愛する日常 2
規則正しい寝息を立て始めたのを確認してそっと髪に手を伸ばす。
夢うつつのイリアス様は子供みたいにかわいい。
手が離れそうになるたびにわずかな意識で手を掴み直し、引き寄せる。
その仕草がかわいく、愛おしい。
求められている、と感じるたびに湧き上がる喜びに心が満たされる。
傍にいてほしいと言われているようでそのたびにうれしくなってしまう。
髪を撫でながら幸せを実感する。
いつまでも傍にいられるわけじゃない。
イリアス様は王妃様の弟で国を守る要にも成りえる人。セシリアのように存在を認められず、隠れて生きる人間とは違う。
自分の立場は理解していつもりだった。
あんな身の上話を聞いて、放り出せるような人じゃない。でも……。
ずっとここにお世話になるわけにはいかない。頭ではわかっていても、傍にいたいと思う心が邪魔をしていた。
(人を好きになるって思っていたよりずっと苦しいものなのね)
触れているとき、求められているとき、夢のように幸せな気持ちになる。
それでもこうして傍にいられないと言い聞かせるときは気分が重く、沈んでいく。
(イリアス様が眠っていてよかった……)
悩んだ顔を見せればきっと何があったのかと心配させてしまう。
眠っていれば心配もさせない。困らせない。ここに居てもいい。少なくとも眠っている間、このときだけは。
一瞬だけ見たイリアス様の顔を思い出しながら頭を撫でる。
やさしそうな人だった。きれいで、凛々しくて。
呪いが完全に解けたらやっぱりここにはいられない。
ウィスタリアにも帰れないのならどこかで生きていかなければ。
(私にできることってなんでしょう?)
目が見えるようになれば身の回りのことも自分で出来る。掃除や洗濯、裁縫などはこなせるのでどこかで雇ってもらうこともできるかもしれない。
イリアス様に言われた歌手、という言葉を思い出す。
この国の歌をいっぱい覚えたら歌手になれるかしら。
明日レナに聞いてみようと決めてイリアス様の手を外した。
すっかり眠りについたイリアス様はもう手を引いてこない。
「おやすみなさい、イリアス様」
もう一回髪を撫でて寝台から離れる。
寝顔が見られないのをさみしいと思うのにも、少し慣れてきた。