光
「セシリア?」
声をかけられてはっとした。
「風邪をひくよ、いつまでも外にいると」
イリアス様が私を見ている。いつからそこにいたのか、全く気が付かなかった。
「イリアス様……?」
ぼんやりした私に心配そうに手を伸ばす。
薄月に照らされ、色素の薄い髪が青みを帯びている。
清流のような水色の瞳は夜の中でも陰ることを知らないように、明るい色を宿して私を見ていた。
そんな時間になっていたなんて、とイリアス様を見つめ返して息を飲む。
見えている―――!?
はっきりとイリアス様の瞳に焦点が合う。
驚きに見開いた瞳孔が収縮する、その瞬間、瞳に塵が入ったような痛みを感じた。
「…っ!」
「どうした!?」
「……! ……?」
痛みが消えた。目を開いてみると暗闇が戻っている。
「……?」
暗闇が、戻っている?
少し、違う。
真っ暗な部屋で目を開けているような、ぼんやりとした感覚。つかみどころのない闇を捉えようとするような―――。
首を傾げて、暗闇に目を凝らす。
「……!」
暗闇に浮かび上がる輪郭。はっきりと像を結びはしないけれど……。
「真っ暗じゃない……」
呆然と呟く。いきなりどうして?
そう自問して昨夜のことを思い出す。
手にくちづけをされたあの時―――。
確かに瞳が合っていた。
「どうしたセシリア? まさか……」
瞳が合ったのは一瞬だったけれどイリアス様も異変を感じたらしい。
もう一度瞳を合わせようと顔を近づけるのを感じる。でも…。
「ダメです……」
微かな光の明暗を感じるだけで、先程のようには見えない。
「けれど、見えるんだね? 光だけでも感じるんだろう?」
「はい……」
黒いベールを幾重にも重ねた先に見えるような光だけれど、確かに月明かりも感じることができた。
「あっ…!」
抱きしめられて息が止まりそうになる。
「―――」
囁くような小さな声が聞こえた。
『さっき僕が見えた?』
イリアス様も瞳が合ったのを感じてくれた―――。
頷くと腕にさらに力がこもる。身動きがとれない。
宵闇で見えないと自分に言い聞かせても、頬に熱が溜まっていく恥ずかしさに耐え切れず顔を伏せる。
(苦しい……)
心臓が壊れてしまいそうなほど鳴っている。
苦しいのに、離れたくない。
顔を隠すふりでわずかに身を寄せる。
自分のことのように喜んでくれることが言いようのないほど、うれしい。
優しいこの人がとても好き。
胸に生まれた想いでいっぱいで、とても幸せだった。