悪意の主
半月後、赤い封筒が屋敷に送られてきた。
中身は見なくてもわかったが、封を開けて文面を読む。
カードに書かれた文を見て封筒ごと破り捨てた。
「おいイリアス、大丈夫なのか?」
同僚二人が通り過ぎようとした僕を呼び止めた。
「大丈夫ってなにが」
言わんとすることはわかっていた。だがどうとも答えようがない質問をされても困る。
「お前が大事にしてる子のことだよ」
「聞いてるぞ。 伯爵が横槍入れてきてるって」
彼らが知っているということは当然王宮中に流れているんだろうな。話しかけてきた二人は騎士団の中でも耳の早い方じゃない。
それなのに聞いてくるってことは…。いったいどれだけの人間に伝わっているんだろう。
思わずため息を吐く。
「いや、うんざりしてるのもわかってるけど…それどころじゃないだろう!」
「決闘を申し込まれたと聞いた」
赤い封筒に入っていたカードは決闘状。
セシリアを召したいという手紙の返事を無視していたら業を煮やした相手が送り付けてきた。
騎士が決闘を申し込まれた場合、断るという選択肢はない。
貴族は代理人を立てることもあるが、イリアスは貴族である前に騎士だ。
騎士の誇りに懸けて戦いから逃げることなどできないし、セシリアの未来がかかっている。
「あの伯爵のことだから金に飽かせて腕の立つ代理人を立ててくるぞ」
「そうだろうな」
自分で戦おうとはしないだろう。剣の心得はなかったはずだ。
「そうだろうな…って」
「彼女は何も言わないのか?」
「…」
答えない僕に二人が表情を変えた。
「まさか知らせてないんじゃないだろうな?」
「それはマズイだろう。 当事者なんだし。 彼女が言えば決闘なんて無効だろ?」
「自分を愛人に欲しがっている男がいるなんて聞かせられる訳がないだろう」
セシリアに詳細なんて聞かせられない。
ただでさえ生誕祭のときに伯爵子飼いの男に不快な思いをさせられたばかりだというのに。
怖がらせたくない。あんなことは早く忘れてほしい。
「それは…、そうだろうけど」
「言い方次第だろう、そんなのは」
「どちらでもかまわない」
負けないから、と瞳に宿した闘志に同僚が口を閉じる。
強引に黙らせてしまったことを胸の奥で悔やむけれど、今はフォローできる心の余裕がなかった。