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目を覚まして 2

 出仕するまでまだ時間があるのでセシリアを庭園へ誘った。

「セシリア、気分が良いなら散歩に行かないか」

「はい」

「さあ、手をどうぞ」

 差し出された手を取って立ち上がる。

 華奢な手は見た目通り滑らかな肌をしていた。

 手を引いて階下へ降りていく。

 ゆっくりと歩くセシリアの横顔は少し緊張していて、僕は歩調を合わせながら彼女が歩きやすいように声を掛けた。

「気持ちのいい風ですね」

 庭をゆっくりと歩くセシリアは穏やかな顔で笑っている。

「花の香りがします。 ここは庭園ですか?」

「ああ。 そこにテーブルがある、座ろうか」

 設えられたテーブルにセシリアを誘う。

 表情だけでも、彼女がここを気に入ったのがわかる。

「気に入ってもらえてよかったよ。

 ここは姉が大事にしていた庭園なんだ」

「お姉様がいらしたんですか?」

「ああ、嫁いでいったから、めったにこの屋敷には帰って来ないけどね」

「それはお寂しいですね」

「そうだね、この庭園も寂しがっているだろう。 ここを気に入ってくれたなら、いつでも自由に来てほしい」

「ありがとうございます」

 こう言って嬉しそうに笑うセシリアは幼い子どものようにも見えた。

 邪気のない純粋な笑顔、久しくそんなものは見ていない。

 知れば知るほど一人で生きてきた人間には見えない、彼女を心配している人がきっといるだろう。

 家族はいないと言っていたが…。

「君は…、君にも心配している人がいるんじゃないのか?」

 目が覚めた後に少し聞いたところによると、セシリアは南の生まれらしい。

 南大陸は一つの大きな陸地と無数の島々から成り立っている。

 その大小様々の島には名前の無いものや、伝わってこないものも多い。

 セシリアの故郷もそうした島国の一つらしい。こちらでは聞いたことのない名だった。

 正直、南大陸からこの中央大陸までよく無事に流れついたと思う。

 生きているのが奇跡だ。

 出来ることなら、彼女本来の居場所へ帰してあげたいが…。

 遠い、どこにあるかもわからない島を探す方法は容易くなく、見つかるまでかなりの時間がかかりそうだった。

「家族、と言えるのは神殿にいるみんなくらいです。

 母は私が幼い頃に亡くなりましたし、祖父も数年前に亡くなりました」

「他に家族や親戚はいないのか?」

 当然の質問だと思ったが、答える前にわずかな間があった。

「父は存命ですが、父は私の存在を知りませんから…」

 他の親戚なども会ったことはなく、いるのかどうかもわからないと言う。

 知らなければ悲しみようがない、か。

「会いたいとは?」

 愚問とは思ったが聞いてみた。

「そう思ったことが無いとは言えませんが、叶うことはないでしょう。

 突然娘がいたなんて言われても困るでしょうし」

「お父上には他に家庭が?」

「ええ、そう聞いております」

「そう、か」

 余計なことを聞いたと思ったが、セシリアは平静な様子だった。

「ただ、神殿のみんなは心配していると思います」

 神殿と聞いて目覚めた時のことを思い出す。

 真っ先に彼女が上げた名前。

「確か、ウル司教という方だったかな?」

 司教の元で侍史――、書記官をしていたと言っていたのを記憶している。

「はい! ウル司教は、私が神殿に上がった時からお世話になっている方なんです」

 祖父の紹介で神殿に入った時、セシリアはまだ七つだったという。

 きっとセシリアの祖父は自分がいなくなった後のことを考えて司教に預けたのだろう。

 育て親のような司教のことや神殿にいる友人のことを、セシリアが聞かせてくれる。

 セシリアがこんなに話すのは初めてだ。明るい表情とうれしそうな口調に、どれだけその場所をセシリアが大切に想っているのかがわかる。

 日常の暮らしに話が及んだところで、セシリアが口を押さえた。

「どうしたんだい?」

 可愛らしい仕草に笑みが零れる。

「申し訳ありません。 お城に行かれるんでしたよね?」

「なんだ、気が付いてしまったか」

 笑みを含んだ声で答える。

 確かにそろそろ行かなければいけない時間だが、申し訳なさそうな顔をしないでほしい。

 セシリアの話をもっと聞いていたいと思ったのは僕だ。

 時間になど、気づいてしまわなくてよかったのに。

 そんなことを言っても困るだけだろう。

「残念だな…、もっと君と話していたかったのに」

 社交辞令でよく使う言葉だ。

 だが、言葉通りの意味で使うのは、これが初めてだった。

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