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二人の勇者

 ゆっくり投稿して行きます。

 暗い灰色の道を大小様々な鉄の箱のようなものが走る。その速度は馬並で、それでいて馬車以上に人を乗せることができる物もありそうだ。

視界は流れて今度は見上げる程に背の高い建物。所狭しと並び立つそれは走る鉄の箱同様に僕の住む街ではありえないほどに高度な技術で作られていることがわかる。何度見ても壮観だ。それに、それだけじゃない、道を歩く人の数だってとんでもない。王都にだってこんな数一気に見ることはないんじゃないだろうか?

 視界が徐々に薄れてくる。夢から目覚める兆候だ。何度も見ているからわかる。

 ――いつかこの景色を自分の目で見てみたい。

 僕は徐々に白く塗りつぶされていく世界を目に焼き付けながらその思いを強くしていく。











「……ス! ……イリスったら!」


 グラグラと世界が揺れる。地震……ではなく肩の感覚を考えると誰かが僕を揺らしているのだろう。まあ僕の友人は一人しかいないから十中八九彼女だろうけど。


「……なんだい? 僕はまだ眠いのだけど」


 机から体を起こすのも面倒なのでそのままの状態で言う。窓から差し込む日の光が心地よく気分は日向ぼっこに精を出す猫のよう。それに二度寝の気持ちよさが合わされば至上の心地よさを得られるのではなかろうか。

 そんな僕の様子を見て呆れたのだろう、僕の肩をゆすっていた彼女――シスのため息が頭上から聞こえた。


「たしかにイリスに授業は必要ないかもしれないけど……進級できなくなっちゃうよ?」


「……それは困るね」


 一応母様との約束だからね、学園は卒業しないとならない。まったく、シスがいなかったら僕は危なかったかもしれないな。


「それで、次の授業は何だったかな」


「実技だよ、Ⅱ組と合同ね」


 Ⅱ組って確か先日勇者が転入してきたとかいう……。なるほど、今朝から教室が騒がしいわけだ。

 それにしても勇者ね……シスには悪いけど今回はパスかな。


「悪いねシス、そういうことなら僕は屋上で光合成でもしているよ」


「光合成って……もう、後で困っても知らないんだからね?」


 仕方ないといった様子で再びため息を吐くシス。長い赤髪が動作と共に揺れる。

 だって勇者って……面倒でしょう? 僕の容姿は間違いなく目を引くし、英雄色を好むって言うし……、今までの勇者だって珍しい容姿の少女を多く娶ったという話があるじゃないか。僕は面倒なことは大嫌いだからね……。


「そこらへんは自己責任ってやつだね。僕は気にせずシスは授業に行ってくるといいよ」


「はぁ~……、そうするわよ。いつものことだし」


 やれやれと首を振るとシスは背を向け教室から出て行く。

 ……さて、僕も行こうか。

 教室に誰もいなくなったのを確認すると、僕は席から立ち上がる。さっきは光合成だとか適当に言ったが、実際は屋上から実技の授業が行われる校庭を見るためだ。僕は勇者に絡まれるのが面倒くさいのであって、勇者に興味が無いわけじゃないからね。

 僕はほんの少し期待しながら教室を後にした。




 アルカーティア王立魔法学園の本校舎は三階建てである。当然ながら下の階から順に一年二年と上がっていくわけだが、僕は一年であるが故に三階では上級生の教室を横切ることになる。ちらりと上級生達の教室に目を向けてみれば幾人かがこちらを見ているのが伺えたが、どの教室の教師も僕に注意しようと向かっては来なかった。またかと呆れているのかただ単に無関心なのか、どちらにしろ僕には都合のいい。

 結局誰にも咎められることなく屋上へと登る階段までたどり着く。一応立ち入り禁止で普段は人一人寄り付かないような端っこにある場所だが、学園に勤めるメイドの手によってしっかりと掃除されているのか、これといって汚れている様子は無い。なんとなくこういう場所は埃だとかよくわからない付着物で汚れているイメージが僕の頭にある。位の高い貴族も通う学園なのだから綺麗に掃除されているのは当然の配慮だというのに。

