気づかい
高いはずの馬の背も、見えていないせいかそれほど怖いとは感じなかった。
イリアス様を信頼しているというのもある。
珍しく強引な誘いはセシリアを気遣ってくれたのだろう。
確かにセシリアには気分転換が必要だった。
あのまま屋敷に戻ったらさっきのことばかり考えてしまったはずだ。
何も言わなくてもイリアス様はいつも優しい。
その気づかいがうれしくて、申し訳ない。何も返せないのに。
(甘えてばかりね、私…)
支える腕に身を預けていると、懐かしい薫りがした。
「潮の匂いがします!」
思わず袖を掴むとイリアス様が小さく笑う。
揺れるたびに潮の香りが強くなり、波の音が大きくなっていく。
期待に高鳴る胸はイリアス様の声で最高潮に達した。
「着いたよ。 セシリア」
イリアス様に馬から降ろしてもらうと、足の下には砂の感触。
履物を脱いで直に足を下ろすと、さらさらと粒の細かい砂は少しひんやりしていた。
小さく砂を蹴ると軽い粒は足の甲に跳ね上がり、舞い散った残りが風に煽られ脛にかかる。
息を吸うと海の香りが胸いっぱいに入っていく。
慣れ親しんだ海を感じて心が跳ねた。
「砂浜、砂浜ですよね…!」
久々に感じる海にうれしさを押さえきれなかった。