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セシリアの秘密

 気がついたらセシリアの身体を抱きしめていた。

 いつの間にか光は消え、静けさを取り戻した海には月明かりが降りそそいでいる。

 ふたりとも波で頭から濡れていた。

 水の冷たさよりも腕の中の体温を強く感じる。

 消えていない―――。それを確かめるように強く、強く抱きしめた。

 彼女がいなくなってしまう。そう感じた瞬間の恐怖で身体が強張っている。

「あの日、初めてこの歌を歌いました」

 セシリアの瞳は静かに深い感情を閉じ込め、光を吸い込んだように複雑に輝いていた。

「新しいセイレーヌが生まれたことを知らせ、祝う祭りのなかで。

 選ばれて、祝福されて……、嬉しかった。

 これでもう歌だけ歌って生きていける。 そう思いました」

 誰にも迷惑をかけず、好きな歌を歌って生きていける、そう思ったと言う。

「……でも、それがいけなかったんです」

 懐かしむように細められた瞳が翳る。

「祝宴の中、瞳を隠すためにしていたベールを外せと、酔った貴族が騒ぎ出しました。

 最高位のセイレーヌが顔を隠しているのは良くないと。

 もちろん断りましたけれど、会場の外まで追いかけてきて…。

 逃げる間もなく、ベールを剥ぎ取られ、瞳を見られてしまいました」

「なんという乱暴な…!」

 女性に対する振る舞いではない。

 セシリアの顔には諦めたような笑顔がある。

「…海に落ちたのはその日の夜でした」

 たった一人の貴族によって、セシリアの未来は変わった。

「なぜ、そこまで…」

「前に、少しお話ししましたよね」

 セシリアが瞳の前に手をかざす。

「この色、私の国ではとても珍しい色なんですよ」

 確かにセシリアの瞳は不思議な色をしていた。この国でもまず見ないだろう。

「私の他にこの色を持つのはただひとり、ウィスタリア国王のみです」

 さらりと流れた言葉は瞠目する内容だった。

「つまり…」

「ええ、私は国王が戯れに手をつけた下級貴族の娘にできた子供です」

 淡々とした口調が真実だと如実に告げる。

「前に言ったとおり父は私の存在を知りません。

 母の家が面倒を嫌って父には何も知らせませんでしたし、私は母が亡くなると同時に神殿に入りました。

 神殿ならどのような出自や外見でも関係ありませんし、顔を隠すこともできたので」

 母上が亡き後、セシリアは祖父の言葉に従って神殿で顔を隠し生きることにしたという。

「王妃様には娘が一人しかいません。

 つまり、私の姉上になりますが…。 姉上は紫碧ではないんです。

 紫碧は初代国王と同じ色…。 女神の血を濃く継いだ証。

 たとえ私が正統な王の子でなくても問題にならないほど重要視されます」

 王位継承権が逆転するほどに? 声にならない問いに答えるようにセシリアの頭が小さく傾いた。

「…仮に私が王位を継がないとしても、問題があります」

 その先は言わなくても、わかった。

「然るべき貴族と娶せ、その子供に継がせる…」

 僕の言葉にセシリアが頷く。

「おっしゃるとおりです。

 姉上がいかに正統な血筋を主張しようと、どうにもならない」

 物騒な言葉の意味がわかった。

「だから…!」

「ええ、他の貴族に知れるのも時間の問題です。

 …その前に処理しなければならなかったのでしょうね」

 処理。感情を排した言葉が非情に響いた。

「まさか、あんなに早いとは思いませんでしたけれど」

 笑おうとするくちびるは震えて笑みにはならない。

 ことさらに淡々と話そうとする姿が痛々しい。

「見られても、こんなことになるとは思いませんでした。

 ちゃんと話せば、わかってくれるって、このまま神殿にいることもできるって、思って―――。

 でも……。 話を聞いてすらくれなかった……!」

 ぎゅっとイリアスの服を掴む力が強くなる。

 話す声が詰まった。

「だから…、だから帰れません。

 神殿にいても、私の存在は邪魔になる!」

 声だけでなく、全身を震わせて訴える。

「帰れないんです…!!

 父のように見守ってくださった司教様のところへも、私の瞳を見ても変わらずにいてくれた友人のところへも!

 もう、帰れない……!」

 あとはもう、言葉にならないようだった。

 僕の胸に顔を埋めて泣きじゃくるセシリア。

 泣かせるつもりなんてなかったのに…。

 震える肩をぎゅっと抱きしめる。

 ずっと一人で抱えていた悲しみを初めて見せてくれた。

(話してくれて、うれしい。 なんて不謹慎だろうか)

 それでも話してくれたのがうれしい。

 できるなら彼女の悲しみの全てを共有したかった。

 涙に胸が痛んでも、一人で泣かせたりはしたくない。

 腕に込めた力を強めて伝える。

 一人にはしないと。

(いくらでも傍にいるから)

 全て流してしまえばいい。

 どれだけの悲しみがあっても、君は一人じゃない…。

 だから、無理に笑おうとしなくていい。辛いときは泣いていい。涙が止まるまで、ずっと傍にいる。

 決して一人にはしないからと、強く抱きしめた。

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