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優しい眠り

 眠ってしまったイリアス様はとても穏やかな寝息をたてている。

 連れてこられたのが自室だとは思わなかった。

 イリアス様は優しいけれど、あまり人を近づけたがらない方だから。

 何かあったのかもしれない。普段のイリアス様は強引なことはしない方なので、セシリアは少し驚いていた。

 起こさないようにそっと触れる。

 やわらかい髪が手に触れた。自分の髪とは違う質感、ふわふわしていて、なんだか胸がくすぐったい。

 この眠りが安らいだものになるよう祈る。

 眠りを妨げないよう小さな声で囁くように歌いながら、頭をそっと撫でた。

 幼い時母にそうされたように―――。

 記憶を手繰りながら愛しい思い出を歌う。部屋の中が優しい気配で満ちるように。

 母の記憶はごく少ない、まだセシリアが六つか七つの頃に病で亡くなってしまった。

 たまたま領地に避暑に来ていた父と出会って、母は私を身ごもったという。

 母の父親だった祖父は厳格な人で、娘がそんな形で子供を産んだことを快くは思っていなかった。それでもセシリアや母に辛く当たるようなことはなかったし、神殿に行くように進めてくれたのも祖父だった。あまり笑ったりはしない人だったけれど、眼の奥にはいつも慈しむような優しい輝きがあった。

 祖父の導きで神殿に入り、司教様や仲間たちに会って―――。

 今ならわかる。祖父がどれだけセシリアの未来を心配してくれていたのか。

 一生私を隠し守ることはできないとわかっていたからこそ、司教様に私を預けた。

 神殿以外に私の生きていける場所はないと知っていたから。

 瞳の色を隠すため外に出たことのないセシリアには神殿に入ってから驚きの連続だった。

 ベールを付けていれば誰にもおかしく思われなかったし、司教様や親友の前では瞳を隠す必要がなかった。

 自分をそのまま見せることのできる環境―――。

 祖父が与えてくれたものがどれだけ大きかったのか、失って実感した。

 愛されていたと。

 部屋から出られなかった幼い日も自分がどれだけ恵まれ、幸せだったのか。

 意識せずに受けてきた愛情が今更に恋しい。

 感謝することしかセシリアにはできない。もう届かないのだとしても。

 本当、随分遠いところに来たと思う。

 ここで出会った人もみんな優しくて、セシリアは自分の境遇がとても恵まれていると思う。

 異国でひとりなんて、きっと暮らしていくのもままならなかった。今身に起きていることも、怖いとはもう思っていない。助けてくれる人がいるから。

 本当の自分を出せる環境―――。

 限られた場所にしかなかったものが、今ここにある。

 瞳を見てきれいだと言ってくれる人が、ここにいる。

 寝息を立てているその人に精いっぱいの想いを贈る。

 起きているときのイリアス様は穏やかで、優しい。

 セシリアが時折不安になると何も言わず明るい声で手を伸ばしてくれる。

 何も言わない優しさと、励ますような声にどれだけの不安と淋しさから救われたか。

 感謝しても、し足りない。

 でも、時々無理をしているんじゃないかと思う。

 帰ったとき、声にわずかに疲れを感じても、それは話しているうちに何処かへ行ってしまう。

 人の変化に敏感で気遣ってしまうからなのか。

 いつも気を張っているみたいで、仕事中もきっと同じような気がする。

 だから今だけは、何も考えないで休んでほしい。

 歌が、イリアス様の安らぎになるように―――。

 セシリアはいつもよりゆっくりと歌い上げた。

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