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セシリアの想い

 金属のぶつかり合う音が聞こえてくる。

 剣の音だと直感してもつれそうになる足を速めた。

 転びそうになる度に前を行くフレイが手を引いてくれる。

 口止めをされていた彼もイリアス様に怪我をしてほしいわけなどなく、決闘場所に連れて行ってと願うセシリアの案内を引き受けてくれた。

 ざわめきと剣戟の音が徐々に近くなっている。その中にイリアス様がいるなんて信じられない。セシリアのことがなければそんなことはきっとしなかった。

「セシリア様」

 フレイの声がセシリアを呼ぶ。

「あちらに」

 指し示す先を見ると人垣の間にイリアス様が見えた。その手に剣が握られているのを見て背筋に冷たいものが走る。

 止めなきゃ、と思う前に口を開いていた。

「止めなさい!」

 セイレーヌから飛び出た言葉は力を持ち、当事者のみならず観客の動きをも奪う。

 イリアス様の近くにいた青年がいち早く驚愕から覚めて近づいてくる。

「神聖な決闘の邪魔をしないでいただきたい」

「神聖な?」

「そうです。 私と彼、どちらを信じているにせよ、黙って見守るのが女性の務めです」

「決闘の理由が私だとしてもですか?」

「ええ。 相手を信じて己の意志を賭ける、古来より伝わる美しき作法ですよ」

 薄い笑みを張り付けた顔には隠す気もない見下した瞳。

 胸に熱い怒りが込み上げてくる。こんなに怒ったことはない。

「私は何も賭けていません」

 見据えると青年が怯んだように口を閉じた。

「私をモノ扱いしないでください!」

 もう、嫌だった。

 意思と関係なしに決まる立場も、奪われる居場所も、何も聞いてくれずに向けられる悪意も、想いも。

「黙って勝手に私のことを決めないで!」

 お爺様が私のことを思って神殿行きを進めたのはわかっている。

 それでも私は、お爺様ともっと一緒にいたかった。最期まで傍にいて、傍にいてくれてありがとうと伝えたかった。

 そのお爺様が指し示してくれた道は私にとって大事な場所になって、ずっとそこで生きると思っていた、そのための努力は実を結んでいたはずだった。

 突然奪われるまでは。

 お父様や王妃様、お姉様と話をしてみたかった。

 思い込むのではなく、聞いてほしかった。『私』を知ってほしかった―――…。

 一方的に決めつけないで、どうしたいと思っているのか、一言でも聞いてくれればよかったのに―――。

 言葉に込めた思いが伝わるように、じっと見つめる。

 鼻白む青年とは対照的に、イリアス様は胸を衝かれたようだった。

 その瞳は葛藤するように揺れている。

 きっと、セシリアを守りたいと思ってくれたのだと思う。けれど、何も言わないで決めるのはセシリアの意思を無視するのと同じこと。

「私はこの決闘のことを知りませんでした。 賭けるべき意思がないのですから、決闘する意味もないはずです」

 セシリアは無効を申し立てる。これ以上戦うことに意味なんてない。

 怒りを込めた眼でイリアス様を見る。

 いくらイリアス様でもこれは許せない。

 守ってくれようとすることはうれしい。けれどイリアス様がそのために傷つくのは嫌だったし、何も知らせないのは酷い。

 絶対に勝つつもりだったとしてもセシリアに何も言わないのはダメだ。

「セシリア…」

 迷うように一瞬目を伏せる。視線から逃れることを許さずに目を覗き込むと、怯んだ身体が逃げようと仰け反り、やがて諦めたように瞳を見返す。

 怒っていたはずなのに揺れる瞳を見て怒りが消えていく。

(やっぱり、好き)

 どうしても本気では怒れない。

 セシリアを大切にしてくれているのはわかっていたから。

(決めるのは、私)

 自分の中でひとつの覚悟を決める。

 許してくれるのを待つのではなく、伝わるのを待つのでもなく、自分から決めて行動することを。

 心がすっと決まると自然にくちびるが開いた。

 届くのを願うのは止める。

 自ら伝えることを怖がらない。

 黙って諦めたりしない。

 だからどうか…。

(聞いて―――)

 決断すると全ての感覚がクリアになっていく。

 瞳がはっきりと彼の姿を捉えると、胸から愛おしさが溢れ出した。

『好きです』

 その想いで過去への思いを断ち切る。

 胸に溜まっていた悲しみ、それから…、多分少しの恨みも。

 捨てて生きると決めた瞬間、心が解放される。

(ああ、解けるってこういう感じ……)

 心が変われば呪いも揺らぐ。自分を絡めていた糸が完全に消えたのを感じ、セシリアは晴れやかな気分で愛しい人に手を伸ばした。

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