ですか…いろいろありますけどどれにしましょう?」
先輩が首を傾げていると藤宮がある提案をした。
「結城君も未来視やってみる?確実に見えるわけではないけど…」
未来視……すぐには効果はわからないが出来たら一発で魔法の存在を認めるには充分だろう。俺は藤宮の提案を呑んだ。
「未来視ですか…わかりました」と承諾する先輩。
先輩は俺に机を一つ用意して欲しいというので俺は後ろに積んであるものから一つ見繕う事にした。
未来視は少し難しいので私が少しお手伝いしますね、と言われ俺はわかりましたと答えた。
俺が机を出すと先輩はその上に直径6、7センチの水晶玉を置く。
「では結城君。私の前に座ってください。座ったらお手を拝借してもよろしいですか?」
先輩に自分の手を差し出す。え?片手でよろしい?了解しました。
先輩は自分の鞄から水の入った小瓶を取り出す。
「この小瓶の水をあなたの手にかけます。そしたら水を拭かずにそのまま水晶玉に触れてください」
俺は指示に従う。
「そうしたら目を閉じて。何か見えたら成功です」
俺は目を閉じる。2秒3秒と立つが何も見えてこない。ふむ、未来視は難しいらしいからな。失敗をする事もあるのだろう。と考えて俺は目を開ける。その瞬間ーーー
椅子が後ろに倒れる。そこに座っていた俺の身体ごと。倒れる刹那、藤宮の目を丸くし驚いた顔が視界に入る。
そして俺の視界はブラックアウトした。