呪い
イリアス様が部屋を出て二人きりになると、呪い師にはまず視力を失う前後のことを詳しく聞かれた。
話しながら瞳を開いたり閉じたりされる。
イリアス様と離されてしまったことは不安だけれど、ほっとしてもいた。
まだ、話していないことがあったから。
セシリアは海に落ちたのではなく、落とされたということ。
あの時、動けないセシリアは誰かに運ばれていて―――。
そして、そのまま海に投げ込まれた。
詳細を話すことはあの時のことを思い出すこと。
心当たりについて考えたくなかったからずっと考えないできた。
けれど……。
「心当たりがあるんだろう」
呪い師の老婆はセシリアに突きつける。
断定的な質問にどうしても頷くことができなかった。
黙っていると、感心しているのか呆れているのかわからない口調で呟かれた。
「しかし、薬を飲まされて海に投げ込まれたか……。 よく無事だったものだ」
「きっとレーウァ様のご加護ですね」
「……あんた、ウィスタリアの人かい?」
「ええ、ご存知なのですか?」
まさかこの国の人から母国の名前を聞くとは思わなかった。
イリアス様の話でも、セシリアの知識でもずいぶん遠い所だと思っていたから。
けれど呪い師は名前を知っているだけではなかった。
「昔、行ったことがあるだけさ」
しかし……、と言って呪い師は黙り込んだ。何を考えているのか想像がついて、いたたまれない。
ウィスタリアに行ったことがあるのなら、セシリアの瞳が何を意味するのかもわかっているはずだ。
「なるほど…、惨いことをするね」
呪い師は得心したように呟いた。
「呪いについての話はあっちの兄さんも呼んでやるかい?」
「はい……」
少し迷ったけれど、イリアス様にも話を聞いてもらうことにした。
呪い師に呼ばれてイリアス様がセシリアの隣に戻ってくる。
「結論から言うが呪いはかかっている」
「……」
イリアス様は黙って呪い師の言葉の続きを待っている。
淡々とした声はセシリアが言えなかったこともあっさりと告げた。
「呪いをかけた者にもお嬢さんは心当たりがあるようだ。 多分それで間違いない」
「…!」
驚いた気配が隣に座るイリアス様から伝わってくる。
今更に、黙っていたことが心苦しい。
「それで、解く方法は…」
セシリアに気を使ってくれたのか、イリアス様は追求しなかった。
それどころか呪いが解けるかを思いやってくれる。
「そうだねえ。 呪いを懸けた者が恨みや妬みなどの負の感情をなくせば、自然に解けるだろうが…、難しいだろうね」
(このまま国に帰らないでいれば、許してくれるでしょうか)
「あ、あの…!」
セシリアは顔を上げる。問いかける声が切羽詰ったようなものになる。
「私が受けた呪いとはどのようなものなのでしょうか?」
わずかにためらい、一度言葉を切る。知ることへの怖れがまだ胸の中にあった。
それでも意を決し、もう一度口を開く。
「今のように光を奪うものですか、それとも……死に至る呪いですか?」
そうであってほしくないと願う心は無情に否定された。
「呪いがどんなものであったにせよ、動きを奪った状態で海に投げ込まれた……。
それが答えだと思うがね」
「…!」
非情な宣告に言葉を失う。
呪いはどうあれセシリアを殺すつもりだった。
はっきりと告げられた真実はとても、…とても痛かった。