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生誕祭 4

 礼をするだけで人を引きつけた。

 セシリアは実に堂々としていて、神殿で最高位の歌姫だった経歴を存分に活かしている。

 こうして見ていると、人に見られることに慣れていることがわかる。

 注目している者たちの声が聞こえないわけじゃないだろうに、堂々としていて人々の中心にいるのが当然のようだ。

 開いたくちびるから流れ出す音。

 旋律が響いた瞬間、広間には清麗な空気が満ちた。

 楽の音もなしにたった一人で場の空気を変える。セシリアの力にはいつも驚かされるばかりだ。

 あの海で見せた輝きも含めて、どれだけのものをその身の内に隠しているのだろう。

 歌を終えた後もセシリアは歌姫のまま、優雅に招かれた礼をする。

「国王陛下、並びに妃殿下。 本日は王子様の誕生のお祝いにお招きくださいまして、ありがとうございます」

 瞳を伏せたまま挨拶をする。セシリアの瞳は、今は見えていない。あの夜一瞬だけ僕を映した瞳は、今は前と同じく暗闇に閉ざされている。

 それでも時折光を感じられるくらいになったのは回復と言っていいのかもしれない。

 出来ればセシリアにも王子の顔を見せてあげたかったのだが。

 僕にとっては甥になる姉の第一子は、見た目は姉に似てとてもかわいい。中身が似ないことを祈るばかりだ。

「セシリア。 今日は私たちの子のためにありがとう」

「妃から聞いて私も楽しみにしていた。 噂通りのすばらしい歌声だった」

「もったいないお言葉でございます。 ご招待も身に余る光栄でありますが、王子に寿ぎを述べられる機会をいただき、望外の喜びを感じております」

 よどみなく述べられる台詞。緊張のこもらない自然な言葉は国王夫妻の胸にも真っ直ぐに届いた。

「聞いたことのない言葉だったが、どういう意味の歌なのだ?」

「私の国に伝わる聖誕歌でございます。 生まれた御子に多くの加護があるようにとの願いが込められております」

 彼女の国でも御子誕生の際に歌われる曲だと聞いた。

「天と、地と、海、遍く存在の恵みが王子に降り注ぎますようお祈り申し上げます」

 世界の全てに王子の幸せを願うと言われてお二人ともとてもうれしそうだ。

「セシリア、本当にありがとう。 とてもうれしいわ」

 労いの言葉をかけたと思ったら姉上は次に驚くことを言い出した。

「ぜひ王子の顔を見てほしいのだけれど、見えないのよね。 残念だわ」

 残念そうに息を吐く。どことなく演技めいて見えるのは姉弟の勘だろうか。

「だから、代わりに手を握ってあげてちょうだい」

 とんでもないことを言い出したと周囲がざわめく。陛下の表情に特に変化がないので、最初からそのつもりだったのかもしれない。

 そこまでセシリアを気に入ってくれたのはうれしいが、周囲は穏やかではないだろうな。

 王妃の願いに応えてセシリアが一歩を踏み出す。

「王子様の上にいつも神のご加護がありますように」

 小さな手を握って微笑み、声をかける。

 そして王子の額にキスをした。

 驚きの行動だったが会場は言葉もなく見守っている。

 慈愛に満ちたその表情は王子の誕生を祝うために地上に降りてきた女神か天使のようで、咎める感情なんて浮かぶわけもない。

 居並ぶ者たちも同じく感動したように陶然としたような目をしていた。

 二人の様子を窺うと、陛下も姉もうれしそうに笑みを浮かべている。

 元からあまり気にするタイプでない二人なので心配はしていなかったが、どうやらセシリアの祝福はことのほか気に入ったらしい。

 あとで女神の祝福を得た、なんて姉上が大げさに言い出すかもしれないな。

 侍女たちに嬉しそうにふれまわる様子が目に浮かぶ。

 想像すると若干頭が痛くなった。

 満足そうな二人に退出の挨拶をして会場を後にする。

 打って変わって拍手が包む会場は熱気に浮かされて更に盛り上がるだろう。

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