信頼
少しずつ呼吸が落ち着いてきたのを見て、抱きしめる手を緩めた。
震えは治まったものの、セシリアはまだ青い顔をしている。
無理もない。知らない人間に腕を掴まれるというのは女性にはとてつもない恐怖だろう。
まして目の見えていないセシリアは、どれほど恐ろしかっただろうか。
逃がしたのは悔やまれるが、追いかけることなどよりもセシリアの傍にいるほうが大事だった。
逃げていった人影には見覚えがあった、ある貴族の下で雇われていた男だ。
あの男の独断ではなく、背後にいる貴族の差し金なのは間違いない。
考えを巡らせていると腕の中のセシリアが動いた。
「申し訳ありません、取り乱してしまって……」
見上げる瞳に映る安堵と信頼。この瞳を翳らすような真似は僕には出来ない。
犯人に対する怒りがより込み上げてきた。
「謝るのは僕の方だ。 君を一人にした挙句に怖い目に遭わせるなんて……、本当にすまない」
「そんな! イリアス様の所為じゃありません」
セシリアはそう言ってくれるが、戻るのが遅くなっていたら何をされていたのか。下手したら何処かへ連れて行かれた可能性もある。
そう思えば犯人よりも自分への怒りが増す。
「今日はもう帰るかい?」
怖い思いをした直後だし人の多い所は嫌かと思った僕に、セシリアははっきりと言った。
「大丈夫です。 イリアス様から離れませんから。 だから、行きたいです」
そう言って僕の服をぎゅっと掴む。
本当に、彼女にはいつも驚かされてばかりだ。
強くて美しくて、優しい、僕の姫。
そんな信頼を寄せられては応えるしかない。
「本当に君は……」
浮かぶ感情全てを乗せて頬の隅に口付けた。
セシリアは何故キスされたのかわからないようで、きょとんとしている。
そんな彼女の頭を撫でた後、手を取った。
「じゃあ、行こうか? セシリア」
手を引くとうれしそうに笑う姿を見て、僕もようやく笑顔になれる。
せっかく彼女が挽回の機会をくれたのだ、目一杯楽しませて、今日はいい日だったと言わせてみせると決めた。