レナとミリィ
定番になった3人でのお茶会。
今日はセシリア様が起きてくるのが遅かったので遅い朝食を兼ねて菓子がいくつも置いてある。
「で、朝まで歌ってきたの?」
「ええ」
「じゃ、もしかして寝てないの?」
「いいえ、部屋に戻ってから寝ましたよ。 それで、さっき起きたんです」
「あなたが朝寝坊なんてめずらしいと思ったら、そういうことね」
「イリアス様もずいぶん変わりましたよねー」
ミリアレーナが言うと、セシリア様は不思議そうな顔をした。
「?」
「前は飲みに行ったら朝までお戻りにならなかったし」
「飲まれないときでも帰ってこないほうが多かったわ」
「そうなのですか? いつも夕食後にお帰りになるから忙しいお方だと思っていました。 あれで早かったのですね」
セシリア様ののイリアス様評は少しずれている。
無理もない、セシリア様が来てからのイリアス様と以前のイリアス様とはかなり違う。
優しいけれど誰のものにもならない、夜会に出るたびに違う令嬢や婦人と親しくなる、そういった評判で社交界を賑わせていたことはこの屋敷の使用人たちはみな知っている。
今のイリアス様しか知らないセシリアにはぴんと来ないだろう。
「お忙しい方なのも間違ってないけどね、早く帰ろうとしてもままならないご様子だもの」
「そう! 最近は遅くなっても毎日帰っていらっしゃるじゃないですか! すごいことですよ!!」
「そうねえ」
変わったのは間違いなくセシリア様のせいでしょうね。
いいことだと思うけれど、そうは思わない人も多い。
メイド仲間にもいろいろ言っている娘はいる。
ふらふらと遊び歩く主人より落ち着いている主人のほうが安心して働けるというものだけど。
「大変ねえ」
「?」
呟いた言葉にセシリア様はただ不思議そうな顔をしていた。
「それにしても……」
セシリア様の部屋から回収した危険物を抱えて廊下を歩く。
刺繍道具やガラスの置物など、女性の部屋にあるのは自然な物だが、目の見えないセシリア様には危険なので、あの部屋には置いていない物ばかりだ。
毎日こうして退かすのに、夜になったらまた置いてあるといった感じだ。
「やっぱり嫌がらせですよね、コレ」
ミリアレーナに同意する。
「うっかりして怪我でもすればいいって心が透けて見えるわね」
ため息が出る。
「私たちに嫌がらせするくらいならまだしも、セシリア様にまでなんて。 とんでもないことだわ」
一応セシリア様は主人の客人なのに、お客様に対してこんなことをするなんて……。
使用人としての自覚と誇りがない人間がこの屋敷にいるということだ。
そういう人間を見つけて指導するのもレナの仕事の内に入る。
仕事が増えて困るわ。
「何がそんなにいいんですかね」
「…あなたも変わってるわよね」
ミリアレーナはイリアス様に興味を見せたことがない。大抵の女の子は若くて見目麗しい主人にのぼせてしまうものだけど…。
「何がです?」
「こういうお屋敷で働こうとする女の子は玉の輿を夢見てる子も少なくないし、若くて顔が良くて優しい主人に熱を上げてしまう子もいるのよ」
この屋敷の中では年少で、恋に憧れるような年頃のミリィだが、イリアス様の前でも平静を保ち、決して使用人の分を越えるようなことはしない。
この年でそこまでの節度があるのは珍しい。ごく普通に恋愛にも興味がありそうに見えるのに。と、レナがそんなことを考えていると、ミリアレーナが眉を寄せて言う。
「イリアス様は素敵な方だと思いますけど…。 貴族の妻や愛人がいいものとは思いませんね」
「愛人…。 夢がないわね」
ミリアレーナの率直過ぎる感想に呆れる。
そう言った醜聞も貴族の家ならよくある話だ。
それもある種の玉の輿といえるのかもしれないが、大抵は良い未来ではない。
「姉が貴族の愛人だったんです。 今のわたしみたいに使用人として働いていて…。
まだ17歳で、妹のわたしから見ても綺麗な人でした。
姉を望んだ方はずいぶん好色な人だったみたいで、姉は正妻と他の愛人二人に囲まれてとっっっても苦労したんですよ。
わたしを含めた大勢の弟妹を養うために耐えていましたけれど、心労から病気になって…」
「まあ…!」
ミリアレーナの告白に驚く。家族を養うためというのは雇う時に聞いていたけれど、そんな事情があったとは知らなかった。
「あ、今は元気ですよ。 その家を出た頃は酷いものだったけれど、今はわたしや他の兄弟も働けるようになったので、今度はわたしたちが姉を支えています」
恩返しには足りないけれど、と笑う。
幼い外見に反ししっかりしたミリアレーナの内面を見た気がした。