言えない想い
フレイに言われた言葉が頭の中を回っている。
『貴方の庇護は中途半端だ』
それはイリアス自身にもわかっていた。
『いっそ貴方のもとから離れた方がいい』
僕の下にいるから余計に衆目を集めるのも事実。離れれば僕の傍より落ち着いて暮らせるのかもしれない。
駄目だ……。
それは駄目だ。
この手紙を出した人物のように強引にでもセシリアを欲する人間がいたら…。
「傍にいなければ守れない」
傷つけさせたくない。自分のいないときに誰かが彼女を傷つけ、それを後から知るなんて御免だ。
『手を離したくないのなら、何かするべきだ』
『放っておけば後悔する』
耳に痛い台詞を的確に選んでいた。さすが僕のことをよく知ってるというべきか。
「後悔はしたくないさ…」
ただ、それ以上に傷つけるのが怖い。違う、傷つくのが、怖い。
傍にいる資格を失うことが、怖い。
あの瞳から、くちびるから、拒まれることが何よりも怖い。
『好きだ』
一人の時でさえ口に出せない想いを、どうすればいいのだろう。
「セシリア」
名前を呼ぶことでしか想いを表せない。弱い自分が情けなくなる。
「セシリア…」
「はい?」
「……!」
セシリアの声が聞こえてびくりと身体を揺らす。
「セシリア! 何故、部屋に?」
「フレイにイリアス様の部屋に行くように言われて……、申し訳ありません」
何度もノックはしたんですよ? と困った口調で言う。
ぎょっとしてテーブルを見ると散らばっていた紙片は一かけらもなく机上から消えていた。
フレイが片していったのだろう。ほっとしてセシリアに視線を戻す。
声を頼りにセシリアが数歩近づく。どこか申し訳なさそうな顔をしていた。
「申し訳ありません。 フレイに呼ばれたのでイリアス様が呼んでいらっしゃるのだとばかり…。 もしかしてご迷惑でしたか?」
目を伏せるセシリアの手を取る。
「迷惑なんて思うわけがないさ」
僕がセシリアを迷惑に思う日なんて来ないだろうと、何の根拠もなく思う。
あれだけ怒りや自己嫌悪で染まっていた胸が喜びに満ちている。
「君がそばにいてくれることが、君とともに過ごせる時がどれだけうれしいことか」
セシリアの手を両手で包む。
社交辞令に本音の混じった言葉は、胸の真実を伝えるためでなく、抑えるために口にした。
狡い自分に対して彼女は嬉しそうに笑う。直截に伝わる好意に胸が痛む。
「私もイリアス様と一緒に過ごす時間はとても楽しいです」
にっこりと微笑む顔が作り物でないのに安心する。薄く色づいた頬はとても可愛らしく、思わず口付ける。
セシリアは突然のキスにも握った手にも特別な意味を感じていないようににこにこしている。恋人や兄妹でもない男女がする行為ではないのに。
少しの痛みと彼女が笑っているのならそれでいいという思い。
誤魔化しだと気づいていても、それでも幸せの方が勝っていた。