シルバー・アスタリスク【長編】

作者：川路利義

12月24日、本来はキリストの生誕を祝うはずだが、この日本にとってはそういう意味は通用しない。むしろ、各企業がクリスマスに便乗して、自分達の金儲けのことしか考えていないのだから。

上の奴らは定時が過ぎると、さっさと外へ逃げてしまった。いつものことだからもう、慣れっこだが、たった独りでカチャカチャとキーボードを叩く音が、広いオフィス中へと虚しく響く。

そして、やっと仕事が終わった。帰ろう。僕は荷物を積んで、家へと帰ることにした。

「よろしくお願いしまーす！」

会社を出てすぐの大通りに、ティッシュ配りの女性の人達がバラバラの位置で、大声を出して挨拶しながら道ゆく人に渡していた。服装はサンタコス、ミニスカート、ガーターベルトという、子供が鼻血を出して倒れるぐらいの激しさだった。あまり、絡まれたくないなと感じながら、僕は早足で大通りを抜け出そうとした。

しかし、人混みが多く、上手に撒くことが出来ない。そうこうしてるうちに、ティッシュ配りの女性と正面衝突してしまった。お互い、尻餅をつく。歩道にティッシュが、わらわらと落ちていった。幸いそこまで量も多くない。僕は、すいません。すいません。と謝りながらティッシュを拾っていった。女性は大丈夫ですよ。とニコっとした笑顔で、一緒に作業を行った。周りは、人の流れを途絶すことなく無表情で運ばれてゆく。やがて、回収が終わり女性と真正面で目が合う。その笑顔は、とても現代人とは思えないほどだった。

僕は女性と別れ、家までゆっくりと歩くことにした。途中でコンビニがあったので、コーヒーを買って温まっている。それにしても、さっきの女性は少々ムッチリとした感じの、可愛らしい人だったな。例えて言うなら、磯山さやかのようだ。先程、尻餅ついた時のパンツが見えたことは僕の記念にしておこう。

それはさておき、結局僕はティッシュを2個貰った。一つは迷惑かけたこと、もう一つは丁度カバンにティッシュが入っていなかったので、貰った方が得だと、考えたことである。

確か、この大通りにいた女性達は、皆芸能界の卵なんだと、先程の女性が言っていた。ノルマを達成しないと、仕事はおろか、給料もないぞと関係者から口酸っぱく言われてるらしい。厳しい風潮が残るその会社は、芸能界を諦めて、辞めていく同期も多い。また、仕事が来たとしても、一週間程しか過ごせないような給料の額なので、裏で風俗店に行く先輩・後輩もいるということだ。話で聞いていたが、本当にあったんだな。

だが彼女自身は、芸能界で大成功して、故郷に錦を飾りたいと力強く言い切った。今はまだ、グラビアとかの仕事ぐらいだが、今与えられたことを、一生懸命頑張ります！と目力を込めたその顔は、鬼気迫る表情だった。

頑張ってください。僕に言えるのは、それしかなかった。彼女からは、ありがとうございます！！と返事があり、お互いに会釈した後、彼女はティッシュ配りを再開して、また人混みの中へ消えていった。

お互いに反対方向の道を進み、僕は先程の彼女の言葉が、頭から離れないでいた。一生懸命という言葉が、蚊のようにうざったいほど付いてくる。このままだと鬱になりそうだから、考えるのは辞めた。僕は僕。彼女は彼女。生き方も違えば、考え方も違う。夢も違えば、才能も違う。そういうことにしよう。

手元にあったタバコを吸い、貰った2個のティッシュの絵をよく見てみる。どうやら、精力剤の広告らしい。他にも、コンドームの写真もあったが、女の子に売らせるものではないなと、溜息をついた。どうりで周りが避けるわけだなと僕は、そのティッシュを、今後ありがたく使うことにした。これで明日の仕事も頑張れそうだな。

ビル街が並ぶこの町に、小雪が降ってきた。しんしんと、当たっただけで崩れそうだ。目の前にいるカップルも、雪だ！雪だ！と犬のように騒いでいた。明日は防寒対策しないとなと、明日も出勤の僕は、そのようなことを考えていた。まぁ、彼女もいないので、別に仕事への影響はない。明日の電車が雪で止まらないか、少し心配だが。

とりあえず、雪が止む気配はない。僕は冷静になり、急にハッと思った。そういえば、彼女の名前聞いてなかったな。

もったいないなと思いながら、僕の相変わらずな女運の無さに、僕自身呆れていた。

このままじゃ、春が訪れるなんて遠い未来だなと自虐的に笑い、家に続く目の前にある道を、ゆっくりと歩いて帰った。

アスタリスクって色々な意味があるらしいですね。

天気では、小雪という意味みたいです。(大雑把)

イメージはオレンジレンジを、基にしました。