目覚めの朝 2
部屋に入って来たフレイは何とも言えない顔をしていた。
視線を黙殺して、セシリアを抱え上げる。
「きゃっ!」
ドアを開けるように目で示すとフレイは黙って従った。
腕の中のセシリアは赤い目こそしていないものの、瞼がわずかに重そうに下がっている。
夢の中で聞いた声が現実のものならば、きっと眠っていないのだろう。
眠る前に自分が言ったことははっきりと覚えていた。
僕が歌ってほしいと言ったから一晩中傍にいてくれたのか。
包まれるようなやわらかい歌声と…、頭を撫でる手。
常にないほどの穏やかな眠りはセシリアのおかげだろう。
申し訳ない気持ちもあるけれど、これほどすっきりした朝を迎えたのは久しぶりだ。
セシリアの部屋まで来ると、同じようにフレイにドアを開けさせる。
抱えていたセシリアの身体を寝台にそっと下ろす。
「眠るんだ」
でも、と身を起こそうとするセシリアを留める。
「昨夜は傍にいてくれてありがとう。
おかげで、とてもよく眠れた。
今度は僕が君の傍にいるから。 だから…、ちゃんと眠ってくれ」
彼女がそうしていたように髪を撫で、額に手を当てる。
紫碧がゆっくりと笑みの形に変わっていく。
僕の方を見る彼女の瞳は信頼と慈しみに満ちていて。
きっと僕も同じ瞳をしていると思うと、どうしようもなく彼女を愛しく感じた。
そうして頭を撫でているとセシリアはすっと眠りに落ちていく。
彼女が完全に眠りについたところで隣に控えていたフレイに向き直る。
「言っておくが、何もしていない」
一晩同じ部屋で過ごしたということが事実でもそこははっきりとしておかなければ彼女に傷がつく。
「私に弁解したところでしょうがないでしょう」
フレイの返事はにべもない。それもそうだが…。
まあ、フレイ以外の人間に見られたわけでもないので大丈夫だろう。
眠るセシリアの顔には警戒など微塵もない。その安心しきった表情を見ているとどうしようもなく愛しさが込み上げてくる。
ようやく気づいた。セシリアの瞳に移らないことを寂しく思っていたと。
一人の人に自分を見てほしい、その意味を。
気づいたところでどうしようもない。彼女の居場所は遠くの国にあって、待っている人がいる。大切な人がいて、いつかは帰らなくてはいけない。
穏やかに笑うその瞳の奥に、どれだけ故郷への思慕があるのか知っている。
だからこそ返してあげたい、そう思っていた。
今でもその思いに嘘はない。それなのに傍にいてほしいと思っている。
相反する願いと身勝手な欲望。
イリアスの胸の内など何も知らない穏やかな寝顔に、胸が痛んだ。