 ……気にすることは無いか。

 とにかく屋上は普段立ち入り禁止なので鍵が掛けられている。しかし鍵は魔法によるものではないので、僕にとっては掛かっていないのと同じである。

 僕は懐から鍵を取り出した。もちろんオリジナルではなく、魔法で創り出したスペアである。

 魔法の氷で作られているためひんやりとした感覚が指先に伝わる。鍵を回すと、抵抗も無く扉が開いた。


 日の光が僕の頭上から降り注ぐ。王都の気候は万年寒くも無く暑くも無くと昼寝をするのには非常に都合のいい。この国に猫が多いのも頷けるというものだ。

 さて、そろそろ授業も始まっているだろう。

僕は落ちないように張り巡らされた柵を乗り越え、屋上の端っこに柵を背にして座る。

 しかし柵の一つにいたるまで無駄に金を掛けているな。掃除も行き届いているし……昔は開放されてたらしいからその名残かもしれないが。

 眼下の校庭では生徒達が各々の武器を持ちそれぞれパートナーと打ち合っている様子が見て取れた。そういえば僕がいないとき、シスはどうしているのだろうか。ふとそう思い、あの物好きな友人の姿を探す。この国では彼女の赤毛は目立つので見つけるのは難しくない。実際直ぐ見つけたし、ちゃんとパートナーを見つけられたようで何よりだ。と、そう思ったのも相手を見るまでだった。


(黒髪の男子……、シスも運がいいのか悪いのか)


 因みに僕がシスの立場だったら運が悪かったと即答できる。黒髪の男子はおそらく勇者の一人だろう。もう片方の女子は……見当たらないな。

 僕と同じくどこかで光合成に精をだしているのかもしれないと適当に脳内処理しておく。

 それよりあの勇者の片割れだ。シスの実力は学園随一で、学園外、例えば冒険者として見てみれば剣士としては上の中、達人の一歩手前といったところだ。見たところ両者は拮抗しているように見える。シスにも勇者にも手加減をしている様子は見られない。周りの生徒はそんな二人をなにやら次元の違う存在として見ているが、僕にしてみれば拍子抜けである。


(成長途中ということかな? 魔法使いとして優秀とか)


 過去の勇者はこの世界の誰よりも強力な力を持ち、魔王を討ち取ったのだという。もしかしたら彼らも最初はこんなものだったのだろうか? それとも……。

 僕の頭に一つの可能性が浮かんだ。その時である。


「うわ!」


 勇者の剣がシスによって弾き飛ばされた。そのまま抵抗する間もなく、流れるようにシスの剣が勇者の首筋に当てられる。勇者が参ったと両手を挙げて降参のポーズを取ると、観客と化していた生徒達が歓声を上げた。教師も満足げな表情で頷いているが、僕は釈然としない気持ちだった。シスには惜しみない賞賛を送ってもいいが……。

 そんな感じで悶々としていると、後ろで扉の開く音が聞こえた。教師が注意しに来たのだろうかと振り向くと、そこにいたのは黒い髪の女子だった。

 ああ、最悪だ。

 瞬時にそう思った。勇者に会いたくないから授業に出なかったのに、避難先でその勇者の一人に会ってしまうとは。女子の方だったことが不幸中の幸いといったところだろうか。


「む、先客がいたのか」


 印象で言えば東方の武人だろうか。学園の制服に刀を腰から下げている。黒い髪を風になびかせ、僕の姿を見つけ呟く。視線は僕の頭の先からお尻まで上下に観察するように動いている。


「僕は見世物じゃないんだけどね、勇者さん」


 僕は立ち上がり勇者の女子の方を向く。彼女はなにやら「ふむ」と何かに気づいたような声を漏らす。


「すまない、失礼だったな。……だが、そうか、君がイリスティナ君か」


「……勇者の知り合いはいないんだけどね。大方噂を聞いたとかそんなものなんだろうけど」


 僕は目立つからね。噂だけならいくらでも転がっているだろう。


「剣術指導のヨアキム先生に君の事を聞いてね、なんでも最初の授業で先生に勝って以来授業に出ていないそうじゃないか」


「うーん、説教はもう足りているんだけどね」


 肩をすくめてみる。足りてるとは言っても注意されるのはだいぶ久しぶりなのだけど。

 とはいっても雰囲気は説教という感じではない。目の前の少女はそわそわと刀の柄を撫でていた。心なしか口角も上がっているような気がして、なんだか嫌な予感がよぎる。

 なんだろう、どこかで見たことのある反応だ。実家にこんな笑い方をする人がいたような気がする。


「なに、説教をしようっていうのではないさ。ただ……そんな君と戦ってみたくてね」


 ああ……わかった。なるほど、そういう方でしたか。


「見たことのある反応かと思ったら戦闘狂か。悪いけどパスだね、メリットがないし」


「戦闘狂とは、失礼な事を言う。授業に出ている生徒達では練習にすらならないかもしれない。酷いことを言っているのは分っているが、私は早急に強くならなければならなくてね……強い相手を探していたんだ」


「魔王を倒すためにかい?」


「それもあるが、私は元の世界に帰りたいのだ。だから」


「……随分と物騒だね」


「――私と戦って欲しい」


 勇者の少女は刀の柄に手を掛け、抜き放った。


 読んでくれた方々に感謝を。

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