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初めての挑戦

 朝食を食べた後、セシリアはこっそり廊下を歩いていた。

 いつもはミリアレーナが付いてきて手を貸してくれるけれど、今日はひとりで庭園まで行ってみるつもりだ。

 庭園なら何度も行ったことがあるのでなんとか行けると思う。

 人の手を頼ってばかりではいけない。

 まずは屋敷の中を一人で歩けるようになるのが目標だった。

 手すりをしっかりと掴んでゆっくりと降りる。

 段数を数えながら、一つ一つ確かめる。

 降りきってほっと息を吐く。階段を降りるだけで、ひどく緊張していた。

 呼吸を整えて、方向を確認する。手すりからわずかに左、ドアに向かって足を踏み出す。

「…っ!」

 いきなり何かに躓いた。すでに手すりから離れていた手は何も掴めず、セシリアは絨毯の上に倒れた。

「セシリア様! 大丈夫ですか?」

 近くから女性の声。躓く寸前に聞こえた声と彼女の声は同じだった。

 見られていたことを知り頬が熱くなる。

「すみません。 声を掛けていただいたのに、気がつかなくて…」

 危ない、と言ってくれたのにも関わらず、盛大に転んでしまうなんて。

「いいえ、却って注意を逸らしてしまったかもしれません。 こちらこそ、申し訳ありませんでした」

 女性の声はまだ若く、セシリアともそれほど離れていない気がした。

「使用人の誰かが荷物を片すのを忘れたようです。 申し訳ございません」

 そう言って荷物をずらす音が聞こえる。

 エントランスホールに荷物が置いてあるというのが不思議だったけれど、セシリアの知っている知識にはないことが世の中には多くあるのだと思い直す。

 彼女は手を貸すと申し出てくれたけれど、セシリアはそれを断って立ち上がった。

 慎重に方向を探って手すりの位置まで戻る。

 階段を降りた直後でよかった。手すりまで数歩で戻ると、セシリアはまたドアに向かって歩き出す。

 ようやくドアまでたどり着いた。わずかに右に逸れてしまったけれど手に当たる木の感触にほっとする。

 扉を開いて外に足を進める。声をかけてきた彼女は黙っているけれど視線を感じた。

 辿り着いたときには精神力を使い果たしてしまった。

 庭園に降りるだけでこんなに疲れるなんて。

 それでも一人だけで来られたことに充分な達成感を感じる。

 いつものテーブルまで来ると彼女の気配は消えていた。彼女は本当に見ているだけで、セシリアにはそれがありがたかった。

 椅子に座って満足感に浸っていると、誰かの気配が近づいてくる。

「お茶をお持ちしました」

 聞こえてきたのはさっきと同じ声。姿を消したのはお茶を入れるためだったみたい。

「ありがとうございます」

 お茶のこと以外にもお礼を言う。

「あの、手を出さないでいてくれて、ありがとうございました」

 今日はどうしても一人で来てみたかった。

 彼女は少しの沈黙の後セシリアに問いかける。

「どうして、一人で歩いていらっしゃったのですか?」

 その質問が逆にセシリアには以外だった。黙って見ていたことからしても、彼女はセシリアの考えをわかっていると思っていた。

「一人でもできるようにならないと、困りますから」

 いつまでも負担をかけたくないし、自分でできることは自分でしたかった。

 その思いは彼女にも伝わったらしい、数瞬の沈黙の後「そうですね」と納得したような声がする。

 名前を聞くと、レナと答えた。この屋敷のメイドの取りまとめ役らしい。

 声の若さに驚く。セシリアの生家のメイドとは随分違ったから。

「よかったら、お茶のお相手をしてくれませんか?」

 セシリアの誘いにレナは困ったような声で答える。

「まだ仕事がありますから」

「そうですか…」

 考えてみたら当たり前なのに、思い浮かばなかったなんて……。

 自分の願いしか考えなかったことを恥じる。

 セシリアが肩を落とすと少し間があってレナは一つの提案をしてきた。

「3時以降でしたら身体が空くと思いますので、その後でしたら構いません」

「いいんですか? ありがとうございます!」

 うれしさにぱっと表情が明るくなる。

「では、失礼します」

「ええ、また後で…」

 レナが立ち去った庭園で時を待つ。楽しみに歌を口ずさみながら。

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